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そして六月二二日の答え合わせ。

 【六月二二日(酒井竜馬の宣告)】

 「じゃあ、始めるか?」

 カラオケをアベレージで九十六点をマークした頃、止まった時間の中、そのときは来た。

 久保田さんとの対決後、初めて目の前に現れた酒井は前回の柔道着から変わってネルシャツにジーパンという普段着らしい格好で台所の戸棚からの登場だった。

 前回の久保田さんを例に従えば、今は六月二二日の零時ジャストか。今回は僕も滝口さんも起きていた、というより、対決前のカウントダウンになっていた一〇食ほど寝ていない。

 地道に食事の回数をカウントしていたが、ずれていたらどうしようと不安でそれどころじゃなかったが、酒井を目の前にし、不思議なほどに僕は気合がみなぎり、頭はしっかりしていた。

 「風呂に入ってくるか? それくらいは待つぜ?」

 「久保田さんには襲い掛かったクセに、何を云ってるんですか?」

 「急に襲い掛かったのは久保田の方だろうが。俺は柔道で勝負するつもりだったのに……いや、顔くらい剃れって。死ぬにしても出るにしても、妖怪みたいな顔だぞ?」

 それはそうだろう。

 鏡がなくとも滝口さんの目元の隈や肌荒れを考えれば、僕の容姿も想像が付く。だがそれよりも、一刻も早くここを出たい。

 「出たら……恵美に直してもらうよ」

 「……恵美って……井口恵美のことか?」

 「!? 恵美に何かしたのか!?」

 僕は酒井の口から出た恵美のフルネームに激情を露にしたんだと思う。

 滝口さんの恐怖の対象が酒井から一瞬、僕へと移ったのを感じた。

 「……何もするわけないだろ。まあ、隣の六畳で勝負だ。滝口はこの部屋で留守番な。俺が歌ってるときに騒がれたら面倒だし」

 「……一回勝負、なんですか?」

 「それはそうだろ。曲がキュートライ一曲なのに三回も五回も歌いたいか?」

 これは願ってもない条件だったが、僕は表に出さず、ルールの確認を続ける。

 「同点のときは? このカラオケはコンマ以下の端数が出ないタイプだから結構有り得ますよね?」

 「同点ならお前の勝ちでいいさ? だからお前が百点出したら俺は歌うことなく敗北、で良い」

 「僕が先に歌うんですか?」

 「あ? 俺が先攻で良いのか?」

 「僕は後攻めが良いです」

 「オイオイ、自慢だが、俺は五回に二回はキュートライで百点出せるぜ? 俺が百点出したらプレッシャーで俺が殺す前に死ぬぞお前」

 極めてフレンドリーに、僕のことを思っているように話すが、それで良い。

 「後攻でお願いします」

 「……じゃ、俺が先で葉山があとだな。滝口はここで待ってろよ、どっちみち、俺もこいつもこの部屋に戻ってこないから、風呂入って寝ろ」

 六畳間から隠し扉で酒井は出ていくし、僕は勝てば外へ、負ければ……。

 「……いってらっしゃい」

 「いってきます」

 ドア一枚を隔てただけで、半年間一緒だった僕と滝口さんは離れ離れになった。

 「じゃあ、俺の先攻だな?」

 「と、その前に……ルールの確認です。歌っている最中に大きな音を出したり、暴力を振るうのはもちろん反則ですよね」

 「当然だな」

 「歌い直しは? 出来が悪そうだから演奏停止して二回目、とか」

 「それ認めたら一回勝負の意味ないだろ」

 「……ですよね」

 確認が終わると、酒井はカラオケを起動させ、番号を入力し……今だ!

 僕は大きく息を吸い込み、嘔吐する要領で胃袋の空気を酒井に向けて吐き出す。ゲップだ。

 「汚ぇなオイ……って、オイ、この臭いは……?」

 最初から答えは有った。

 なぜかチョコボーイだけは包装を開けずに支給し、久保田さんを絞め殺したときの目の充血、鳥肌。

 「てめえ、汚ぇぞ!?」

 「どこが? まだ機械がローディング中で曲は始まってないし、僕はさっきチョコボーイを食べすぎたゲップをしただけでしょ?」

 酒井はナッツアレルギーだ。しかもかなり重度の。

 僕のローリスク・ローリターンと思っていた賭けは、ハイリターンを産んだ!

 ゲップの中の粒子になっているナッツだけで、酒井はその場でしゃがみこみ、目を潤ませている。

 「……きぃみの心に、ハートラァ〜イ♪」

 はい、歌い出した。

 酒井はキレることはできない。ルールは確認済みだし、誘拐仲間が見ている。一欠けらでもプライドが有れば、歌うしかないのだ。

 「さーんにん揃っ……ガハッ、ゲヒ、ブハァ!」

 もちろんこんな歌詞じゃない。歌うということは深呼吸するということ。

 ナッツ臭が充満し、ゴムで通気性の悪いこの部屋で酒井はまともに歌いきれるはずもない。

 目を充血させ、ゲヒゲヒ豚のように息をして痰やら鼻水垂れ流しながら必死に苦しみながら歌う姿は僕を笑わせて反則負けにするつもりかと思えるほどに滑稽だった。面白ぇー!

 「み……でグェっ……トラッイ♪」

 そして歌と採点が終わり、カラオケマシンが入力待ちになった所で、僕はとうとう耐え切れずに吹き出した。

 「ぶは! 七十二点、頑張ったんじゃないですか? 豚みたいに歌ってた割には! ヒャハハハハ!」

 反論もせず、歌い終わってから酒井は肩を震わせながら部屋の隅で体育座り。呼吸も苦しそう。良い気味だ。カラオケのモニターにぼんやりと写りこんだ僕は笑っていた。口角を上げられるだけ上げた嘲笑だった。

 「念を推しますが、歌っている間に音を立てたり、暴力に訴えるのは反則、でしたね?」

 「当然だ」

 「コンセントを抜くとか、ブレーカーを落とすとかナシですよ!」

 「するかよ、てめぇみたいな……卑怯者と一緒にす……んな」

 「誘拐犯には云われたくないなあ」

 「……良いからさっさと歌え、サイコ野郎」

 酒井の惨めさで僕を笑わしたり、怒らせて点を下げてくるつもりだろうが関係ない。半年間、色々と調べてみたが、この機械は歌詞を判定しているわけではない。音程やビブラート、声そのもので判定している。つまり。

 「ン〜♪ ウウウ、アア〜アイ♪」

 歌詞は無視して発音しやすい音を出す。

 酒井が目で批難しているが無視して歌い続ける。これなら低くても九十二点以上! 焦るな、笑うな、酒井に残っている作戦は惨めな姿で僕を笑わせることだけだ。

 耐えろ!

 耐えろ!

 耐えろ! そして!

 「ア、アンッ♪」

 僕はノーミスで歌い切った。手応えあり、勝った!

 僕が歌っている間に落ち着いたのか、酒井の目の充血は大分引き、立ち上がっていたが関係ない、僕の勝ちは揺るがない!

 「……じゃあ、死ね、葉山ぁ」

 「!? 何を云ってるんだ酒井っ! よく見ろ僕の得点は……」

 自失した。モニタの表示はゼロ。きっかり零点。そんなバカな!

 「機械に細工があるな! 僕がどう歌ってもゼロ、そうだろ!?」

 「そーだよ」

 悪びれもせず、酒井は云い切った。肩を回し、ゴミ箱に痰を吐き、涙を流しきり、既にアレルギーショックから復活している。

 「なら、僕たちは何しても助からなかったってことか? 殺す気だったんだな!」

 「お前だけだよ、久保田はちゃんと柔道で勝負して、過ちを自白すれば結果に関係なく助けるつもりだった」

 「何の話だ!?」

 「久保田が中学二年の一月四日に柔道部の仲の悪い先輩を練習中に絞め殺してるんだよ。その先輩は苦しみながら死んだが、罪を認めれば赦せるって云ってたんだぜ? それを卑怯な手を使い、罪も認めなかった。だから殺した」

 何を云ってるんだ、こいつは何を云ってるんだ!?

 「滝口は一家轢き逃げ事件の犯人だ。滝口の実家が車の板金屋で証拠は隠滅されたが、被害者一家がしっかり車と犯人見ててな。霊になってから俺に教えた。ただ霊一家の中でも意見が割れてる。父親や息子の義樹くんは前途ある若者ってことで赦してるんだが……母親がなぁ。このあと、滝口が罪を認めて母親も赦せるって云うなら、勝負せず釈放だよ、ウルトライダー好き一家は優しいわ」

 「お前は霊能力者だとでも云うのか!?」

 「だからそうだって」

 「僕は……何も悪いことしてないぞ!」

 云いきるのが速いか、衝撃が先か。僕は弾き飛ばされ、カラオケのモニターに盛大に突っ込んだ。

 振り上げていた足を下ろし、酒井は怒りを撒き散らすように僕を睨み付けた。

 「倉橋里美、佐藤志保、大石田咲季、仁田きらり! 知らねえとは云わせねえ!」

 「知らないわけがないだろ、全員僕の元カノだ!」

 酒井が腕を振り上げるまでは見えていたが、気付いたら顔面には鈍く根深い痛み、そして口の中が前歯混じりの血で一杯になっていた。歯が折れたんじゃない、歯茎で割れてる。

 「お前が誘拐して拷問して殺した女の子たちだろォがッ!」

 僕の脳裏に彼女たちとの思い出がよぎった。

 片手に収まる小さな頭、抱きしめて壊してと僕を誘うような華奢な体つき、そしてころころと変わる表情。

 「誘拐って! みんな僕の大好きな赤いセーターと赤のランドセルを付けて僕の前に現れたんだっ!? 連れてってていう意味だろっ!?」

 「通学でランドセル付けるのは当たり前で、寒ければセーターくらい着るわ!」

 鋭い痛みに続き、目が見えなくなった。眼球を叩かれたらしい。

 「……井口恵美ちゃんを救えて良かったよ。あの子にはまだ何もしてなかったんだな」

 「だって恵美は素直だったから……里美や咲季より……千明やきらりは恥ずかしがり屋だったなぁ。僕が好きだって中々云えなくて、照れ隠しに帰りたいって云うから、ここに居ていいよって意味で両足を針金で柱に縫い付けてあげたんだ。すごく大変だったけど、僕の誠意が通じたんだろうね。泣いて喜んで」

 足首に強い痛みが走った。折られたと気付くのに少しかかった。

 「ん? ちょっと待てクズ。千明って誰だ?」

 「嶋村千明だよ、僕の四番目の彼女だよ」

 「? そんな子の幽霊はどこにも……」

 言葉に続き、酒井の顔が先ほどピーナッツを食べたときは逆に青ざめた。

 「……お前、自我が崩壊するまで拷問しやがったな!? 霊にもならないほど……可哀想に……」

 この訳のわからないことを云う酒井竜馬から逃れなくてはならない。

 僕は帰るんだ。恵美にはまだ何も僕の愛を伝えていないんだから。僕たちの愛の巣へ戻るんだ。頑張ってここと同じ顆粒ゴムで防音したんだ。恵美を何度も抱いて、愛で叫んで貰うんだ。恵美はまだカワイイ指が二十本残ってて、白い肌のどこから傷を付けるかすら決めてない。今、迎えに行くからね。

 「何人だ、お前の彼女は全部で何人だ!」

 「八人、八人だよぉ! 恵美まで入れて!」

 「霊になってんのは倉橋里美、佐藤志保、大石田咲季、仁田きらり、生きてる井口恵美で五人!? 嘘だろ、三人も自我崩壊させたのか!」

 「千明も成美もみさおも素直じゃないから、ツンデレだから……僕も燃えちゃって」

 腹を蹴られたと今回はしっかりわかった。痛みが見事に爪先型。

 ああ、なるほど、僕もきらりや咲季にしたキックもこれだけ良いのが入れられればもっとカワイイ声が聞けたかな?

 「死体だけでも家に帰す、どこに埋めた! つーか倉橋里美の命日の六月二二日がわからなかったのも演技じゃなかったのか!?」

 「別れた日は記念日じゃないし……あとなんだって?」

 「死体はどこだ!」

 「ツンデレってさあ、食べちゃいたくなるくらいカワイくて、だが」

 酒井の絶叫と共に多数の衝撃が来た。

 殺される。

 このまま僕はこの酒井という変質者になぶり殺しにされる。

 僕は自分の突っ込んだテレビを利用することにした。見落としていたな、狂人酒井!

 テレビの中には山のように凶器にできる尖ったパーツがある、あるはずた!

 「ねえよ? ブラウン管ならともかく、薄型テレビにそこまで長いパーツはな」

 手探りで探すが当たらない。指先に小さな傷を付ける程度だ。マズイ、マズイ、マズイ。

 「……他、なにか云うことあるか、葉山」

 「助けて下さい。僕は……もっと生きて愛し合いたいんですぅ……」

 僕の嘆願に緩やかに静かに、首元に何かが絡み付いた。これは久保田さんを殺したチョークスリーパーだ。

 「謝れ。天国まで届く声で。全員が赦したら離してやる」

 なんで僕の身にこんな理不尽が!?

 僕はただ恋人たちと楽しく暮らしたいだけなのに!

 だがこの酒井という狂人にそんな理論は通じない。僕は叫んだ。首を絞められながらも生き延びるために!

 「ごめんなざい! 乱暴じっでづいまぜん、っだ! 赦ってあざい!」

 言葉にならない。だが言葉にしなければならない。

 「赦じでぇ! おうちに帰りだいだげなんだぁ!」

 ? あれ、この言葉って……あれ?

 「やだぁ、苦じ、死にだぐな、い、あ、あ……」

 ああ、そうか、彼女たちは……本当に帰りたかったんだ。家族や友達のいる日常へ。

 「さて、ご存知の通り、ここは完全防音で天国まで声なんて届かないから……死ね」









 「……悪いな、好きだった歌、ちゃんと歌ってやれなかったし、アカペラで」

 壊れたテレビや死体を隠し扉から一階の一〇二に落とすように片付ける酒井はずっと少女たちに捧げる鎮魂歌を歌い続けていた。


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