4 球技大会
4 球技大会
今日は三学期恒例の球技大会の日だった。エリックたちは体操服に着替えてバレーボールを持ち体育館へと向かったのだが、そこにいた体育教師のカルロス・デレから衝撃的な事実を告げられた。
カルロスは言った。「お前たちは三年生だよな? 三年生のエリックとイレールと、それからレナルドか。お前たちがこの高校の三年生であるということに間違いがなければ、今日の球技大会にお前たちの参加資格はない。うちの高校では、三年生に対しては球技大会の参加権を与えてはいないんだ」
「どういうことなんですか?」イレールが言う。「確かに僕たちはここの高校の三年生ですが、三年生であると同時にこの学校の生徒でもあるわけだ。ここの生徒であるならば、その学校が開催している球技大会に参加するのは当然なんじゃありませんかね。こうして体操服も着ていますよ? こうしてこの学校指定のジャージもしっかりと着ているというのにな!」
「三年生は例外なんだよイレール」カルロスが答える。「申し訳ないが三年生たちだけは例外的に大会への参加は認められていないんだ。君の言うとおりに、君たちはここの学校の生徒だろう。そして生徒であるならば、大会への参加も認められるべきだという君の主張には反対しない。だが問題は学年なのだ。生徒であって、かつ今何年生なのかということが重要になってくるんだよ」
「わけのわからない話はそこらへんにして体育館の中に入れてくれよ!」イレールが言った。「とにかく外は寒いんだ。外は寒すぎてどうにかなってしまいそうだよ。話し合いには応じるからなるべく中で話してくれないか」
そうなのであった。彼らは教室を出てからまだ体育館の中に入れてもらえていないのであった。ということは、今彼らは体育館の中にいるカルロスと外で大会への参加の交渉をしているということになる。イレールの気持ちもわかる。季節は相変わらず冬なのである。いつ雪が降ってくるともしれない。こんな環境の下で長時間の交渉を強いられるのは体調面から考えて本意ではない。いいから早く球技大会に参加させるんだ。バスケットボールならこうして用意してある!
カルロスが言う。「残念だが中に入れることはできない。君たち三年生を今日はこの体育館の中に入れることはできんのだ。なぜなら今日は球技大会の日なんだよ。私たちの学校では、年が明けてすぐに球技大会をすることにしている。全校生徒の親睦を図るためと、正月休みでなまった体を再び元の生活に順応させるためだ。そして球技大会が行われたおよそ一か月後にはマラソン大会を開催する。こちらも生徒たちに体力をつけてもらうことが主な目的だが、こっちとしても授業のカリキュラムを組むのが大変だから、もうずっとここのところその時期はマラソン大会とそれに向けての練習ということにしている。みんな了解している流れなんだよ」
「今日が球技大会の日だってことくらいはこっちも知ってらあ!」イレールが言う。「だがどうして三年生だけはそれに参加してはいけないということになっているんだ。どうして俺たち三年生たちだけがその大会から除外される? そこのところをしっかりと説明してくれないと納得できないじゃないか。そんな大会をやる意義や、今後もマラソン大会などの企画も目白押しですよ、みたいな話をされたっていまいちピンとこないんだ。そんなものにはちっとも興味がないんだよ」
「それはうちの校長にきいてみないとわからんな」カルロスが言う。「その疑問に対する明確な答えを持っているのは、おそらくうちの校長だけだろう。すまんが私レベルの教師に答えられるものではない。球技大会がこれから始まるんだ。この球技大会というイベントは生徒たちにおおむね好評でね。それほどルールも厳しくないし、協力して和気あいあいとみんなで楽しめるということからみんなやる気に満ちているんだよ。さあもうそろそろ開会式の始まりなんだ。三年生で彼らの先輩だというのなら、彼らのことをこれ以上邪魔しないでやってくれるかな?」
「この腐れ外道め!」イレールは言った。「お前は腐れ外道だ。本物の腐れ外道なんだぞカルロス! 俺はずっと前からあんたのことは嫌いだった。冬でもずっとなんか日焼けしたみたいに黒い肌が理解できなかった。なんだあんたもしかしてせっせと冬でも日焼けサロンに通っているとかそういうわけなんじゃないだろうな? だがここらへんに日焼けサロンなんておしゃれスポットはないんだぞ。だとするとあんたは週末にでもちょっとした都会へと日焼けサロンのためだけに通っていることになるが、この税金泥棒め! お前の日焼けがまったくどれだけ生徒たちの教育のためになるのかな? むしろ教師という立場から考えると、日焼けサロンなんて必要ないんじゃないかな!」
「おいそこらへんにしておけよイレール」イレールの隣にいたレナルドが彼をなだめる。「今こいつの日焼けのことはどうでもいいだろ。確かに俺も『なんでこの人だけ冬でも常に日焼けしているんだろう』と不思議には思っていたが、今はそんなこと関係ないじゃないか。イタズラに人を傷つけるのはあまりほめられた行為ではないんだぞ」
「わかってるよ」イレールが明らかにイラつきながら言う。「だが改めて今日見てみるとまだ日焼けしてやがったからさ。サロンに通っているのか通っていないのかだけが妙に気になってな! もちろんわかっているとも。俺だってもう高校三年生なんだ、イタズラに人を傷つけたって何にもならないことくらいよくわかってる」
「話はもういいかな?」カルロスが言う。「とにかく今日の球技大会に君たち三年生は参加でいないんだ。バレーボールまで持参してもらって悪いがお引き取り願えるかね。それか私の判定に不服を申し立てるというのならば、直接校長まで掛け合ってくれよな。私の意思で君たちを除外しているわけではないということだけはしっかり理解しておいてくれたまえよ。あとこの私の肌の日焼け感はナチュラルなものだ。まったくもってナチュラルなものだよ。学生時代から野外でのスポーツに勤しんできた真のアスリートの証さ」
「あいつ絶対に日焼けサロンに通っているんだぜ」イレールが職員室へ行くまでの廊下を歩きながら言った。「あんなきれいな黒色がナチュラルで出せるもんか。ここは常夏の国かっつーの! 絶対に週末とかに時間を作って都会の日焼けサロンに通っているに違いないよ。いまどき日焼けサロン何て流行ってないだろうにさ。きっとその日焼けサロンの名前がちょっとカタカナでエロい感じだから俺たち生徒の前では言いにくかったんだ。ランジェリーエンジェルとかラブラブシャワーズとか」
「何だよそれ」エリックはぽつりとつぶやいた。イレールはどうやら前々からあの体育教師カルロスのことをよく思っていなかったようで、何かしらの因縁みたいなものが彼なりにあるのかもしれなかった。しかしエリックとしては、心の中ではまったく先ほどの教師の日焼けとは別のことを考えていた。どうして三年生たちだけが球技大会に参加することを許されないのか。去年はどうだったのか。そして参加を許されない理由とは何なのか。もしや我々の卒業することに何か関係があるのでは? 校長に問いただせばわかることだとカルロスは言っていたが、それも本当かどうかわからない。
しばらく廊下を歩いて職員室の前までたどり着くと、レナルドが言った。「そういうスプレーみたいなものがあるんじゃないかな?」
「そういうスプレーみたいなもの?」イレールがすぐさま反応する。まさかまだカルロスの日焼けの話題を引っ張るつもりか? もちろんエリックもレナルドの話の続きをききたいと思ったので、黙ってうなずいてみせて彼の発言を促す。
レナルドは続けた。「いや俺はここに来るまでにずっと考えていたんだがな、あのカルロスとかいう奴の日焼け感は、もしかするとサロンによるものではなくて、何かしらの特殊なスプレーによってもたらされているものかもしれんぞ」
「何だって?」イレールが言う。「そんな日焼けスプレーみたいなものがこの世の中に存在するっていうのかよ。わけわかんねえな。そんなスプレーを使ってまで常に黒い感じでいたいかね。俺には理解できないよ。たとえそんなスプレーが存在していたとしても、俺がそれを買う時は一生ないことだろうな。アマゾンで安売りされていたって俺は絶対にクリックなんかしないよ」
「いやそれよりみんな! 今はあいつの日焼けの謎に迫るより、校長にどうして俺たちが球技大会に参加できないのかということを問いただす方が先だろ」
エリックは言った。たまったもんじゃないのだ。本当にたまったもんじゃない。話がどんどんと脱線してきてしまっているじゃないか。本当に俺たちが解決したい謎は、どうしてここの生徒であるにも関わらず、学年が三年生であるという理由だけでその大会から除外されてしまうのかということじゃないのか。カルロスの日焼け感はあくまでもちょっとした日常の疑問なのであって、もっといえばイレールの個人的な興味だろ! そんなものに付き合っている時間なんてないんじゃないのか? このまま大会参加への定義があやふやになってしまえば、俺たちはもしかすると最後の球技大会を不参加という形で終えてしまうことになるかも知れんのだぞ。
イレールが言う。「二手にわかれよう。エリックは校長に球技大会の謎をたずねる係。
そして俺とレナルドはカルロスの肌の黒さの秘密を探る係りだ!」
いやどういうことなんだ! エリックはイレールの発言をきいて思わずその場で叫んでしまいたい気持ちに駆られたが、叫んだところで変な目で見られるだけで現実の何一つとして変わって行かないような気がしたので自粛した。それにしても本当にどういうことなのか。二手にわかれて行動するだと? お前はそんなにあのカルロスの肌の黒さが気になるのか。お前も実はあいつのように地黒の肌に憧れているんじゃないだろうな。女によくもてるチャラい男ってどこか人よりも常に肌の焼けているイメージってあるもんな!
エリックは言った。「そんな三人組で二手にわかれて俺一人だけ校長のパートを担うなんてプレッシャーすぎるよ。だったら俺も日焼けの謎を探りに行く。もしかするとスプレーという線だけではなくて、何か絵の具のような固形物を肌に塗り込んでいるという可能性だってあるしな」
「その調子だぞエリック!」イレールが言う。「それでこそ我が友達だ。あいつの肌の焼け具合は本当に常軌を逸しているんだよ。その謎に心がときめかないなんてこれからの人類の未来を担う青年の感性としてどうかしているんだ」
エリックは「いいすぎだろ」と思いながらも、しかしイレールたちの思想へと歩み寄って行くしかなかった。なぜなら一人きりで校長に立ち向かっていかなければならないという構図は、彼の中で最悪な気分しか生み出さなかったからである。そもそも校長という権威の塊に臨まねばらならないというだけでかなりの勇気を試されるのに、今回はそればかりか「普通に二人からはみごにされる」という感じさえ備わっているのだ。そんなミッションだれが受けたいと思うのか。したがって、こうしてエリックたちは球技大会不参加の謎をいったん保留にして、体育教師カルロスの肌の黒さの謎を追い求めることになった。エリックとしても「これでいいのか」という疑問はやはりぬぐい切れるものではなかったが、深く悩む必要はないだろう。なぜならあとからすればいいからである。三年生はどうして球技大会に参加できないのかという謎の解明は、カルロスの謎を解いた後に校長にちゃんとインタビューすればいいのではないだろうか。健闘を祈る!