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後編

 前・中・後が出題編なのかもしんない。

 【一月六日(多分)】

 久保田さんが殺されてから食事が出来なかった滝口さんに何か食べたいものがないかを訊いたときだった。

 「……お母さんの作った筑前煮か、兄ちゃんの作った焼き飯」

 その要求はもちろん通らず、いくら待っても現れなかった。僕が他に食べたいものはないかと尋ねると、

 「フライドチキン」

 端的に答えてくれた。

 この注文は通し。僕の分ということか、樹脂の器にたっぷりと六つでてきた。

 滝口さんはゆっくりとした動作で僕の分までしっかりと食べてくれた。

 「……これ、ヴァミチキです。コンビニの」

 それは特定のコンビニで売っているフライドチキンそのものだと滝口さんは云った。

 つまり、僕らを監視しているヤツ(ら)は、注文を聞いてからコンビニに使いっ走りのように買いに行っていることが確定的だ。

 想像するとかなりバタバタとしているが、重要なのはカメラのローテーション要員二名以上と買い出し担当で、最低限三名以上のグループの犯行となる。

 二人でも出来ないことはないが、十二時間毎日僕らを監視し、買い出しまでする生活を続ければ、普通じゃなくとも犯人から病人が出る。

 この部屋の工事や維持、グループの生活費など、それなり以上の資金力があるということになる。しかしながら女子大生の滝口さんや、プロレスラーの久保田さんはともかく、僕の場合、既に両親は他界し、彼女も勤めに出ておらず、身代金狙いとしては不適当。

 「……家は……なんでもない車の修理屋……なんです、普通に暮らしてた……んです」

 僕と同じことを考えていたのか、滝口さんが付け加えた……って、修理屋!?

 「車の修理屋って、自動車関係業者ってこと? なら僕と滝口さんのお父さんは同業種ってことだから……共通点じゃないですか!」

 拉致された三人の内、ふたりが自動車に関する職種、これは犯罪者にありがちな『ルール』だ。

 老人ばかり狙う強盗、特定の星座ばかり殺す殺人鬼、実利的なメリットがある場合、ただ単に犯人の信仰めいた確信の場合。

 久保田さんの身内に自動車関係者が居なかったかどうか、僕たちには知る由はない。

 「……関係ないと思ったから……だって、葉山さんが自動車販売の会社にお勤めって云ったとき、久保田さんも……何も云わなかったから」

 滝口さんは言葉を失いながら洗面台に向かった。

 今となっては議論する意味がない。真実はこの分厚いゴムの向こうか、死後の世界にしかないのだから。

 「キャぁアアアアアッッ!?」

 「っ京子ちゃんっ?」

 悲鳴へと向かうと、そこにはしゃがみこんだ滝口さん、いつもと同じ通り犯人から配給される樹脂の器に入った筑前煮と焼き飯を発見していた。

 先ほど、滝口さんが食べたいと云っていたメニューだったが、問題は“母の作った筑前煮”と“兄の作った焼き飯”である点である。

 「やだ、やだ、やだ、やだああああ!」

 お兄さんやお母さんも監禁されている、その可能性に滝口さんは叫び続け、僕の足にしがみついてくる。

 女性のものとはない無い力で僕もその場にへたり込む形になった、があることに気付く。

 「落ち着いて、京子ちゃん! きょ…滝口さんの家の焼き飯って、ナルトとカニカマを両方入れる?」

 「…え?」

 「この作り方、かなり特徴的。野菜が少ないし、やたらに練り物ばっかり入ってる!」

 改めて滝口さんが筑前煮と焼き飯を凝視し、大きく息を吸い、吐いた。

 混乱している間、ずっと息をしていなかった、そんな深い深呼吸だった。

 「違います、これ、兄のじゃない……母さんのも……野菜の切り方、全然違う……!」

 なんなのだ、この犯人たちは。

 営利誘拐でもないのに資金力があり、コンビニで済ませても良い食事をなぜか手料理して僕たちに振る舞っている。

 目の前で久保田さんを殺されていなければ、未だに何かのイタズラだと思っていたと思う。

 悪趣味で人の心をえぐる、そんな最悪のイタズラ。




 【一月一七日(食べ忘れ、数え間違えがなければ)】

 僕達は絶望するわけにはいかなかった。希望はあるはずだから。

 「き・み・も! してみなトライ! 明日にトラアァーイ!」

 「エビナポリタンは八話に現れたエビナポレオンの弟で、三五話では再生怪人としてふたりが揃ったが、エビナポレオンはイベント用のリペイントで、ディティールが大幅に変更されていた……」

 僕は必死に歌い、滝口さんは決死で覚えた。

 その後、色々試したとき、生活雑貨はヘアスプレーやタバコのような火と関わりがあるものや、包丁や裁縫バサミといった尖っているものは支給されない。

 明確に壁のゴムを破壊されないためだとは思うが、僕はひそかにカラオケのコンセントに狙いを定めていた。

 ご存知の通り、コンセントはそれなり尖っていて、力を入れれば刃物の代わりになるんじゃないか、と。

 ただし、そこで発生する問題がある。すなわち、コンセントが折れて修復不能になった場合、酒井が代わりの機械を用意してくれるか? ということ。

 失敗したならば歌で勝負をしなければならないし、ならば練習は必須。

 同じ理由でトイレの便器の破壊も踏み切れない。洗濯板で叩けば割れるだろう。だが、それも失敗した場合、説明するまでもないないと思う。

 さらに僕を悩ませるのは、最近になって様子がおかしい滝口さんだ。

 「眠れ……ないんです、正平さん」

 云いながら僕の布団に入れてくれという。

 ……吊り橋効果だ。不自然な状況が恐怖を煽り、恐怖の興奮を僕への恋愛感情と勘違いしている。

 「眠れるまで手を握ってます。だから安心して休んで下さい」

 滝口さんは美人だと思うが、僕には恵美がいる。どんな状況でも彼女を裏切れない。

 滝口さんは眠るのが辛そうだった。うなされながら休み、目覚めてもどこか疲れている。その内、僕たちはどちらともなく三食食べて眠るのではなく、五食、六食食べる度に休むサイクルになっていった。

 太陽から隔絶され、食事の度に酒井竜馬との対決が迫ってくる。

 勝っても助かる保障はないが、負けたなら確実な死が待っている。死ぬわけにはいかないんだ、死ぬわけには。 恵美、君を残して逝くわけには……いかないもんな?

 久保田さんは僕たちも守るために酒井を殺そうとしていたが、僕の腕力では間違いなく返り討ち。

 となると、やはりカラオケ対決で勝たなきゃならない。



 【四月四日(多分)】

 僕の髪はシェーバーを使って滝口さんが揃えてくれているが、滝口さんは鏡もないのに自分で切り揃えていた。

 「良いんです、私の仕事にさせて下さい、正平さん」

 いじらしいとも思うし、彼女の気持ちも理解できるが、もしも残っているのが僕ではなく久保田さんだったならば、どうなっていたのだろうか。

 「……あれ?」

 そんなとき、ふと、久保田さんと酒井の戦いを思い出し、ある可能性に気がついた。

 違うかもしれないし、そうかも知れないが、僕はその可能性を久保田さんからの贈り物なんじゃないかという確信があった。

 「ねえ、滝口さん? チョコボーイ、食べない? 久保田さんの……月命日だから」

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