表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

15 誘われたカーニバル

15 誘われたカーニバル


 ついに週に一度の学校にさえ行くことがなくなってしまった。無理をして学校に行く意味が見いだせなくなってしまったのである。もともと三学期に入ってからは、各科目ともまともな授業なんてなかったし、ただ担任の先生の話を聞いて終わり、ということを繰り返すだけだった。それでもまだそれだけならば学校に行く意味はあった。先生の話がいくらつまらなく身にならないものだったとしても、学校に行けばほかの生徒たちと久しぶりに顔を合わすことができるからである。学校という場がなければ、年の近い者同士でもなかなか会う機会は訪れないのであった。しかしそれももう終わった。学校に行ってもみんな何をしているのか、忙しいのか、苦しんでいるのか、ほとんどの生徒がもはや出席などしていなかったし、また出席したら出席したで、学校に来ているほんのわずかな生徒たちから謎の奇妙な儀式に誘われて嫌な思いをするからである。もはや行くことに何のメリットもなくなってしまった学校――それがこの時期の、高校三年生の三学期という時期の学校の正体だった。


 エリックは自室で死にそうになっていた。もちろん精神的な意味でである。彼はいよいよ本当の孤独に陥りかけていた。ついに一番の親友であったイレールとも連絡をほとんど取らなくなってしまった。彼と連絡を取ることが、いつからか恐ろしい、怖いものだという認識に変わってしまい、今もし彼に勇気を出して連絡を取ったところで、何かが好転するというイメージがどうしても持てなかった。電話をかけたら、何か将来に関して有益な情報が得られるかもしれなかったし、また彼と協力して情報を獲得しに行こう、実際に何かしらの行動をしよう、という気になれる可能性もあったが、しかし逆に連絡を取ってしまったことで卒業後の進路が悪い方に確定、何もない、何もすることがない、ということが決まってしまってあとはもうだらだらと過ごすしかない、それで人生は終わり、ということになってしまう可能性もあった。危険だった。あらゆる可能性がエリックの脳内と体を行き来した。そのたびに彼は苦痛に悶え、ベッドの上で転げまわり、布団を足でけり上げては枕に顔をうずめて息を押し殺した。


 ある晴れた憂鬱な風の強い日、エリックの家にインターホンが鳴り響いた。続いて一階から母親の声――それはエリックを呼ぶ声だった。


「あんたの友達のジェジェーヌ君来てるよ。覚えてる? あんたの中学のときの友達じゃないの? 久しぶりにたずねてきてくれてるよ」


「何だって!」


 エリックはすぐさまベッドから飛び降りて一階の玄関へと向かった。もしインターホンの相手がイレールだったら彼は外に出て行かなかったかもしれない。何かしらの確定された情報のもたらされる危険があってやはり怖いからである。ところが訪問客はイレールではなくジェジェーヌだというのである。あのジェジェーヌ・スピラか! 中学を卒業してからめっくり会う機会がなくなってしまったが、確かに彼とは中学生の時に一番仲が良かった。彼とは本当にほとんど四六時中一緒にいたし、いろいろとバカなことを考えあって楽しんだ仲じゃないか。ジェジェーヌ! そういえばお前は高校を卒業してどうするつもりなんだ。いいところに来てくれたじゃないか! 本当にいいところに来てくれた。


 玄関を開けてみると、そこには確かに見覚えのあるかつてのジェジェーヌの姿があった。エリックは言った。「おおジェジェーヌ。ジェジェーヌじゃないか! 一体どうしたんだこんなタイミングで! こんなタイミングで一体俺に何の用事だというのかな? 本当に何の用事だというんだろう。まあお前ならば、別に大した用事がなくとも訪ねてきてくれたこと自体がうれしいレベルだが、それにしても本当にどうした。何かあったのか? 何かあったから今お前はこうして俺の家を訪ねてきてくれているのか?」

「エリック!」ジェジェーヌは言った。「相変わらずだな。相変わらずお前の家はこうしてここにあるんだな。きっと以前と変わらない感じでお前の家はあって、そしてその家にはお前もいるんだろうな、おばさんたちや家具とかもそろっているんだろうなとは思っていたが、どうやらその通りだったようだな! エリック、エリックよ。俺はジェジェーヌだ。お前の中学の時の親友のジェジェーヌだよ」

「今日は一体何の用事で?」エリックは言った。「久しぶりにお前と再会したということはわかった。お前との再会が久しぶりで何年かぶりのことなんだなということに俺はもう気づいたんだが、しかしどうして? 何か用事でもあるのか? 何か急用でも? 何かなければ訪ねてきてはいけないのかと言われるとそういうわけじゃないんだが、何か用事があるんだろう? 何か用があるからお前は今日このタイミングで訪ねてきたんだ」

「その通りだとも」ジェジェーヌが答える。「俺は今日お前にとある用事があってやってきた。もちろんお前の家には、特に用事がなくてもやってくることくらい俺にはできただろうが、今日はそうじゃない。特に用事がなかったけれども、近くを通りかかったからふらっとよってみた、というような感じじゃないんだ。がっつり用事を持ってきた。お前に提案しなくちゃならないことを俺は今日持ってきたんだよ」

「俺に提案しなくちゃならないことだって?」エリックは言った。「非常に興味深いな。それは非常に興味深いぞ。それで一体それは何なんなんだ? 何のことについてお前は今から俺に語りかけようとしているんだ? 聞く体制は整っているぞ! お前の話を聞く体勢は整ってはいるんだぞ! さあ早く訳を話すんだ。今日お前が俺の家に訪ねてきたわけをなるべく早めに話すんだな」

「一緒にカーニバルに行かないか?」ジェジェーヌが言う。「さあどうだ。これから一緒に近くのカーニバルに行かないか? どうやらこの街に今有名なカーニバルの集団がやってきているらしいんだよ。それでぜひお前もと思ってな。普段の俺だったら、もうほとんど一緒に遊んでいないお前を誘うことはないんだが、しかし最後に一人だけ誰を誘うと言われたらお前かなと思ってな。だってあのときは本当に心の底から楽しかったし、明日の来るのが待ち遠しかったくらいなんだ。それが高校生になってだんだんと荒んできていることに気付いたんだよ。そりゃ楽しいことには楽しいが、あのときほど楽しいと言われると即答はできない。だから最後に誰を誘うかと言われたら、あの楽しい時を一緒に過ごしたお前かなと思ってな。エリックとだったらカーニバルにもいけると思ったんだ」

「何を言っているんだジェジェーヌ?」


 エリックは頭が混乱した。久しぶりに中学の時の親友が訪ねてきてくれたと思ったら、急に「カーニバルに行こう」などと言い出したのである。カーニバル? カーニバルといえば、何か仮装した人たちが行列をなして練り歩くような、一種のお祭りごとのことなのであろうか。ジェジェーヌは今からそれに一緒に行こうというのだ。しかも「最後に誘うなら」とかちょっと意味不明なことさえ言っている。何だか彼の言動に新種の恐怖を感じないでもない。だいたい今はどこの高校三年生も卒業に対して自分を追い込んでいる時期だ。そんな時期にカーニバルのようなお祭り騒ぎに一緒に参加しようなどとよく誘えたもんだ。こっちも非常に不安定な気持ちを抱えて四苦八苦しているというのに、そんなものに参加して十分に楽しめるわけがない。何を考えているのか。このジェジェーヌも今回の卒業にはさすがに精神的に参ってしまっているのか。だとしたら非常にやっかいだぞ。


 エリックは言った。「大丈夫か? お前何か今切羽詰ったりしているんじゃないだろうな。ずばりきくがお前高校を卒業したあとはどうするんだ? どうするつもりなんだ? 同じ高校に進学したわけじゃないから、最近のお前の普段とか残念ながら俺は詳しくないけれども、何か考えたりはしているんだろう? 卒業してからどうしようとか、せめて自分なりに何か考えているはずだ」

「俺はもうあきらめたよ」ジェジェーヌが言う。「俺はもううんざりなんだ! 卒業したら何をする何をする! 俺はもう何もしたくないんだよ! みんなこの時期になると卒業したあとのことばかりを気にする。だが俺らはあくまでも今は高校三年生なのであって、大学生でも、ましてや社会人でもないんだ! だから俺はもうあきらめた。俺は高校三年生であって、それ以外の何ものでもないんだ。逆に考えてみろ。街にとある有名なカーニバルがやってきている。カーニバルが催されているんだ。普通の高校生だったらどうする。どんな状況だって、それに参加するのが本当なんじゃないのか。そんな楽しいことが目の前で繰り広げられているっていうのに、どうしてそこへ行こうとしないんだ。俺はもういいんだよ。知ったこっちゃないんだ。未来のことを考えるなんてばかげている。俺には合っていないんだ」

「でも先のことを考えないといずれ卒業するのは確実だぞ?」エリックは言った。「だからみんな真剣になって考えるんじゃないか。確かに俺たちはお前の言うとおり、今はただの高校三年生で、それ以下でもそれ以上の存在でもないことだろうさ。だがそれだっていつまで続く? いつまで続くことやら。だからみんな不安を抱いたり、何とかそれを打ち砕こうとああでもないこうでもないと考えたり行動するんじゃないか。お前はそのみんなの気持ちがわからないか? 俺には痛いほどわかるね。カーニバルに参加してしまいたいお前の気持ちもわかるけれども、カーニバルに参加している場合じゃないっていうほかの奴らの気持ちも十分にわかる」

「行かないってわけなんだな」ジェジェーヌが言う。「じゃあお前は俺とは一緒にカーニバルにはいかないってわけなんだ。お前はどうして俺がお前をわざわざこうやって急に誘いに来たかわかるのか? 本当に楽しかったからだ。今まで生きてきた中を振り返ってみて、お前と一緒にいたときが一番自分が楽しかったんだと気付いたからだ。だから今いる友達たちではなくて、わざわざこうしてお前を誘いに来たんだ。だが残念だよ。お前も卒業したら何をする何をするに毒されているんだな。過去にはもう見向きもしないってわけだ。だったら過去は何のためにある! 俺は腐っていると思うぜ。もちろん俺は高校を卒業して大学になんか行かないし、ましてや就職して社会人になるつもりもない。俺は高校三年生を全うするんだ。高校三年生を最高に全うして、そしてそれで終わってやるさ。あとのことなんて知らん。お前こそどうする? エリックこそどうするつもりなんだ。まさかお前こそ何もしないで中途半端に今という時間をただつぶしているだけなんじゃないだろうな」


 エリックは何も言えなかった。何となくジェジェーヌのカーニバルに対する並々ならぬ情熱は伝わってきたのだが、それはどうしてもカーニバルに行きたい、カーニバルというものを本当に素敵なものだと思っている、というよりは、半ばやけくそになってカーニバルに自分の情熱を注いでいるだけに見えた。そう思うと何となくジェジェーヌの今の姿も悲しく見えてきた。つまりジェジェーヌとしては、今回のようなカーニバルというものでなくても、自分の情熱さえ注げれば対象は何でもいいと思っているのだ。とにかく無理やりにでも何かに対して情熱を注ぐことだけが、何とか今の自分の身を保つための条件であるように。


 黙っているエリックに対してジェジェーヌが言った。「いいさ! まあ嘘だと思ってずっと部屋の中で寝ていろよ。俺は行くぞ。誰に何と言われようとカーニバルに行ってやる。だってカーニバルってこの近所じゃほとんど耳にしない響きだからな。外国とかテレビでしか聞いたことのない響きだ!」


 ジェジェーヌが玄関からきびすを返して帰って行った。エリックは玄関の戸を閉めずにしばらく彼の去って行く後姿を見ていたが、急に風の強くなったときがあった。エリックは今回の彼に対して何の答えも出していなかったが、そのタイミングでドアを閉めてしまうことにした。考えることならいつでもできると思ったからである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ