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中編

野宿旅してて風邪ひきながらガラケーで小説書くっていう体験が一番のホラーだったよ。(実話)

 【何度目かの食事】

 見ず知らずの他人同士だが緊急状態が僕ら三人を結束させ、共同生活は奇妙な穏やかさと緊迫感にあふれていた。

 電化製品はカラオケとランタンしかない部屋で当然洗濯機もなく三人分の衣類を洗濯板で洗うのは自然と僕が引き受けた。キュートライの歌の練習をしながらできるし、洗濯は嫌いじゃない。

 だが、奇妙だったのは食事だった。

 電子レンジや冷蔵庫はもちろん、調理器具や材料すらないので誘拐犯の配給を待つが、あるときは台所の戸棚の中に樹脂のボウルにカレーとライス。トイレのドアの中にタマゴサンド、

 僕たち三人がトイレや風呂、隣の部屋に居るときにはいつも三人で居るダイニングの真ん中にスパゲティが置かれていることもあった。どこからともなく。

 「隠し扉が有るってこと、ですよね?」

 「カメラもありますね。そうでないと僕らがいない場所を狙えない。ピンホールカメラかな、壁に小さな穴が開いてるからそのどれかだと思います」

 「塞げるか? 正平?」

 「石鹸やトイレットペーパーを蓋代わりにはできると思います。でも全部塞ぐと僕たちも窒息します。空気穴兼任ですから」

 「…便所だけ塞げ。今すぐ。あいつに覗かれていると思うと出るものも出ない」



 【何度目かの食事】

 窓もなく全て塞がれており、食事以外に時間を知るものはない中、それは起きた。

 「二四三七回、二四三八回、二四三九……あー、エキスパンダー欲しいわ」

 「ハートがヒート♪ 三人そろって、キュウートラァアアアイ♪」

 「バッタザウルスは七話で初登場し、そのあとに一三話で回想エピソードで登場、一六話で復活怪人として登場して」

 恐らく食事の回数からして一月二日。

 時計もない空間での久保田さんの発言に僕たちふたりは驚愕した。

 「朝飯は七時だったな、昼飯は一二時、夕飯は一八時に出している……飯を探せ、昨日と同じならそろそろどっかにあるはずだ」

 カツ丼が風呂場に置いてあるのを滝口さんが発見したとき、驚愕は敬意に変わった。

 プロレスラーは一日の大半をトレーニングに費やす。

 疲労や空腹、筋肉のダメージからおおよその時間がわかるのだという。

 「それに足りないよなぁ、正平。こんなお子さまメニューみたいな量じゃよお」

 食後の久保田さんの発言にも驚かされた。

 カツ丼は当初四~五人分はあり、僕と滝口さんの食が太い方ではないので、ほとんどを久保田さんひとりで食べてくれているのだが、足りないというのだ。

 「誘拐犯! 飢え死にさせる気じゃないなら飯増やせ! あと単品ってナメてんのか! まずはサラダ出せ! ミネラル取らせろ、山盛りでだ!」

 この人はスゴい。

 久保田さんは初日に口に靴を入れられる暴行を受けているというのにこの態度。

 相手によって出方を変えたりしない、気高さというか、図太さを感じた。

 それから誘拐犯からの返答はもなかったが、しばらくして生活スペースの中を回ると風呂場にサラダが出現していた。

 ボウルに一杯のキャベツときゅうり、水菜にトマト、ドレッシングが掛けてある。

 「おいおい、納豆は? サラダに納豆はマストだろうよ、常識ないんじゃないか? この犯人?」

 もはやクレーマーだ。

 本当にすごいなこの人。誘拐犯にここまで図々しく要求する人質って。

 「まあいいや、ドリンクでベブシだな。ゴカコーラじゃないぞ。ベブシコーラだぜ」

 必死にスーパーやコンビニに買いに行く犯人を想像したら少し気が和んだ。

 が。間を置いて、大きめの紙コップに移したコーラを久保田さんがゴキュゴキュと飲みながら発した次の言葉にはさすがに肝が冷えた。

 「じゃあ、チョコボーイな。あのエンゼルのヤツ」

 なんで一回で云わないのこの人。なんでそこまで居丈高で挑発できるんだ、プロレスラーすげえ。

 しばらく経って、未開封のチョコボーイ十箱が風呂場で発見された。僕の中ではかなりの時間が経ったように思ったが、久保田さん曰くニ時間ほどだったらしい。

 「そろそろやめませんか? コーラは紙コップに移してたのにチョコボーイは開けてすらいないって、犯人も怒ってるんじゃないですか?」

 よく云った滝口さん。だがしかし、それは違う。

 「京子ぉ、単にコーラは紙コップで出したいだけだと思うぜ」

 久保田さんの言葉を滝口さんはよくわかっていないようだが、説明するわけにもいかない。

 樹脂の皿は割っても尖らないが、ペットボトルなら、いやもっと良くガラスビンなら割ればナイフのように使える。

 爪やシェーバーの刃より壁のゴムを破壊できる可能性が有った。

 久保田さんは試している、ふざけたような注文で何を得られ、何を得られないかを。


 「ま、チョコボーイが食べたかったのはマジだけどな…うぉ! 歯が折られたところにピーナッツ刺さった! 血とチョコ混ざってキモっ!」

 云いながらでも三箱をペロリと食べる久保田さんは一周して頼もしい……かな?

 「それに、ほら、メモ紙も手に入った」

 チョコボーイのピーナッツ臭のするスマイルで空き箱をヒラヒラとかざした。

 僕たちの持ち物は衣服以外は全て奪われており、筆記具を入手するというのは最高のアイデアにすら思えた。

 「あとはケチャップや醤油を貰えば、日誌やらなんやらでも作れるってことよ」

 「なるほど。それならツマヨウジのような物があればかなり記録できますね」

 「ツマヨウジは無理じゃないか? 普通にゴムに穴開けられるだろ。渡すか?」

 「わかりませんが、試してみましょう……ごめんなさい、滝口さんは何か意見はありますか?」

 男ふたりで盛り上がってしまったが、僕たちは三人で運命共同体。彼女の意見も訊く必要がある。

 「えーと……筆記具が欲しいというお話ですよね?」

 「おう、モロチンだぜ」

 「誘拐犯に貰ったら駄目なんですか? 下さい、って」

 滝口さんが申し訳なさそうに云った発言。そんなことできるわけ……ない理由が、ないか? あれ?

 『……』

 大して時間も掛からず、長めの黒クレヨンとメモノートが現れた。

 なるほど、クレヨンではゴムには刺さらない。時間からして誘拐犯も想定済みの要求だったらしい。

 「あと私、気になってたんですけど……あの誘拐犯、酒井竜馬じゃありませんか?」

 「? 誰だ、それ?」

 「……三~五年くらい前に流行った霊能力者ですよね。滝口さん。 行方不明者とか探す番組に出てた」

 「かなり痩せてますけど、同じ顔で同じ声だと思うんです」

 滝口さんの言葉に僕も記憶を辿る。

 当時はまだ恵美と出会う前でそのときの彼女、千明の顔が先に浮かぶが振り払い、僕はタイムスリップするような集中で酒井竜馬の顔と声を脳内でなぞり、誘拐犯と重ねる。

 少し肥満気味の酒井竜馬と肉体派の誘拐犯ではまるで異なるが、それなのに声質やイントネーション、そして親しみやすい豊かな表情はその差を補い、何年かの空白期間を当て嵌めると方程式は出来上っていた。

 「酒井竜馬……だ!」

 滝口さんと僕の意見に久保田さんもが眉を潜めた。

 「すると、何か? 霊能力者が俺達を拉致した犯人ってわけか?」

 少なくとも僕らの中ではそうと決まったが、滝口さんは更に言葉を選んでいた。

 「……葉山さん、葉山さんは……その、例の日付、なにか有ったりしないんですよね?」

 「何かって……何が?」

 「あ、いえ、その……何もないなら良いんです」

 ある意味で一番の謎は例の戦う日付。

 ふたりは何か心当たりがあるようだが、僕にはどうにも思い当たらない。僕はふたりとは何かが違う、そういうことなのか?

 「だが、それってヤバイんじゃないか? 犯人が正体を隠さないってのは皆殺しにするつもりじゃないか?」

 久保田さんの推測に滝口さんが口元を抑えて目元をうるませた。

 「……仮に僕たちが警察に駆け込んで……犯人を捕まえられますか?」

 「その心は? ホームズくん」

 クエスチョンマークを浮かべるふたりに、僕は推理を言語化する。

 「犯人は複数です。僕たちの要求に対する反応が早すぎますし、ひとりでは二十四時間監視はできない。監視をローテーションしている証拠です。それに僕らはこの部屋が日本のどこかすらわからない。警察に駆け込んで酒井竜馬を探しても、仲間がこの部屋に酒井竜馬を匿えば発見はできないでしょう」

 「なるほど。確かに。警察は俺達を見付けられてないくらいだしな」

 「なら……先にふたりが脱出しても……私は勝負しないといけないんですね」

 滝口さんの肩が震えていた。三人の中で一番最後に勝負する滝口さんは、僕と久保田さんが先に脱出し、助けを呼んでくれることを少なからず期待していたらしい。

 「……俺は最低でもあいつを倒して外に出る。大丈夫だ京子、正平も……少しリラックスしてろ」

 力強い言葉だが、“最低でも”とはどういう意味だろう?

 夕食を食べ終わり、久保田さんが寝る準備を始めると僕と京子さんも自然と従った。

 僕たちにとって、時間と日常という概念がいかに重要で、それでいて不確かなものだったか。

 久保田さんは豪放に振る舞いながらも、体内時計や会話で僕たちを導いてくれていたし、それは平常を保つ上で欠かせないものだった。

 行動と態度で示してくれる。トップバッターで命懸けで柔道勝負をするというのに、僕たちに意識を配ってくれる。



 【一月三日(久保田さん感覚)】

 明日は柔道対決と云われた一月四日だが、久保田さんはトレーニングを続けた。

 ただし、欠かさなかった風呂とハミガキの時間をトレーニングに入れ忘れ、残っていたチョコボーイ七箱を頬張っていた。

 「今日、俺の誕生日なんだけどな、人生最高の誕生日だぜ全く」

 苦笑いする久保田さんの体内時計に従って今日も僕たちは床につく。

 何日か経っても未だに身体が慣れない。寝付けないまま悶々と時間が過ぎていく。

 そういえば、太陽の光には体内時計をリセットする働きがあるって志保と見たテレビで云ってたっけ。ここは窓も全部ゴム張りで太陽光浴びてないからな。

 無為に布団の中で寝返りを打っていると、突然、ランタンのスイッチが入り、トイレから誘拐犯、酒井竜馬と思われる男が柔道着に身を包んで現れた。

 「一月四日だ」



 【一月四日(誘拐犯の宣告)】

 「一月四日だ。約束通り、柔ど」

 誘拐犯の言葉も途中に久保田さんの布団が弾けたように感じた。目にも留まらぬ、そう形容するしかない。

 なにせ横で寝ていた人間が気がついたら誘拐犯を押し倒し、馬乗りになっているのだから。

 「両足タックルからマウントポジションって、俺が読んだ柔道のルルブに無かったぞ? 久保田」

 準備していた。

 久保田さんは僕が状況を把握するより速く、戦いを仕掛けていた。

 「うるせえな、殺せば勝ちだろうが、酒井竜馬サンよ」

 「……? 名乗ったか。俺。酒井竜馬だって」

 「あ? 何を云ってんだ? 俺達の会話を盗聴していたはずだろうが?」

 「あのな。お前たちの会話をずっと俺ひとりでチェック出来るわけないだろ?」

 何を云っているんだ? この誘拐犯は。

 監視をしていないはずがない、現にコーラやクレヨンを配給したではないか。

 久保田さんも意味がわからなかったらしく僕に視線を送ってくるが、僕は首を横に振る。僕にもわからない、と。

 「まあ、良いや。お前をブチのめせば同じだよな」

 それからだった。久保田さんの拳が酒井の顔面に流星群のように降り注いだのは。酒井も両手で顔面を守るが不充分だ。

 小さい頃に見たアメリカアニメで殴られたキャラから星が出ていたが、久保田さんの流星群はガードしても誘拐犯の返り血で赤い星を床に描いていた。

 気付けば滝口さんは自分の右手を僕の左手に絡ませていた。ただ祈るように。

 「やめろ久保田、反則っだ」

 「世間一般では誘拐も反則だがな」

 それはそうだ。誘拐は法律レベルで反則だ。

 それにしてもどういう体の構造をしているんだ、このふたりは。

 見ているだけで僕や滝口さんは心臓が動いているのが不思議なくらい興奮しているのに殴り殴られながら会話するなんて。

 「……仕方ない、この勝負、お前の反則敗けだ久保田」

 「ヘイ! デバガメのトムちゃん! 出口開けろ! 霊能力者が霊になるぞ!」

 いつの間にか、久保田さんの手には銀色に光る刃が有った。シェーバーの替え刃。

 トイレでカメラを使えないようにと久保田さんが云った理由はこれだった。武器代わりの凶器を手元に仕込むために。

 「知ってるよ。あとカラオケから抜いたネジ持ってるよな」

 「……え?」

 久保田さんが凍り付いた。

 誘拐犯の言葉によってだけではない。刃物を取り出すために一瞬止まった両手を正確に掴まれて。

 久保田さんは全身の筋力で外そうともがくが、誘拐犯の握力は自動車を整備のために宙吊りにするスタンドを連想させた。一度固定されたら金具が壊れでもしない限り、決して外れない。

 「死ね。久保田」

 簡潔な誘拐犯の言葉。そして“金具”が捩切れるような澄みきった鈍い音が重なった。

 久保田さんの両の手首が曲がりて連動するように久保田さんが腹の底から叫んだ。頭の芯まで届く絶叫。その絶叫が痛みか恐怖か混乱か、どんな感情から出たのか、僕にはわからない。

 久保田さんの股の間から滑らかに抜け出した酒井は背後から自分の腕を久保田さんの頸動脈へと嵌め込むように圧迫する。

 格闘技に暗い私でも知っている技。小学校の休み時間の義務教育、チョークスリーパーだ!

 「これも柔道ではないが、試合はお前の反則敗け、これはタダの絞首刑だ」

 久保田さんは折れた腕で酒井竜馬の腕をトントンと叩いてタップするが、酒井は手を緩めない。

 「お前ならどうする? タップしたくらいで獲物を離すか? 離さないだろ? 離さなかっただろ? 離さなかったよなァ!」

 僕の身体は立ち上がっていた。

 頭ではない、体が反応していた。喧嘩なんてしたことはないが、身体は立ち上がった。

 助けなくてはならない。死んでしまう、理不尽すぎる。

 「正平、お前が何かすればお前も“反則負け”だからな」

 覚悟を固める僕を一瞥もせず、酒井はそう制した。

 滝口さんが両手で僕の左手を握りしめたまま僕を見詰める。祈るようにではない、哀願するようにだ。

 僕は動けなくなり、久保田さんの状態をどう説明すればいい?

 蛇に丸呑みされる鼠?

 蜘蛛の巣にかかった蝶?

 鷲の爪に懸かった雀?

 どれも違う、仲間であるはずの僕たちからも見棄てられ、夢も希望もある人間だった死体だ。

 「ああ、そういえば股間にコップとトイレットペーパーを入れてたな。マウントポジションを取るから……金的対策だったのか。片付けが楽で良い」

 絞殺されると人間は筋肉が緩んで排泄物を垂れ流して死ぬが、久保田さんはカメラを塞いだトイレで細工をしていたというのになぜ入れていたのがコップだと知っている?

 酒井には久保田さんに殴られてもほとんど顔に傷はなく、ただ目は殺意に充血し、興奮からか鳥肌が立っている。

 得体の知れないケダモノ、酒井竜馬だった。


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