8・現状確認と初めての対話
前話のあらすじ「薬を飲んだら言葉が通じた」
「……は?」
悟は困惑した。魔導士? 魔導士って、あの魔導士だよね? ゲームとか小説とかで呪文を唱えて魔法を使い、超常現象を引き起こす魔導士のことだよね?
自分がそれ?
「いや、オレ魔導士なんてものじゃなくて、普通のフリーターなんですが……」
フリーターという単語が通じるかどうかわからなかったが、そもそも肉声言語では推定少女……もう少女でいいや、未だに顔を見たことないけど声も女の子のものだったし……少女に伝わらない。慌てて頭の中で強く念じる。違う、普通の人、違う、普通の人……。
少女は困惑したように見えた。
『なれば不可思議なり。汝は剣も魔術具も有して非ずして、魔導を用いておらぬならば、彼の魔獣の首は落とせず』
少女の言葉を聞いて悟は余計混乱した。確かに剣や魔術具なんてもの普通の日本人である悟は持っていない。そもそも魔術具なんてファンタジー全開の代物なんて某電気街でも売っていない。そして、その二つを持っていないから魔導を使える、というのもよくわからない。魔獣の首を落とす? 魔導が使えるとあの羽豚を殺すことができるということか?
そして今更ながら、悟は疑問に思った。あの羽豚に食われそうになった一歩手前の状態から、自分はなぜ助かっているのか、と。
色々混乱したため、深呼吸して落ち着いてから悟は自分が感じた疑問を一つ一つ念じて伝えた。少女の言ってることがよくわからない、剣も魔術具も持っていないし魔導というのもわからない、少女が魔獣を追い払ってくれたのではないのか、あの羽豚はどうなったのか。
少女もまた困惑したように悟を見て、説明してくれた。
『我、汝を救うべく駆けたが間に合わず。しかして汝、己が手で魔獣の首を刎ね窮地を脱した。遠目にて詳細はわからず、だが我は汝が何れかの魔術を用いたように解した』
その後も話を聞いて悟は納得した。つまり救助が間に合わなかった少女が遠目で見た限り、なんらかの強力な魔術か何かを使って、悟が羽豚の首を切ったようにみえたらしい。確かにその光景だけ見れば、悟が魔法使いのように見えただろう。悟は武器も持たずに羽豚のあの巨体を倒したのだ。襲われそうになってすぐ気絶してしまったため実感は薄いが、なんか凄い魔法が使えるんじゃないか、と少女が質問してくる理由もわかった。唯一、ただ一点納得できないところがあるとしたら、自分が魔法を使えるということだ。
また話を聞いているうちに、この年がら年中フード付きコートをかぶって顔も見せない陰気な少女が、かなりのお人好しであることがわかった。巨大な魔獣に襲われているとはいえ見ず知らずの人間を助けようとしてくれたり、気絶して大怪我をしている悟を今日まで看病してくれたりと、よほどの善人でなければここまで手間をかけてくれるとは思えなかった。仲の良かった叔父なら同じくらい世話してくれたかもしれないが、少女にとって悟は見ず知らずの他人である。魔獣を倒したのは悟本人らしいが、それでも大怪我を負ったまま放置されてたらあの森の中でとっくに死んでいた。自然と感謝の気持ちがわいてくる。
すると少女はふいと視線を逸らした。
『……感謝には及ばず、単に汝からグレーターブラントの素材を譲り受けた代価にて』
照れているのだろうか。ツンデレかな、と悟は思って慌ててその思考を打ち消す。オタク用の特殊な単語の意味が通じるとは思わなかったが、もし万が一通じてしまったら物凄く機嫌を悪くしそうな気がしたからだ。そもそもツンではあるがデレてはいない。
気を取り直して悟は少女に魔法は使えない、と念じる。あとなぜ羽豚を倒せたのかもわからないことも。
『……魔法とは思えぬ、恐らく魔導なり。なれば汝は魔導に目覚めたばかりと見受けられる』
……魔法と魔導って違うものなのか、どっちも同じように聞こえるけど。そういえば魔術なんて単語も言っていた気がする。全部同じ意味じゃないのか。
『然り、魔法と魔導と魔術は別個のものなり。汝、何故それを知らんや?』
思考が漏れていたらしい、少女が答えてくれた。
悟は知らない、できれば教えてほしいと念じた。だって魔法が使えるなんてちょっとわくわくするじゃないか、と悟はこっそり期待していた。魔法じゃなくて魔導だっけ、どっちでもいいけど。
少女は少し思案して、答えてくれた。
『魔術は道具なり、日々日常の中で使われるもの。魔導は現象なり、全ての魔術の原型にして理を持たぬもの。魔法は魔導を解し魔術を生み出すものなり、魔なる不可思議な力を人の理にあてはめ、その力を行使するもの』
……さっぱりわからない。
言い回しが堅苦しくて理解しづらいうえに単語の一つ一つがよくわからない。なんとなくわかったことは、魔術が一般的に使われるもので、魔導はなんかよくわからない力で、魔法はその間、という認識であっているのだろうか。間違っているかもしれない。
少女は諦めたように溜息をついた。
『しかして、さらなる問題が生じず。何故魔術の基本も解せぬ? 汝、いずこから来た?』
どうやら魔術は一般的だという推測は正しかったらしい。そして魔術と魔法と魔導の違いを知らないのは普通ではないとのことだった。だがそれについては悟とて同じことだった。悟は魔術なんて言葉、ゲームの中でしか聞いたことがない。自分の予想は正しかったことが証明された。
悟は、おそらく異世界から来た、と少女に伝えた。少女は困惑したようだった。
『異世界、とは異なる世界ということ如何? 汝の装いや言動は特殊なれど、他の世界というものは理解できぬゆえ』
どうやら異世界から来たという証拠を見せろということらしい。悟はわかりやすい証拠を少女の目の前に出した。
少女は一瞬理解できず、すぐにぎょっとしてこちらを見た。
『汝! 何故指が5本あるや!?』
差し出された右手を見た少女は、物凄く気持ち悪そうに悟の右手を見ていた。驚いて身を引いた少女のローブから覗いた彼女の手には、指が4本しかなかった。
次話「魔術を使う才能なし」