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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
1章【異世界における異文化交流についての課題と考察、及びその実践】
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9・魔導士になろう

前話のあらすじ「色々確認して異世界だと確信した」

 アイツァは驚いていた。グレーターブラントの首が切り落とされているのを見たときと同じくらいの衝撃だった。


 指が5本生えている。


 普通、人間に限らず大抵の動物は4本指である。一番太い太指、指し指、一番長い長指、小指の4本である。5本指の生き物というものは聞いたことがないし、まして人間で5本指というのは聞いたことがなかった。


 今まで気づかなかったのが不思議なくらいだが、実は無意識には気づいていたのかもしれない。迷い人の食事中とか痛む肩を押さえているときとか、何とも言えない違和感を覚えることがあった。なるほど、指が5本あるとは思いもしなかったがゆえに気付かなかったのだろう。納得できた。


 迷い人が言うには、異世界では5本の指があるのが通常らしい。異世界の存在も、異世界では5本指が普通ということも信じられないが、明確な証拠が目の前にある以上、信じるしかない。他にも迷い人が来ていた独特な衣服や、四角い奇妙な小さな板、履いている靴など変わったものが多くて不審に思っていたが、すべて異世界の品だとすれば納得である。なるほど、レーテの森にろくな武装も持たずに入ってきた愚か者だと思っていたが、異世界人だからそのことがわからなかったわけだ。


 ふむ、と頷いて迷い人に思考を飛ばす。魔術の回路を作る感覚で自分の伝えたい事柄を形作ると、相手にその心象がそのまま伝わる仕組みの魔術だ。お互いの魔力の質を薬で無理やり同質化し、そのうえで特殊な魔石を使わないと使えない、本来なら金持ちにしか使えない魔術である。念話の中で最も高度なものだ。


『あなたが異世界人であることを理解しました。道理であなたは何かおかしいなと思っていました』


 迷い人にそう伝えると、彼からフワフワした思考が流れ込んでくる。雑然とした心象なので理解しづらいが、仕方ないじゃないか、とか、やっぱり異世界か、とか、どうしたらいいんだろう、とかそんな言葉が頭に流れ込んでくる。どうやら迷い人も困っているらしい。


 それにしても、とアイツァは思う、なんで迷い人はこんなに心象の形成と集中が苦手なんだろうか。洗礼式を受ける前の幼児ならいざ知らず、普通の成人男性なら多少なりともマシな心象の形成くらいはできるはずだ。そうじゃなくては魔術の大半を使用できないだろう。


 と、ここまで考えてアイツァは気づいた。


『つかぬことを聞きますが、もしかしてそちらの世界には魔術は存在しないのですか?』


 迷い人からすぐに、ない、という強い心象が伝わってくる。言われてみれば当たり前だ。魔術と魔導の違いを知らないということは、そもそもそういうものがなければ知りえないだろう。念話の魔術を使って最初に意思疎通したとき、非常に驚いていた様子だったのも納得できる。だが、アイツァには魔術が存在しない世界というのが想像できなかった。そんな不便な世界、どうやって生きていけばいいのだろうか。


 すぐにアイツァは頭を振って話を戻す。異世界の話は興味があるが、今はそこまで重要じゃない。この魔術は材料の費用がばか高い割に、1日も持たずに効果が切れてしまうのだ。聞くべきことは他にたくさんある。


『異世界では魔術がないというのは興味深いですね。ですがあなたは魔導を使っているように見受けられました。魔導は使うことはできるのですか?』


 すると迷い人は困ったような顔をした。わからない、やってみる、という弱い心象が伝わってくる。そしておもむろに右手を伸ばしたので、慌ててその斜線から大きく避けた。うっかり魔獣の首のように真っ二つにされたらかなわない。


 迷い人は右手を伸ばして、うーんと力を込めてみたり、手を横に振ってみたり、何か呪文のようなものを唱えたりしだした。だが一向に魔導が発生している様子はない。これは予想通りでもある。魔術を使えない者が魔導を使うことはできない。どちらも心象の形成と集中が重要だからだ。


 アイツァは、右手を伸ばして百面相をしている迷い人の隣に座りなおした。


『なるほどよくわかりました。確かにあなたの元の世界では魔術や魔導は使われていないようですね。少々お待ちください』


 アイツァは自分の右手の指し指にはめてある金色の指輪をとると、摘まんで迷い人によく見えるようにした。指輪は表面に細かい模様が刻まれており、小指の先より小さな紫色の宝石が嵌っている。


『これは"火"を司る魔術具です。回路は基本式のものしか組まれていないので、普通に起動するぶんには小さな火しか出ません。これを使って魔術の練習をしてください』


 そういうと、アイツァは指輪にほんの少しだけ魔力を込めた。ろうそくの炎より小さな火が表れて燃え上がる。迷い人は驚いたような、感心したような表情で見ていた。なるほど、異世界人ではこの程度のものでも珍しいらしい。


『私は、あなたの魔導を研究したいので、あなたに魔術を教えます。魔導を研究させていただけるのならば、その代わりと言ってはなんですが、怪我が治るまでここに滞在することと、怪我が治ったとき近くの村を案内することを約束します。あと簡単な言葉も教えましょう。どうせ寝てばかりでやることがないんでしょうし、魔術の勉強をしてみませんか?』


 新種の魔導の研究は魔術師の夢だ。異世界人で言葉も通じない魔術もできない厄介な存在だが、彼が使えるはずの魔導は魅力的だ。心象に映さない範囲で、アイツァはこの取引を受けろ~条件はいいはずだぞ~と念じる。


 アイツァの本音が思わず心象になりそうなくらいの時間を迷い人は悩んで、結局頷いて指輪を手に取った。よろしくお願いします、という心象が伝わってくる。アイツァは思わずやった、と小さく声を出して喜んでしまった。


 魔導の研究の始まりである。

次話「名前と魔術と単語帳」

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