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3 謎の大学

3 謎の大学


 年が明けて新学期が始まった学校。だがエリックは相変わらず高校を卒業したあとに自分が何をすべきなのかということに悩んでいた。休憩時間。とりあえずみんな冬休みの間に何をしていたのかということをたずねて回っていると、一人だけ、シプリアン・ロメールという男子生徒がわけのわからないことをつぶやいてきた。受験とか大学とか言ってくるのである。何のことなのだろう。エリックは、彼の話をきいてみて、今回の休憩時間の多くをこのシプリアンという男子生徒に割かなければならないだろうと思った。


 エリックは言った。「それでお前は、本当はこの冬休みの間何をしていたんだ? 本当は何もしていなかったんだろう。何をすればいいのかわからないから、本当は部屋の中でゴロゴロしながらテレビを見ていただけなんじゃないのか? でもそのことに言及されると何もしていないと思われて嫌だから、だからお前は今そんなわけのわからないことを言っているんだろう。受験だって? 受験って何のことを言っているんだ。受験ならもう俺たちは済ませているんじゃないのか」

「それがあるんだよ」シプリアンが神妙な面持ちで言う。「確かに俺たちはこの高校に入学するために受験をした。受験をしてきた猛者たちさ。だが上には上があるんだよ。つまり学校は高校で終わりじゃない。俺の仕入れた情報によると、高校のさらに上にもう一つ大学という機関があるらしい」

「何だって?」エリックが驚いて言う。「そりゃ一体どういうわけなんだ。わけがわからないぞ。わけのわからない話じゃないか! 俺たちの受験はもう終わったはずだ。確かに今から三年ほど前、俺たちはこの時期勉強に追われていた。勉強に追われていたさ。だが春になってこの高校に入学したからには、もう受験とは無縁だと思っていた。受験だと思っていたのにな! それが三年後、また受験をするだと? シンプリアンよ、何か嫌なことでもあったのか? この冬休みのあいだに何か自分一人では処理できないほどの不幸な出来事が起こったんじゃないのか? それでお前、今そんなわけのわからないことを口走っているんじゃないだろうな」

「いや不幸な出来事は何も起っちゃいない」シプリアンは答える。「とってもいいお正月だっだ。だが俺はその中で仕入れたんだ。お正月のある日、俺はある情報筋から大学という機関の話をきかされたんだよ。それで俺はもちろん半信半疑だったが、その情報筋がものすごい何か熱心に大学のことを語ってくるし、もし仮にそいつの言うとおりに大学というものが存在していたとしたら、そしてもし受験というものがもう一度この冬にあるとしたら、勉強はしておくべきじゃないかと思ってな。たとえ受験がもう一度あろうがなかろうが、とにかくどちらにも対応できるように勉強だけはしておかなくちゃならないんじゃないかと思ったんだよ」

「その情報筋って一体誰なんだ」エリックは言った。「まさかお前騙されているんじゃないだろうな。大学に行けば一生安泰だとかいい女と結婚できるとかいい車に乗れるとかそんなハッピーなことだけを聞かされて、それでお前のこの青春の貴重な時間を奪って楽しもうとしている奴がいるんじゃないだろうな。悪い奴と付き合っちゃいけないよシプリアン。たとえ今が不安だろうと、それを打ち消したいがために安易なものに飛びついちゃいけない。誰なんだ。具体的にその情報筋っていうのは誰だというんだ?」

「親戚のおじさんんさ」シプリシアンが答える。「あれは本当に正月を迎えて家族でのんびりとしているときだった。急に親戚だと名乗るおじさんが現れてな、それで俺もそのときは家族とリビングでくつろいでいたもんだから、その人が家にがってくると、必然的にその人と顔を合わすことになる。びっくりしたよ! その人はおじさんだったんだ。久しぶりに見た親戚のおじさんだったんだよ。そして俺は彼と将来のことを語り合った。そのとき彼は言ったんだ。『この世の中には大学という機関がある。基本的には高校などと同じように学問を修める場所だが、もう少しレベルが高く、さらにそこを卒業すると社会的な信用もある程度は得られる』と。俺も耳を疑ったよ。まさかまた受験をしなければならない機会がやってくるなんてな。だがそのときの彼の真剣な表情と言ったら。何か自己のこれまでの反省と経験を交えてしゃべってくれているみたいだった。それで俺も半信半疑だったが、どうせすることもないんだし何をすればいいのかわからないんだったら、また勉強でもしてみようかと思ったんだ」

「そんな出会いがあったとはな」エリックが答える。「俺も正月という時期がら、親戚のおじさんと会う機会があったが、残念ながら俺のおじさんは口臭がきつくてな、とてもじゃないが話す気にはなれなかった。だから俺はいまだに大学という機関も知らず受験をしようとも思っていないのか」

「クラスの雰囲気を感じ取ってみるんだエリック」シプリアンがあたかも真相に迫るような感じで言う。「年が明けて新学期が始まってから、クラスのみんなの様子が少し変わったと思わないか? どこか真剣で静かな雰囲気に包まれていると思わないか? これはあくまでも俺の憶測だがエリック、今回の正月を得て、きっと俺と同じような情報を仕入れてきた奴がいるんだと思うよ。俺と同じように、どこかの親戚のおじさんたちから大学や受験のことをきいて、それでついに目標のできた奴らが多いんじゃないかと思うんだよエリック」


 晴天の霹靂だった。まさかもう一度受験をしなければならないタイミングがあるとは。しかもこの高校よりさらに上の学問を修める機関があるという。大学――そんな場所が本当にこの狭い世の中にあるというのだろうか。エリックはシンプリアンの話を聞いてみて、とてもじゃないけれども話を聞いたくらいでは信じられないな、と思っていたが、彼との会話を一通り終えてみて、そして彼に言われたとおりに改めてクラスを雰囲気を見渡してみると、確かにどこか真面目な、物静かな、しかしそれでいて何かの目標に向かって燃えているような気配が感じられた。それはまさしく三年前に中学校の教室で今の時期に感じたことのあるものと似ていた。ずばり受験の雰囲気だった。クラスの全員がそのような雰囲気を醸し出しているのかといわれればそんなことはないようだったが、それにしても三分の一くらいの生徒たちは、休憩時間だというのに机にかじりついて、何か教科書とノートをにらめっこしているようだった。何ということだろう!


 エリックがシプリアンとの会話を一通り終え、呆然とその場に立ち尽くしていると、前回公園で『これからどうするか』という会合を持った仲間のうちの一人、イレールが話しかけてきた。


 イレールがエリックの肩に手をかけて言う。「どうしたんだエリック。お前らしくもない。何か気が抜けてぼうっとしちまってるぞ。何かあったのか」

「ああイレール」エリックは何とか答えた。「イレール。俺は今少し衝撃的な話をきいてしまったんだ。ちょっとショックな話を聞いてしまってな。それで柄にもなくぼうっと立ち尽くしてしまっていたというわけなのさ。自販機にカフェオレでも買いに行くか」

 するとイレールが言った。「もしかして大学のことか?」

 エリックはぎくりとして言う。「大学! まさかお前も大学に行くとか言い出すんじゃないだろうな。お前もまさかお正月の親戚のおじさんたちから話を聞いて、それでその話に感化されたという口じゃないだろうな」

「いやあいにく俺の親戚のおじさんも口臭がきついんだ」イレールが言う。「俺のおじさんもお前のおじさんと同じでな、口臭が信じられない。彼の口臭は信じられないくらいに強烈なんだよ。だから俺も彼が家に来るという情報をきいてからは、風邪かもしれないということでずっと自分の部屋に閉じこもっていた。だから親戚のおじさんとは一言もしゃべっていないし、また大学のことも誰からもきいちゃいない。だが俺もこの休憩時間でほかの友達たちとしゃべってみて、どうやら大学という機関のあるらしいことがだんだんとわかってきた」

「本当に大学なんて機関があるのかな」エリックが言う。「俺はだって今までそんな機関のあることをきいたことがないんだぞ。この高校に入学してからもう三年も経つけれども、しかしそんな機関の名前はきいたことがないんだ。同じ学問を修める機関だというのなら少しくらいその噂を聞いたことがあっても不思議じゃないことだろう。それがそうではなかったんだ。もしそんな機関が存在していたとしても、大人たちにそれを隠されているくらいなんだから、相当やばいものに違いない。大学ってあったとしても相当ヤバい、危険な機関に違いないんだぞ」

 しかしこの発言に対して、イレールは首を少し横に振りながら冷静に言い放った。「残念だがエリックよく思い出してみるんだ。エリック思い出してみるんだ! 中学のときもだいたい今と同じような感じだったじゃないか。俺たちがまだこの高校に入学する前、ちょうど今から三年前の中学生の頃だって、卒業した後に何をすればいいのかわからずにもんもんと日々を過ごしていたわけだが、しかしその中で高校という組織のことを知り、そこからはとんとん拍子で話が決まって行ったじゃないか」

「じゃあ大学も高校と同じようなもんだっていうのか!」エリックは言った。「それなら行く意味なんてないだろ。そこを改めて受験する意味なんて全然ないじゃないか。大学が高校とまた同じような機関だっていうのなら、なぜまたそこに入ろうとする。そこに入ってみんなは何をやろうっていうんだ。この高校で何をしていたんだ。大学という機関の存在がはっきりしたところでそれが今話しているとおりの内容だったら、それの意味がわからないことにはまったく変わりがないんだぞ」


 二人の大学についての話は残念ながらその日、これ以上の発展を見せることはなかった。やはり大学に関する知識の乏しいもの同士が話を続けても、ある一定のところで限界がくるらしい。並行線の議論ほど苦しいものはない。ではもうすでに大学の情報を手に入れている者にアクセスすれば良かったのでは? だがそれはできない相談なのであった。なぜならそんなことをしてしまって、本当に大学という機関の存在が証明され、かつそこがすばらしい機関であったとすると、今からでも必死に勉強して受験に備えなければならないということになってくるからである。中学のときの受験は一回だけだと思っていたかがんばれた。今回また受験をしなければならないということになってくると、果たしてそれに耐えられるほどの精神力があるだろうか。今から必死に努力したところで受かるかどうかもわからない。不確定な要素に自らの全力をつぎ込むことは、やはりそれなりの覚悟がなければできないことなのである。

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