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11 負のオーラ

11 負のオーラ


 今日は久しぶりの登校日だった。ジョゼの言っていたことは本当で、高校三年生の三学期ともなると、学校に来るのは週に一度でいいということになっていた。みんなそのあいだ何をしているのか! 今まで一緒に学んできたクラスメイト達はこの急な休みの増加にどのように対応しているというのか。きっと各々で今与えられた時間の中から必死に卒業後の道を模索しているに違いなかったが、それにしても今日は久しぶりの登校日なのだった。みんな元気にしているだろうか。時期的にはインフルエンザとかノロウイルスとかが流行している最中だけれども、体調はいかがなもんだろうか。俺は体調は大丈夫だ、俺はあんまり外とか出ないし、出たとしてもそんなに人のいるところに行っていないからインフルエンザとかにはかかる気がしないぜ――エリックは教室のドアを開けた。


 担任からの連絡事項が終わり休み時間、エリックはいつものイレールと教室の隅に集まってクラス全体の雰囲気を眺めていた。エリックは言った。「何かみんなものすごい空気だな。何ていうか本当にものすごい空気感だ。こんなにすごい空気感に触れるのは初めてだよ。こんな空気感の中に存在していなくちゃならないなんてものすごいプレッシャーだな。とてもじゃないが耐えられたもんじゃないよ」

 するとイレールが言う。「ああ、確かにものすごい空気感だ。ものすごい空気感だよ。俺もこんな空気感に触れるのは初めてだよ。っていうかこんなにマジですごい空気感には滅多に触れられるもんじゃない――そう考えると、確かにこの空気感の中で存在してくのは息苦しいことだが、しっかりと観察してそこから学び取れることはすべて学び取ってやろうという気になってくるよな。だって本当にこんな空気感は滅多に体験できるものじゃないぜ。まさに高校三年生の、この時期にしか体験できないことだろう」

「だが体験しなくてもいいというのならば別にしなくてもいいけどな」エリックが言う。「確かに貴重な経験だろう。このような稀な空気感に触れられるのは、視点を変えればとても幸福なことなのかもしれない。だが俺としては、別に体験、経験しなくてもいいよということであれば、特に自ら望んでしようとは思わないな。だって自らの経験値を今回のこの空気感で伸ばすよりも、この空気感に触れることによって負うダメージというか精神的なきつさの方がしんどいもの」

「そう言われるとそうかも」イレールが言う。「だが大切なのは、俺たちはもうすでに経験してしまっているということだ。経験してしまっている最中だし、またこれが目の前で繰り広げられている現実なんだ。だからもし経験しなくてもいいならとか体験しなくてもいいならとかいう話は蛇足なのさ。このような空気感に増えてしまったからには、やはりそれをなるべく自らの糧にしていくという前向きな姿勢が大切なんじゃないかな。そういう前向きな姿勢を大切にする姿勢がないと、申し訳ないがこんな空気感の中ではただただ圧倒されてしまうばかりだ」

「お前のいいたいことはわかるよイレール」エリックは言った。「確かにこの空気感は今目の前にあるのであって、俺たちはもうすでにそれに触れてしまっている。だからもしこの空気感に触れなくていいのであれば、体験しなくてもいいというのであればなんて話は蛇足だろうさ。だがそういう蛇足な話でも交えていかないととてもじゃないか耐えられたものではないということの認識だけはお願いしておこう。そういう認識でいてもらうことだけは今一度お願いしておこうじゃないか。俺だってこの空気感に呑み込まれることは本望じゃないんだ。そんなことはまっぴらごめんなんだよ。だから何とか俺はがんばっていこうとしている。イレール、一緒にがんばっていこう」


 教室はこの現実という世界観の中でほぼ可能な限り暗いんじゃないかと思われるほど暗かった。まるでどす黒い毒の空気が教室を支配しているようだった。一体クラスメイトたちに何があったというのだろうか。しかし考えてみて、エリックたちは恵まれている方なのかもしれなかった。なぜかといって、彼らはもうすでに大学という謎に一歩迫っているからである。インターネットを駆使して、実際に大学の前まで行き、そしてさらにはそこの警備員たちと会話までしたのである。これはこの先の春のことを考えると、ほかのクラスメイトたちに比べて大きな一歩を踏み出していると言えなくもなかった。ということはこの現在の教室を支配する暗くて重く、黒い空気感の正体は、いまだに卒業後に自分たちがどすればいいのかわからない、年明け前後から何も状況や有力な情報を得られていないという、いわば取り残された生徒たちから醸し出されている負のオーラ、どうしようもない大きな不安、マイナス思考の塊、みたいなものであるといえるのかもしれない。


 エリックは言った。「だが何も行動しない奴らは自業自得なんだ。他人に何を言われても仕方ないし、また俺だってそんな奴らには何も言うつもりなんてないさ。だいたい俺たちだって本当に楽観視できる立場じゃないんだぞ。今このクラスにいる奴らよりは、そりゃちょっとはマシな情報をつかんでいるかもしれないけれども、それにしたってまだ何も約束されたわけじゃないんだ。確かな未来があるというわけではないんだよ。ただちょっと普通の奴よりは大学のことについて詳しいかなって程度じゃないか。もしかすると俺たちからも負のオーラは出ているかもしれないんだぞ。抑えきれない負のオーラが、この教室全体で膨れ上がるのを知らぬ間に手伝っているのかもしれない」


 次の休み時間、また教室の隅でエリックとイレールが集まって何とかほかのクラスメイトたちの負のオーラに触れまいと努力していると、同じクラスメイトで、特に仲のいい友達の一人のレナルドが、まさかの二限目からの遅刻というタイミングで教室にやってきた。レナルドは教室中の視線を一瞬集めると、疲れた顔で自らの席にカバンを置き、そしてエリックたちの元へと歩いてきた。いつもはこの三人のメンバーで固まって休み時間を過ごすことが多いのである。この時エリックたちは、レナルドと会うのはかなり久しぶりだった。


「久しぶりじゃないか、お前どうしたんだ?」エリックが言う。「すごく顔色が悪いみたいだぞ」彼はレナルドがあまりにも疲れた、やつれきったような顔をしていたので心配になってそのことについてたずねてみたのである。

「どうしたもこうしたもないよ」レナルドが答える。「お前ら卒業してからの進路はもうちゃんと決まったのか?」

「いいや?」イレールが言う。「まだ明確には決まっていないが、だが何となくいい感触をつかみかけているところだ。ところでお前こそどうなんだ。お前こそ俺たちの誘いを断って一人で奮闘しているらしいが、どんな具合なんだよ」

「俺はもうほとんど決めたよ」

「え!」


 イレールとエリックがほとんど二人そろって驚愕する。今こいつは何と言ったのだ。今このレナルドは俺たちに向かって何と言った? まさか決まったと言ったんじゃないだろうな。もう卒業してからの進路は決まったと――もしかして今そのようなことを高らかに言ったんじゃないだろうな?


 エリックが黙っていると、イレールが言った。「それはどういうことなんだ? お前はもうすでに大学の試験をパスしたというのか」

「俺は大学じゃない」レナルドが言う。「俺はお前たちと違って、はなから大学なんかには興味なかった。本当に大学なんかにいくくらいだったら、もうそれで自分の人生が終わってくれてもかまわないという感じだった。俺は就職だよ。親父に卒業後のことを相談したら、知り合いの伝手でとある会社を紹介してもらえたんだ」


 何ということだろう! 就職――レナルドは、年が明けてから一か月ほどしか経っていないこの短期間の間で、見事に就職を決めたというのである。だが果たして就職とは一体何なのか。何のことを言っているのか。親父に相談して伝手でとある会社を紹介してもらっただと? まさかこいつあんまりにも今の置かれている現実が厳しいからって、ちょっとした自分の空想の世界を作り上げているんじゃないだろうな。それで現実世界の大学に対抗する「就職」という言葉を作り上げて、それで必死に俺たちとの友人としての釣り合いを保とうとしているんじゃないだろうな。レナルド! 今からでも遅くない。お前は俺たちの大切な友達なんだ。あのおじさんたちを俺たちこそ紹介してやろうじゃないか。あの大学の警備員のおじさんたちのところへ連れて行ってやるよ。あのときのするめはうまかったな。あのするめはきっとこれからもずっと忘れないことだろう。


 レナルドが冷静な口調で言う。「しかしこの教室を見渡してみて確信したよ。噂は本当だったんだな」

「噂だって?」イレールが言う。「噂って何のなんだ?」

「お前ら気づかないのか?」レナルドが言った。「この教室の異変にお前たちはまだ気づいていないっていうのか? とんでもなく鈍い奴らだな。どう考えても生徒の数が少ないだろう。いつもの半分くらいになっているじゃないか。だからやはり噂は本当だったんだ。この時期になると学校の登校日の減ることはもちろん、そもそもそれに登校してくる奴も減ってしまうって。職場の先輩の言っていたことは本当だったんだ!」


 エリックとイレールはレナルドにそう言われてみて、あらためて教室の生徒の数に注目してあたりを見渡してみた。確かに数が少ない。普段の生徒数と比べて半分くらいまで落ち込んでいるような気がする。これが今教室の静かで暗くて重い雰囲気の主な正体だったか! インフルエンザかノロウイルスによる体調不良……それかレナルドの言うようにこの欠席数の多さは就職とやらのせいなのか? それにしてもレナルドはまるでこの一か月くらいで人が変わってしまったようだった。今一番に興味があるのは、もしかするとこの短期間の間に彼の身に何が起こったのかということかもしれない。さっきから友達だというのにちょくちょく会話のかみ合っていない感じがするし、まさか本当に気でも触れてしまったのか。エリックはそう思うと、イレールと顔を見合わせて、一刻も早く何でもいいから何かしらの件についてうなずき合いたいと思った。

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