20 最後の日曜日
20 最後の日曜日
高校に到着した。今日はここに授業を受けに来たのでも友達に会いに来たのでもない。卒業の真実をたずねにやってきたのだ。たずねる相手は誰がいいだろうか。学校の一番の責任者というところで、やはり校長などがいいのだろうか。だがいきなり「卒業のことについてききたいから」という理由でこちらが校長を要求してもすぐに対応してくれるのだろうか。対応してくれようが対応してくれまいが関係ない! もうここまできたら、卒業式が行われたのか行われていないのかだけでも確認して、そして新しい明日を迎えるようにしなければ。いつまでも高校のことばかりを考えているのもそろそろバカらしくなってきたのだ。何でもいいから決着をつけて、そしてすっきりして毎日という日々を過ごしていきたいのだ。もう怒りも妬みも恨みも期待もない。はっきりしようじゃないか。さあはっきりして出かけよう。未来を何も決めないままでも卒業できるってことはすでにわかっているんだ。だったら何も決めないで、行けるところまで行ってやるさ。俺たちは相変わらず仲がいいし、会えば話が弾んで楽しい気持ちになる。それじゃああまりにも短絡的だという人がいるかもしれないけれども、気でも狂っているんじゃないのか。あんたこそこの世界の何を信じているんだか。
校舎の中に上靴もはかずに乗り込んで廊下を闊歩していると、懐かしの学年主任の先生と再会した。彼の名前は何だっけ。あまりよく思い出せないけれども、確かドーミエだとか何だとか言ったんだっけな。
先生が話しかけくる。「お前らこんなところで何をしているんだ。こんなところで何をしている。今日は日曜日だから学校は休みだぞ。学校はやっていないんだから授業もやっているわけないだろう。さあ用事はないはずだから帰るんだ。本当にそんな寝間着のような恰好で学校にきやがって。お前たちはなめているのか? ここは学校なんだぞ。勉学に励むところなんだぞ。そんなゆるい恰好が許されるとでも思っているのか。どこのメーカーのジャージだ。アディダス? アディダスか。ああ聞いたことがある。先生もアディダスというジャージのメーカーは知っているぞ。ほかにもナイキとかミズノとかも知っている! 先生が知らないジャージを着ていけば何とかなるとでも思ったんだろう。だがそうはいかないんだからな。先生はこの世の中のだいたいのジャージのメーカーをもれなく把握しているんだ。まったく高校生という人種は本当によくこの好んですぐにジャージやスウェットを身につけたがる」
「先生何の話をしてらっしゃるんですか」イレールが言う。「ジャージのメーカーがアディダスじゃないかですって? それが一体どうしたんですか。そんなこと僕たちはちっとも問題にしていませんよ。問題にしようとも思っていませんよ? 先生はもしかしてあれですか。僕たちがなぜここにやってきたのか理解できなくて、そして怖いからそんな適当なことをペラペラとしゃべっているんじゃないですか。アディダスのほかにもナイキやミズノも知っているですって? 僕だってそのほかにもフィラやキスマークなども知っていますよ。フィラやキスマークもね。それにプーマ――先生はプーマというスポーツ用品のメーカーを知っていますか?」
「プーマだと?」先生が言う。「ははは、もちろん知っているとも。プーマだろ? あのプーマだろ? 知らんわけがないだろう! 逆にあの有名なプーマを知らない先生などこの世の中にいるもんかね。知らないという先生を探す方が難しいくらいなんじゃないのかな。ところで私がビビッているんじゃないかだと? 突然現れた休日の生徒にこの私がおびえているんじゃないかと。そんなわけないだろう! お前らなどちっとも怖くない。私が誰だか知っているのか。ここの三年生の学年主任をしているドーミエだぞ。三年生の学年主任をしているドーミエといえばこの私のことだ!」
「先生は僕たちのことを覚えていますか?」エリックは言った。「先生は僕たちのことを覚えていますか? もしかしたら覚えていないかもしれませんね。いやきっと覚えていないことでしょう。なぜなら僕たちは先生の担当する三年生の一人で、全体からみると大勢いる生徒のうちの一人にしか過ぎないからです。まさか一人一人の顔と名前を覚えていらっしゃるとは思いませんね。もしかしたら覚えていらっしゃるかもしれませんが、あえてこのタイミングで名乗らせてもらいましょう。僕たちはここの高校で三年生をやらせてもらっています、エリックとイレールです。僕たちはエリックとイレールと申します」
「エリックとイレール」ドーミエ先生が言う。「それでそのエリックとイレールが何をしにやってきたのかな? エリックとイレールが日曜日にこの学校に何をしにやってきたというのだろうか。日曜日だぞ? 君たちこそ正気か? 本当に君たちこそ何を考えているというのかな。君たちがここの生徒だとして、日曜日に一体何の用事なんだ。私に何かしてほしいことでもあるのか。間違えて学校にきただけなんじゃないだろうな? この出会いの真実は、平日と間違えて、ただ日曜日にまで学校に来てしまっただけというものなんじゃないだろうな」
「卒業式はどうなったですか」イレールが言う。「先生お聞きしますが、単刀直入にお聞きしますがね、今年の卒業式はどうなりましたか。もう催されましたか、それともまだ催されていないのですか」
「卒業式だと?」ドーミエ先生が言う。「ああ卒業式、卒業式か! なるほど、お前たちはそれがどうなったのかが気になったから今日ここへわざわざやってきたというのだな。日曜日の午後だというのに、本当にわざわざ訪ねてきやがったんだ。いいだろう教えてやろう。今年の卒業式はな、もうすでに執り行われたさ! ちょうど先週に無事に執り行われて、今年度の卒業生はもうこの学校にくることはない。旅だったのさ。文字通り卒業式を経て彼らは旅だったんだ」
ドーミエの口から真実らしい言葉が発せられた。今年度の卒業式はもうすでに執り行われた。これが本当に真実であるのかどうかということは、ただ今ドーミエの口からきいただけだったのでわからなかったが、エリックとしてみれば、彼の口から卒業式の有無をきけただけで、それが真実なのかどうかということにまで興味はなかった。なぜなら、執り行われたのならば執り行われたでいいと思っていたからである。重要なのは、あやふやだったことをはっきりさせることだったのであり、はっきりさせる答えの種類は何でも良かったのである。執り行われていようがなかろうが、自分たちが春には高校生でなくなっているという事実に変わりはない。
それからドーミエとの会話は続き、今年の卒業式に参加した生徒は、その資格を持っている生徒数のほぼ半分にも満たない、おおよそ三分の一ほどの数しかいなかったこと。参加した生徒はみな進路がばっちり決まっており、そのほとんどが大学だったこと。進路の決まっていない生徒の参加もあったが、そういう生徒は卒業式と普通の登校との区別がうまくついておらず、普通に学校にきたのだが、来てから「今日が卒業式だよ」ときかされて急きょ参加に至るケースが多かったこと。中には卒業式にネガティブな気持ちいっぱいで臨んで、ともすれば卒業式を破壊しようと企んだ生徒もいたようだが、式が始まってみると、式独特の強制的な「卒業させられる感じ」に負けて感動に涙ぐむ生徒も少なくなかったこと――などの話を聞かされた。ドーミエと別れた。エリックはイレールと最後の校舎を歩く中で、ふと卒業式が執り行われたであろう体育館に寄ってみることにした。この体育館の訪問が終われば、今日の活動は終わりにして、日も暮れてきたことだしお互い別れる取り決めになった。
体育館の扉は開かれていた。中には誰も見当たらないが、まるで今まで誰かが使用していたようだった。もしかすると実際に今の今まで誰かが使っていたのかもしれない。そういえば、学校に通っていたときの噂で、常に放課後などの時間を利用してある特定のスポーツをするためだけのサークルが存在しているらしい。とすると、誰もいないのは今だけで、またすぐに誰かが戻ってくるということもあるかもしれない。だがこちらとしても、ずっと体育館を使いたいというわけではないのである。ちょっと体育館の雰囲気を感じ取ることができれば、それでかまわないのだ。むしろ誰かがこの体育館にやってきて、そして体育館の使用しているところを見せてくれれば、それですぐに心が満たされて家路に着くことになるかもしれない。
エリックとイレールは体育館の正面にある舞台の端に腰かけた。二人ともしばらく無言だったが、まずエリックが言った。「そういえば今年の球技大会参加できなかったな。あれどうしてなんだろうな。三学期は三年生の方が暇なんだから、普通に参加させてくれればいいのに。それにしてもどうしてここの球技大会っていっつもバレーボールばっかりなんだろう。正直バレーボール以外の球技もやりたかったよな。せっかく球技大会と銘打っているんだからさ、ほかにも球技あるじゃん? たとえばサッカーとかバスケットボールとか」
「体育館でやらなきゃダメだからだろ?」イレールが言う。「そりゃ球技大会なんだからほかの球技もやらせてほしいっていうのは本音だけどさ、でも体育館でできる競技じゃないと採用されないでしょ。さすがにみんなあの寒い時期にわざわざ外でやるスポーツはやりたがらないからな。だから毎年バレーボールだったんじゃない? 正直俺もバスケットとかしたかったけどな。でもさすがに学校でコンクリートの地面を探すとなるとな。まさか駐車場でバスケを全校生徒でするわけにもいかないしな」
「まあそう言われるとそうだけどな」しかしエリックはそう言った次の瞬間にピンとひらめいた。「今ここでバスケットボールできるんじゃね?」
「は?」イレールが「何をバカなことを」みたいな感じで言う。「お前バカか。お前そんなのできるわけないだろ。バスケはコンクリートの上か、それかテレビでやっているようなバスケット専用のコートじゃないとできない競技に決まっているだろ。そんなここの体育館でできるわけないじゃないか。確かにずっと前から学校の体育館ってどうしてバスケットのゴールリングがいくつも……まあここの体育館でも今ざっと数えてみて六個くらいはありそうだけれども、でもまさかできるわけないじゃないか。だいたいバスケットリングがあったとしても、ボールがないじゃないか。肝心のボールがないぞ」
「いやあるけど?」エリックが言う。「俺体育の時にいつもバレーボールを用意していたんだけれども、どう見てもいつもバレーボールの隣にバスケットボールだけがいくつも集められているカゴみたいなものがあったんだよね。『何でこんなところにバスケットボールがたくさんあるんだろう』といつも不思議に思っていたんだけれども、もしかして今日のため?」
「おいお前それマジかよ!」
テンションが上がってきた。さっそく記憶をたどりにいつも体育の授業のときにバレーボールを用意するように準備室で動き出してみる。するとどうだろう。ありがとう! あった。これは確かにバレーボールでもほかの競技のボールでもない、本物のバスケットボールだ! エリックはそれを見つけた瞬間によろこびがあふれ出て思わず手に取った。確かにバスケットボールの感触がする。そしてイレールと目を合わせると、体育館の真ん中まで走って行ってそれを地面についてみることにした。ボールを地面につこうとしたその瞬間、異様に緊張して体がこわばり、この学校での楽しかった出来事やめちゃめちゃいらだったことやもう嫌になったことや誰かの笑顔などがふいに目の前にちらついた。もう卒業だ。卒業だ卒業だ卒業だ。もう卒業なんだ。何をどうしても卒業なんだ。逆に何をどうしなくても卒業。悔やんでも卒業、晴れやかな気持ちでも卒業。バスケットボールを体育館の床について、戻ってきたボールをキャッチしたらそれで俺の高校生活は終わりにしよう。エリックは密かに自分一人でそう決めると、まずはボールを地面に向かって手から落下させた。うまくいけば、エリックの手から離れたボールがあと一秒も経たないうちに彼の手の中へと帰ってくる。




