12 レナルドとの別れ
12 レナルドとの別れ
久しぶりの学校が終わった。担任のあいさつはそっけのないもので、これまでとは特に変わったところもないようだった。卒業がこれだけ近づいているにも関わらず彼が態度を変えないということは、やはり学校としては、生徒たちの卒業後の進路は生徒たちで何とかしろということなのだろうか。自分たちはあくまでも教育者であって勉強を教える立場にしかない、人生の進路についてはお前らで決めろ――そういうスタンスなのか。まあこちらとしても、こうして今日一日が終わってしまえば、あとは特に用事もないしほかのクラスメイトたちも異常に落ち込んでいるしでさっさと家に帰りたいところだったが、しかしレナルドとの会話はさけられない展開だった。レナルド。なぜなら彼はここへきて、大学ではない新たな高校卒業後の進路先として「就職」という謎の定義を醸し出してきたからである。果たして就職とは一体どういうことなのか。そして大量に消えたクラスメイトたちの行方とは? エリックとイレールの新章が今ここに始まる。
とりあえずホームルームを終えた教室の隅に再び集まるエリックたち。
誰の席か知らないが、イレールがイスに座りながら言った。「ああやっと終わった。半日しかないと思って今日は学校に来てみたけど、来てみたら来てみたでやっぱりだるいもんだな。久しぶりにみんなと会えるのを楽しみにしていたといえば楽しみにしていたけど、あんまりみんなも思っていたほど来ていなかったし、まあ何より眠たいよ。眠たい! これだけ休みがたくさんあると、どうしても生活リズムって崩れるよな。最近なんて俺、朝方になってようやく寝るような生活が続いていたんだもの」
「俺もだよ」エリックが言う。「やっぱり休みが多いとどうしてもだれるよね。俺も最近はイレールと同じで、朝方までゲームなどをして起きていて、それで日が昇った頃に眠りにつく、みたいな生活をしていたよ。だから今日起きるのがめちゃめちゃつらかったよ。めちゃめちゃつらくてさ、もう起きれないかと思った。でも起きて何とか学校にこうしてくることができたよ。夜更かししていても、一日だけだったら案外がんばれば起きれるもんなんだな」
「そりゃ起きれるだろ」イレールが言う。「だってむしろその話だと、寝る方がつらいんじゃないか? 朝方寝る生活を送っているのに、いきなり次の日のために夜にちゃんと寝ろだなんてな。むしろ起きるよりも寝る方がつらいくらいじゃないのか? 一応俺も昨日はちゃんと夜更かしするのをやめて早目に就寝したけれども、眠れたのはやっぱり朝方になってからだったと思うぞ。ちょびちょび自分の気づかないうちに寝ていたのかもしれないけれども、それでもやっぱり疲れはたまっているもんな。今だってぶっちゃけ早く家に帰って眠りたいよ」
「最近俺こたつで寝てるわ」エリックが言う。「イレール、マジでこたつで寝るのは最高だぜ? だってこたつで寝るのって本当に信じられないくらいに気持ちいんだよ。それに眠り心地も最高さ。テーブルが足元にある分、普通のベッドとかと比べると寝返りのうちにくいっていうのがデメリットかもしれないけれども、それ以外は最高さ。ずっと暖かいから寒い思いをしないままいつだって眠りにつくことができるんだ」
「こたつで?」イレールがすぐさま反応してくる。「いやお前こたつで寝て風邪ひかないのかよ。体調を崩したりしないか? 俺は子供の頃におばあちゃんに教わったことがあるんだが、こたつで寝ると風邪を引きやすくなるらしいぜ? 確かにこたつって暖かくてずっと入っているといつの間にか寝てしまっていたりするけれども、どうやらそれが体にはあまりよくないことらしい。寝ている人間の体にとっては、こたつの熱って暑すぎるらしいんだよ。それで余計に汗をかいたりして、体調のリズムみたいなものが崩れてしまうらしい」
「何だって!」エリックが言う。「そりゃ初耳だ。初耳の情報だな。だが確かに言われてみてそうかもしれない。そうかもしれないぞ! こたつって眠りに落ちるときは最高の気分だけれども、途中で暑くなってきて必ず目が覚めてしまうんだよな。だから眠りの質というものを全体的な視点でとらえ直したとき、こたつを使って寝るというのは必ずしも最良の方法とはいえないのかもしれない。またその弊害として体調を崩してしまうというのはいただけないな。かなり痛いデメリットだな。最高の睡眠ができたと思っても、それで体調が万全にならなけりゃそもそも睡眠の意味もなくなってくるもんな。結構恐ろしいことなんだな、こたつで寝るってことって」
「でも必要以上に恐れることはないよ」イレールは言った。「気を付ければいい話だ。こたつで寝ることがいいことばかりでなく、もしかすると体調不良を引き起こす原因になるかもしれないってことをお前は今日ここで学んだんだ。じゃあ気を付ければいいじゃないか。そうならないようにこれから気をつけていけば、きっと大事には至らずに済むんじゃないか?」
「そうだな、そうすることにするよ」
「お前らいつまでのん気に喋っているんだ!」
今までずっと黙って話をきいていたレナルドが急に怒鳴った。あっけにとられるエリックとイレール。まるで彼の声に時間を止められてしまったようだ。ああこんなキャラじゃなかったのにな! これまで彼は、自分たちの話についてこれないことはたまにあっても、それでもそのことを怒鳴ってアピールしてくるような奴じゃなかったのにな。どうしてしまったんだ? あきらかにこの短期間のうちに彼の中で何かしらの変化があったということはうかがい知れるけれども、それって一体何なんだ? どんなもんなんだ? 興味は持っているよ。お前がこの一か月といわない間にすっかり豹変してしまった原因が何なのかということは常に疑問に思っている。でも本当にそんな奴じゃなかったのにな! 自分の思い通りに物事が進んでいないからって、そのことに対して他人に大声を張り上げたりするような奴じゃなかったのに。のん気にボールを蹴っていたじゃないか。一か月ほど前の年末のあの日、お前は真剣にこれからのことを話そうとしている俺たちを差し置いて、お前はベンチも腰かけずにサッカーボールを蹴ったり追いかけたりしていたんだぜ? 急に真面目っ腐った対応をしやがって何をたくらんでいるんだ。
イレールは言った。「どうした。お前もこたつの話に入りたいんだったら普通に入ってくればいいじゃないか。それともなにか? お前はこたつで寝てはいけないという定説に新くて衝撃的で、みんなをびっくりさせるような解釈で臨もうとでもいうのか?」
「こたつにはさほど興味はない!」レナルドが言った。「それよりお前らマジなのか。お前らの方こそマジなのか。いつまでそんなこたつのどうでもいい話なんかしているんだ。ああ本当にどうでもいい話だよ! 今こたつのことなんてどうでもいいだろう。こたつで寝ると風邪を引きやすくなるだって? いっそのことどぎつい風邪にでもかかって脳みそをリセットしてもらえ。今お前たちは自分の置かれている状況っていうのがわかっているのか? ちゃんとそこを把握しながら日々の動いているというのか? とてもじゃないが俺にはそんな風には見えないぜ。学校の休みが増えたのをいいことに、毎日夜更かしして遊びまくっているガキにしか見えん」
「何だとこの野郎!」イレールが言う。「本当に何なんだこの野郎、今何て言った。今本当になんて言ったんだ! きっと信じれないようなことを言ったんだろうな。俺たちがお前のセリフをきいて『そんなバカな、そんな話は信じられない!』と驚いてしまうような内容のことを言ったんだろうな! レナルド、たとえお前でも、何と言ったかわかったら承知せんぞ」
「遊びまくってるガキにしか見えないって言ったんだよ!」レナルドがはっきり言う。「お前たちは何なんだ。お前たちこそ本当に何を考えているんだ。今日のクラスの様子を見て何も感じなかったのか。本当によくこたつの話なんかできるな! クラスメイトの半分が学校にやってこなかったんだぞ? もっとそこに興味を持てよ。何があったんだろうかとそわそわしろよ。そして自分たちだけがまさか卒業に際して取り残されているんじゃないだろうかとか、置いてけぼりをくらっているんじゃないのだろうかとか考えをよぎらせろよ。お前たちこそまったく信じられない奴だ。俺が今日遅れて教室にやってきたのも、決してお前らのように夜更かしで遊んでいたからじゃないぞ。就職が決まって、それで春からの就職先でちゃんと一人暮らしができるようにと思って夜のバイトでお金を貯めているからだ」
「一人暮らしだって?」イレールが言う。「ほらまたわけのわからないことを言う。今日のお前はわけのわからないことを俺たちに投げかけてくる製造機だな。まるで俺たちにわけのわからないことを言うのがお前の仕事のようだ。就職だと? 一人暮らしだと? お前はまやかしの世界に陥ってしまったのさ。あんまりにも今の不安定な状況がきついから、それに耐えきれなくなって妄想の世界を繰り広げてしまったんだ。それでしかも毎日俺たちと会えない状況だから、しまいにはその妄想の世界と現実の世界の区別がつかなくなってしまったんだろう。それにお前は性格まで変わってしまった。前は何があっても決して怒鳴るような奴じゃなかったのに。今では一端の大人みたいじゃないか」
「もういい気分が悪い」レナルドが言う。「いつまでもそうやって本当にガキみたいなことを言っていればいいさ。俺はもう行くよ。俺はお前たちと違って夜勤明けだから、本当の本当に眠たいんだ。寝なければならない体なんだ。だから遊び半分でこたつで寝たりはしないんだよ。最初っからベッドで寝る! 俺は疲れをしっかりと翌日に持ち越さないために、初めから寝るときはベッドで寝るんだ!」
レナルドが教室から出て行った。エリックは彼の言動にあっけにとられるしかなかった。結局彼は何が言いたかったのか。もっとまじめに今後のことを考えろと? いつまでもわけのわからない、くだらない話をしているなと? 教室に暗い空気を感じ取ったのならば、それの原因を解明するためにもっと貪欲になれと? いずれも筋違いだ。いずれも筋違いの話だとは思わんか。お前の言う就職や一人暮らしが何なのかは確かによくわからないしはっきりいって俺の知らないことだが、だが就職や一人暮らしをしてどうなる。その先お前は一体どうなるというのだ。俺たちが今襲われている真の不安というのは、高校生以外の何かになれば救われるというものではない。中学生を経てわかっただろう! どちらが巨大か。お前の抱えている不安と俺たちの今抱えている不安のどちらが巨大で縮小可能か。お前はやっぱり妄想の世界に行ってしまったんだ。イレールの言うようにまやかしの世界に行ってしまったんだろう。いいだろう。それならばそこでそこの世界の住人たちに認められる存在になればいい。せいぜいみんなに認められる存在になればいいさ。まだ俺には今日この教室に登校してこなかった奴の気持ちの方がわかる。お前の身に何があったのかは知らないが、不安な気持ちを拭い去りたいからと目の前の甘い果実に飛びついたんだろう。甘い果実に飛びついたからには甘い果実の甘さを享受すればいいじゃないか。目の前の果実を実際にかじってみて甘ければいいね。もはやお前には目の前の果実を実際にかじってみて甘ければいいねとしか言えん!
「お前ん家の部屋和室じゃなかったのかよ。布団じゃなかったのかよ。いつの間にベッドなんか買ったんだ。ベッドみたいなおしゃれな寝具を買ったんだよ!」
イレールの声がむなしく教室に響いた。エリックは教室を出て行くレナルドの背中を見ていると、もう彼とは以前のように話すことがないのかと思われて一瞬だけだが爆発的に胸の締め付けられる心地がした。教室の人数がまた減った。




