1 寒空の公園とベンチ
1 寒空の公園とベンチ
エリック・ビュランはもうすぐ高校卒業という時期を迎えていた。ほぼ三年もの長い間同じ校舎に通い続け、このたび無事にそれからの卒業を迎えることになったのだ。だが卒業してから何をすればいいのかわからない。とある寒空の晴れた日、エリックはいつもの公園に同期の仲間たちを集めてこれから自分たちが何をすればいいのかということについてちょっとした会合を持つことにした。
集まったメンバーは幼馴染のイレール・テルジェフとレナルド・ガショーという、いつもの遊び仲間、同じ高校で同じ時間を過ごした戦友ともいえるような間柄の友達たちだった。とりあえずベンチに三人で腰かけながら話し合うことにする。ただレナルドだけはサッカーボールを持ってきていたので、彼だけが途中からベンチから立ち上がり、サッカーボールをちょんちょん蹴りながらなぜかベンチのそばを行ったり来たりしている。レナルドは高校を卒業したらサッカーがしたいのかな?
どこかの自動販売機で買ったカフェオレを飲みながらイレールが言う。「それにしてもめっきり寒くなってきたな。もう年末だぜ。年末ってことはもうすぐ年が明けてしまうわけだけれども、年が明けてしまうと本当にいよいよ卒業だな。俺たちもいよいよ高校三年間の生活から卒業するってわけだ」
「同意だな」エリックが答える。「確かにもうすぐ年が明けるな。今は年末だから、このまま順調に現在の時間軸が進めば俺たちはめでたく新年を迎えることになるだろうな。そして新年を迎えてしまえば、俺たちの卒業する時期がぐっと近づいてくる。卒業したら何をするのかということが俺たちの今日のテーマだったな。どうする? 本当に俺たちこのまま高校を卒業しちまったらどうなるんだろう」
「何とかなるんじゃないのか?」レナルドがサッカーボールを蹴りながら言う。「俺は何とかなると思うぜ。確かに俺たちはもうすぐ高校を卒業しちまうが、だからといって何とかならないわけがないだろう。何とかはなるはずだ。だいたい何とかならなかった奴なんているのか?」
「そりゃいるんじゃないか?」イレールが答える。「今まで何人もの高校生が高校を卒業してきたんだ、そりゃほとんどの高校生たちが何とかなってきたに違いないが、中には何とかならなかった奴だっていることだろうな。そしてそんな奴らはやはり何も考えてこなかった奴らだと思う。卒業までな。そう考えると俺たちはまだマシだよ」
「そうだよ」エリックが言う。「なぜなら俺たちはこうして年が明ける前に卒業後のことについて話し合う機会をちゃんと設けているわけだからな。かなりマシな部類だろう。世界的に見てみれば、俺たちよりも落ちこぼれな高校生なんてきっとごまんといることだろうぜ」
イレールが今回の会合の件をほめてくれた。高校卒業前にも関わらず高校卒業後のことを考えることはすばらしいことだと。今回の会合はそもそもエリックが彼が発起人として企画したのであった。エリックはイレールの発言にうれしくなった。やはり持つべきものは自分のことを理解してくれる友人だと思った。それに引き替えレナルドは! さっきから自分一人でサッカーボールと戯れやがって。何とかなるんじゃないかだと? だったらお前はさっさとこの場から立ち去って会合から抜ければいいじゃないか。
イレールが言う。「しかし漠然としていることは確かだな。俺たちの話題が漠然としすぎているってことは遅かれ早かれ認めなければならないところだろう。高校卒業後に何をすればいいのかなんて、それはやはり高校を卒業してみないと具体的にはわからないことかもしれん」
「あきらめるなイレール」エリックは今回の会合の主軸になってくれそうなイレールの弱気な様子を見せたので少し焦る。何とか自分が励ましてやらねばと彼が言う。「イレールあきらめるな。確かに今の状態ではあまりにも漠然としすぎていて早くも面倒くさい気持ちがお前の中で芽生えてきたかもしれんが、そんな芽はがんばって摘み取れ。そんな芽はさっさとがんばって摘み取るんだ。早めに前倒しで物事を考えていくってことはいいことなんだぞ。絶対にマイナスにはならないことなんだ。だからがんばるんだ。がんばれイレール!」
するとレナルドも加勢してきてくれる。「イレールどうしたんだいつものお前らしくない。風邪気味なのか? 最近急に寒くなってきたから、それでお前まさか体調を崩しかけているとかそういうわけじゃないだろうな。もしそうだというのなら早めに風邪薬を飲んでおけよ。早めに風邪薬を飲んで症状が悪化するのを防ぐんだ。俺はいつもそうしているぜ。俺は自分が風邪気味だなと思ったらすぐに薬を服用することにしている。そうすると本当に症状が悪化しないうちに体が楽になるからな」
「確かに体調はあまりよくないかもしれん」イレールが言う。「俺もここ最近はなんだかんだで夜更かしの日が続いていてた。睡眠が足りていないだろうと思うんだ。そしてそこへきてこの最近の寒波! まあ年末だから寒くなってくるのは仕方がないにしても、こう連日いつ雪が降ってもおかしくないくらいの気候に襲われると、本当に気が滅入ってきて仕方がなくなるよ。そうか早目の風邪薬か。それはいい話をきいたかもしれんな」
「じゃあ今日は卒業後の話題もここまでにして、近所の薬局まで風邪薬を買いにいくことにしようか」エリックが場の空気を読んで話題の変更というか、今日の予定をがらりと変えてみせる。自分と同じ価値観を共有しているらしいイレールがいない会合など考えられんのだ。
しかしイレールが言う。「いや風邪薬くらいだったらわざわざ新しいものを買いに行かなくても家に帰ればそれなりのものがあると思う」
「何だって?」エリックが言う。「それじゃあお前はわざわざ新しい風邪薬を薬局まで買いにいかなくてもいいというのか。家に帰ればちゃんと風邪薬があるというのか」
「その通りだ」イレールが答える。「確かに俺は今風邪っぽい感じがするから、早めに薬を服用した方がいいのかもしれんが、だからといってわざわざ新しい風邪薬を購入する必要はない。なぜなら家に帰れば、それなりの風邪薬が家にあるだろうからだ。みんなにはまだ言っていなかったが、俺の家にはだいたいいつもそれなりの風邪薬が備えられている感じなんだ。ちょっとした風邪薬や胃薬、それから絆創膏くらいだったらそれようの箱に常備されているタイプの家なんだ」
風邪薬くらいだったら常備されているタイプの家――イレールの家は、今彼が言ったようにそのようなタイプの家らしかった。そんな話は今まで一度も聞いたことがなかったので知る由もなかったのだが、今初めて告白されてみて「へーそうなんだ」みたいな感じで納得できた。イレールの家にはいつもだいたい風邪薬くらいだったら備えられているらしいのだ。だから薬を服用するにしても、わざわざ薬局に行くというよりは、まずいったん家に帰ってみた方が効率や費用の面で優れているらしい。ということはこれからイレールは一旦この会合を抜けて薬を服用するために家に戻りたいということだろうか。確かにこの公園から彼の家だったら自転車で10分もかからないことだろう。帰りたいのか。もしかして今すぐにでも自宅に帰りたいというのかイレール。
エリックがイレールの今後の心配をしていると、しかしイレール本人が言った。「だがそれほどじゃないよ。今すぐにどうしても風邪薬を服用しなければならないかというとそういうことでもない。確かに風邪っぽいといえば風邪っぽいが、それは今こうして外にいて寒い風に吹かれているからかもしれないし、また本当にただの寝不足で体が疲れているだけかもしれん」
「じゃあお前の判断としてはわざわざ薬を服用するまでもないってことなんだな」エリックがイレールに確認する。
するとイレールが答える。「ああ心配するな。俺は本当に今日ここへ高校卒業後の話をしにきたんだ。高校を卒業してから自分たちが一体何をすべきかということを話し合いにきたんだ。だから大丈夫さ。少なくとも何かしらの方向性がつかめるまで、俺は今日この場を離れるつもりはないんだぜ」
「イレール!」エリックは思わず彼の名前を叫んだ。「ああイレール。持つべきものは絶対にお前のような友達だな。お前のような友人だ。イレール、俺はお前と友達で良かったよ。今まで何度かそういうことを思う場面はあったけれども、イレール、まただ。今また何度目かのそういう思いに駆られる場面がやってきた。まったくお前は俺にそういう場面を持ってくる天才だな。お前は俺にいい友達だと思われる天才だ。高校卒業後に何をするべきかとことん話し合うことにしようぜ」
「まあ本当の風邪じゃない時に風邪薬を焦って飲んだら逆に体調って悪くなりそうだもんな」今までサッカーボールをちょんちょん蹴りながら遊んでいたレナルドも言う。「まさかイレールの家が風邪薬くらいだったらちゃんと常備しているタイプの家だとは知らなかったぜ。なぜ今まで黙っていたんだ。それだったら急に風邪っぽい症状に襲われたときでも心配ないってわけだな! ではこれから本格的に高校卒業後に何をすればいいかについて語り合おうじゃないか!」
このあとしばらくしてからエリックたちは、公園で今日のような寒空の下語り合うのはあまりにも体感温度的に無謀だという結論に至り、たとえ今風邪気味でなくてもこんな状況でいつまでもいるとほぼ確実に風邪気味になるだろうという話の流れから近所のファミレスに突撃することにした。ファミレスともなればお金がかかるから敬遠していたのだが、やはり寒さには勝てなかったようだ。ドリンクバーだけでは口さみしいからフライドポテトの大でも頼むか。近所のファミレスにて彼らの今後の活動内容をつめる話し合いの第二章が始まる。