13 気晴らしの風俗
13 気晴らしの風俗
再び暗くて重い気持ちで過ごさねばならない日々がやってきた。レナルドとの別れがあってから、エリックの心の中に何となく大学という方向性を決めたことで得られていた安堵感が消えかかり、またいつも通りの、以前のような、どうしようもない、結局何をすればいいのかわからないというような、漠然としていて、しかし漠然としているからこそ得体のしれないほど巨大な、暗黒な、どっしりとしている、すべての光を吸収するような吐き出してしまいたい気持ちがうごめきだしていた。エリックはこの暗くて重い気持ちを再び何とかせねばならないと感じていたが、レナルドとの会話の延長線上で一体自分は何を思ったのだったか。そうだ、大学という結論も、結局は人生においては何の結論にもなっておらず、ただその「結論を出す」ということの先送りの行為でしかない、だとするとこの暗黒な気持ちはいつまでたっても根本的には拭い去ることはできず、うまく付き合っていくということを極上としなければならないのではないだろうか――こんなことを思って再び暗黒な気持ちを自分の中に復活させてしまったのであった。
まだある。
ある日、いつも通りに起きて自分の部屋でテレビを見ているときだった。ちょうど夕方のニュースが流れている時間帯だった。アナウンサーが真面目な顔でわけのわからないことを言い出した。
「今年の大学の受験者数が発表に……」
エリックはショックを受けた。一体何事か。今年の大学の受験者数とは? 確かに大学に入るためには、ある試験をパスしなければならないという話をきいていたが、そういえばそのあと何もしていなかった。情報だけは知っていたのであるが、その情報に対して具体的に何をしていけばいいのかという情報をキャッチすること、またその情報に対して積極的に働きかけていくこと、というのを厳かにしていため、この夕方の急なニュースにエリックのメンタルは崩壊しかけた。まず受験者数という言葉が出てくるということは、もうすでに今年大学に入るために受験をした高校生たちの人数が確定したということだ、人数が確定したということは、もうそれ以上に数字の上下は見込めないということで、つまりありていに言うと募集締め切り? 募集締め切りということなのか! そして俺はその募集締め切りのニュースをこうして自分の部屋の布団の中から見ている。布団の中からぼさぼさの頭のままで見ているのさ! ということは……俺の大学は、もうすでにはじまる前から終わってしまったということなのか。
この件について、本来ならば目撃した瞬間に最大の親友であり、同じ大学に行くことを何となく約束していたイレールに電話でもしてすぐに確認、もしくは情報共有を試みなければならないのであるが、エリックはそうしなかった。怖かったからである。もしイレールがこの情報を知らなければ、それはそれでまた二人が何もわからない状態からああでもないこうでもないと話し合わなければならなくなるし、たとえば彼がもうすでに大学受験の情報を仕入れいてたら? そうすると、彼は今回の情報を仕入れていたにも関わらずこちらに連絡をよこさなかったということになる。それはなぜ? もしかして彼は俺と大学に行って「春からは大学に行くことにしよう」と決めてからは、もうすでにそれに向かっての周到な準備、努力、行動などを普通に、ごく自然と成し遂げていたのではないだろうか。だから連絡なんてわざわざしなくてもいいと思っていた! エリックとしては、夕方のニュースにショックを受けて、急いでイレールに電話をして彼にこのようなことを言われるのが一番怖かった。
「ああ大学受験だろ? 当たり前じゃないか。大学に行くんだったら試験を受けなければならないというのは常識の話さ。でも大丈夫だろ? 俺たちは以前一緒に大学に行って、春からは大学に進むことにしようって決めたじゃないか。だからもちろんお前も受験はしたんだよな? どこの大学かはわからないけれども、とりあえず受験だけはして今日という日を迎えているんだろ?」
イレールまで離れて行ってしまったら、本当にどうすればいいのかわからなくなる。
エリックの不安な気持ちが夕方のニュースで一発で最大にまで高められた。エリックはいてもたってもいられなくなり、部屋を飛び出して電車を乗り継ぎ、とある都市の風俗街にやってきた。風俗街にやってくると暗黒な気持ちも影をひそめる――とまではいかないが、不安な気持ちでどうしようもなくなってしまったときは、やはり女の人に相手してもらうに限る。エリックの手にはお正月のお年玉でもらった三万円が固く握りしめられており、彼は今からその三万円で不安な気持ちをどうにか拭い去ろうというのである。
ある店に飛び込みで入り、写真などを見せてもらっていたが、途中から誰でもいいような気分になってきたのでフリーでお願いすることにした。どんな人が相手になるのかわからないが、遊びできているのでそれもまた余興だろう。客はまばらだった。しばらくするとボーイがやってきて女の子のいる部屋に案内してくれた。
「コーラ飲む?」部屋の中に入ると女の子がさわやかな笑顔で声をかけてきてくれた。どう見てもエリックと同じか、それか少し歳下なのでは? と思われるほどの可憐な女の子だった。が、風俗ではよくある話だ。ちょっとぽっちゃりしていて目が化粧でばっきばきだったが、あごのラインも小さいし鼻も変な形じゃない。髪型も金髪のボブでかわいらしくまとめようとしているところに共感が持てた。
年が近かったので、プレイを始める前に少しベッドに腰掛けて簡単な会話をすることになった。女の子が言う。「お兄さんめっちゃ若いね。もしかして高校生とか?」
「うん」エリックが言う。「俺高校生だよ。でももうすぐ卒業しないといけないし、卒業後の予定は未定なんだ。みんなが本当の本当のところでは何をしているかわからないし、俺も何をすればいいのかわからない。今日の夕方のニュースでさ」
「うん」
「毎年花見とか言ったりする?」エリックは急に女の子との話題を変えた。なぜそうしたのかは彼にも謎だったが、何となく普通に悩みを吐露するよりは、正しい道を歩み始めているような予感がして半端なかった!
「花見?」女の子がびっくりしながらも答える。「まああんまり行かないかな? でも誰かに行こうって誘われたら行くかも。私は花見だったら夜桜とかみんなでワアワア騒げるやつがいいな」
「お酒とか飲むの?」エリックが言う。「だって夜桜っていえば何かお酒を飲みまくるイメージあるもんね。夜桜行きたいってことは、きれいな桜を見ながらお酒を楽しみたいってことだよね」
「まあそうだね」女の子は静かにうなずきながらも、しかし言った。「まあぶっちゃけお酒は結構好きだからね! 桜も確かにきれいだなって思うけど、いつもいつの間にか咲いていつの間にか終わってるもん。それをわざわざ楽しもうとは。みんなで集まる口実にしかならないんじゃない?」
「桜の開花が?」エリックが言う。「でも言われてみればそうかもね。みんなが集まる口実にしかなってないよね。ああいう季節のものっていうのは。まあそれはそれで機能しているなら別に全然いいものだけどね」
「お兄さんは花見行くの?」女の子が質問してくる。「いきなり花見のことをたずねてくるってことは多分行くんだろうね。何? お兄さんは何か独自の桜の楽しみ方とかを持ってるとか?」
「いや特にないよ」エリックは答えた。「でも何となく今、ふと桜満開のイメージが頭の中に浮かんできてさ、そういえばもうすぐ桜の季節でもあるんだなって思って。最近ずっと卒業後のことしか頭になかったけど、マジでそうえいばあともうちょっとで桜咲いてくる頃じゃん、ってね」
「でも夜桜ってブルーシート用意するの大変だよね」女の子が言う。「私もし友達とかに夜桜を誘われて、それでブルーシート係とかに任命されたらマジで廃れるわ。ブルーシートとか正直どこで買えばいいかわからないし」
「ブルーシートは多分ホームセンターとかじゃない?」エリックが答える。「俺ももし友達に夜桜を誘われて、ブルーシート係に任命されたら体調不良になって不参加を申し出ることになると思うけど、多分それってホームセンターじゃない? きっとホームセンターとかに行けば普通に売ってると思うけど」
「えー、近くにホームセンターなんてないけど?」女の子が言う。「あ、でも今だったらネットとかで買えばいいのか! でもやっぱり適正なサイズとかあんまりよくわかんないから無理だわ。夜桜も結構難しいよね」
「昼間の公園とかに見に行くだけでも結構桜満喫できるけどね」エリックは言った。「別に夜桜じゃなくてもさ、昼間暇だったら、チューハイかビール片手に近所の桜のある公園に行ってみれば? 夜桜ほどムードがあるってわけじゃないけど、マジで天気のいい日とかだったら桜も光り輝いて見えると思うけど」
「あー、それもいいかもね」女の子が言う。「でも一人で行く気にはなれないわ。誰か時間の合う人がいたら行ってもいいかもね。結局休みの日は一日家で何もせずに寝てることが多いから」
「おっぱい触っていい?」
「うん」
こうしてエリックは憂さ晴らしのための風俗を思う存分に楽しんだ。現実からどうしても逃避したかったがために、むさぶるように、しかし丁寧に楽しみまっくっていたら、ことのすんだあとで女の子の顔が少しうっとりしていたのは気のせいだろうか? 多分気のせいなんだろうが、そう思わせてくれたこと自体いいサービスだ。最後に女の子がこんな気になることを言っていた。「私の友達にもお兄さんと同じようにもうすぐ高校を卒業するって子がいるんだけど、その子は卒業までに友達たちをたくさん集めて何かの儀式をするっていってたよ」儀式? また耳慣れないキーワードがふいに飛び込んできた。




