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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
資料【異世界の文化または人物と交流があった者の変化について記録】
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閑話・日本式格闘戦術

 閑話は『1章終わって2章が始まるまでの半年間』『水族館へ行ったあとから異世界へ帰るまでの夏休み』『2章が終わって3章が始まる前までの2か月間』のいずれかで書いていきます。


 今回は最初は『夏休み』、途中から『2か月間』となります。

『ん? なにこの異様な動き。ありえないでしょう、どう考えても……』




『え、なんで全身が炎に包まれながら攻撃してるの? 意味がわからないわ。そんなことするくらいなら、普通に相手の体に着火すればいいのに、これじゃ自分の被害の方が酷いじゃない!』




『な、なんでこの人は剣での攻撃を素手で防いでるの? い、痛くないのこれ? ガード? 防御? これで防げる物なんだって? 横に避ければいいだけじゃない。まったく意味がわからないわ……』




『この、さっきから飛ばしている変な丸いのはなんなの? 気の塊? 空気を固めた物かもってどういうこと? やっぱりよくわからないけど……空気の塊、ねぇ……』




『それにしても凄いジャンプ力ね。普通に人一人飛びこして……え? 今何したの? 2段ジャンプ? そんなこと普通……いえ、なるほどね。うん、うん……』




『これは何をしているの? コイン投げ? ……へぇ、なるほど。貨幣なら身近にたくさんあって、携帯も難しくない。意外と合理的だわ、やってることは非常識なのに……』




『このド派手な攻撃が"ちょうひっさつ"というのね。確かに凄い痛そうな攻撃ね。私じゃ再現は難しい……いえ、見た目だけならあるいは……』





…………




 目の前にいる敵は10人。


 指揮官が1人。こちらを押さえて壁となる役の盾持ちの兵士が2人、弓が2人、槍が2人、魔術師と思しきローブの男が2人。残り一人は衛生兵か観測兵か、どちらとしても戦力としては除外する。兵士部隊は、お互いの武器を振りまわしてもぶつからない程度の距離を置いて陣形を組んでいる。対するこちらの戦力はたった一人、自分だけだ。


 平坦で開けた場所だった。小さめの家なら10件は入るだろうほどの広さの場所で、障害物の類は一切ない。周囲には人の頭より高い壁に囲まれている。魔術士である自分ならば風の魔術で脱出などどうとでもできるが、普通の人間にはこの壁を超えるのは難しいだろう。つまり一応は逃げ場なし。元より逃げるつもりはなかったが。


 10人の兵士はみな緊張した顔でこちらを睨んでいた。それに対して自分は気楽に身構えている。10人が怯え、1人が平然と受けるという異常な状況。だけどこれは戦力差としては実に正しい。自分一人に対して、彼らは挑戦者の立場だった。ゆえに、相手の出方を待ってやる。余裕を持って睥睨する。


 兵士の指揮官役が合図をすると、弓部隊が同時に矢をつがえた。そしてそのつがえた矢に魔術師が何やら魔力を込めている。予想できるのは『硬化』か『加速』、あるいはその両方。状況によっては『燃焼』もありえたが、今は攻城戦ではないのだ。無駄に周囲に被害を広めても仕方ない。魔力を帯びて僅かに発光している矢が2本同時に飛んでくる。早い。


 マントに縫い込まれた魔術回路を一つ起動してそのまま真っ直ぐに突進する。マントは魔術師にとって一番よく使う魔術具だ。ついでにマント自体にも魔力を込めておき、硬度をあげておく。気休めだがないよりマシだ。矢が体に刺さる、という一瞬手前の何もない空間に矢がはじかれる。表情こそ変えなかったが、兵士たちが動揺したのを見抜く。その隙を逃さない。


 盾持ちの兵士二人がこちらの突進を抑えようと、盾を前面に出して身構える。構わず突進、として跳躍。盾持ち兵士の一人の盾を踏み台にして飛びあがる。こっそり風の魔術を起動。こちらの大胆な動きに一瞬驚いたようだが、盾持ちの背後にいた槍がすかさず槍を打ち込んできた。空中では回避しようがない、致命的な一打。誰もが勝利を確信し、その一撃は空を切った。誰もが唖然とする。


 空中の何もない場所で、もう一度ジャンプをしたからだ。


「なっ!?」


 兵士たち全員が絶句する。まるで空でも飛ぶ魔獣であるかのように、敵の魔術師が空中でぐっと足を踏みこんで加速したのだ。目を疑う光景だった。


 魔術師は空中で下方向に加速して槍を構えている兵士の一人に強襲する。槍は戦術的には強いけれど、間合いに入られると弱い。咄嗟に柄を振り回して魔術師を張り飛ばそうとするが、またも空中に不自然に槍が止まってしまう。あっさり槍使いを一人と盾持ち剣士二人をナイフの柄で殴り倒して昏倒させる。もう一人の槍使いは十分な間合いがあったため、落ち着いて乱戦の隙間を見つけて魔術師に攻撃する。すると魔術士は、腰の袋から何かを取り出しながらあっさりと後ろに退いた。バックステップをしながらその何かを槍の兵士に投げつける。速い。


 飛んできた何かは鋭い銀光の軌跡を残して槍の兵士の鳩尾あたりに激突した。鞣し皮の鎧が凹む鈍い音が響く。槍の兵士はそのまま前のめりに突っ伏して動かなくなった。軽く投げつけたかのように見えたが、物凄い加速がされていたらしい。恐らくなんらかの魔術か魔術具なんだろう、と指揮官は判断する。近づけてはならないと思って弓を構えている兵士二人に前衛後衛わかれて攻撃することを命じる。片方が弓をしまってショートソードを構え、もう一人が弓を番える。魔術師がそれぞれに魔術をかけ、ショートソードを持った方には鎧の強化を、弓を構えている方には矢に直接加速の魔術をかける。補助の兵士が弓を片付けたり矢を補充したりしている。


 魔術師はショートソードを構えた兵士が近づくのを待っていた。そして何の前触れもなく地面が炸裂する。何が起きたのか全く分からないが、間近でその衝撃を受けた兵士はたまったものではない。思わずのけぞると、その隙に魔術師が近づいてきてナイフの柄の一撃で顎を打ち抜かれる。兵士が取り押さえている間に矢を放とうと思っていた弓持ちの兵士は、あまりにも呆気なくやられた味方に唖然としながら矢を打つ。魔術によってとてつもない加速をされ、目にもとまらぬ速さで飛ぶ上に威力も申し分ないその矢の一撃は、しかし魔術師の体に届くことなく地面に落ちた。先ほどから摩訶不思議なことが起こっていて兵士たちの混乱はどんどん加速していく。唯一平常心の魔術師が急速に接近し、弓の兵士を、そして近接戦闘は不向きな魔術師たちと補助係を打ち倒す。そして最後の一人となった指揮官の兵士にナイフを向けた。指揮官は息を飲む。魔術師が宣言する。


「これ以上続ける必要はないでしょう。私の勝ち、でいいですか?」


 そうしてアイツァは勝利宣言をする。指揮官は両手を上げて「参りました」と宣言した。これにて訓練は終わりである。指揮官は苦笑いする。平和なご時世であるとはいえ、厳しい訓練を経て、そこそこの魔獣すら撃退できる兵士の部隊が、たった一人の魔術師に一瞬でやられたのだ。笑うしかない。


 と、そこへ一人の男が近づいてきた。上背が高く屈強な体つきをしている。そして特徴的な色違いの両目(オッドアイ)。サティを誘拐した護衛騎士のリーダー、ルーイン隊長だ。


 ルーインは拍手しながら近づいてきて、アイツァを見る。背の高さが違い過ぎるので見下ろす視線になるが、あまり気にはならない。人好きのする笑顔をしているからだろうか。


「アイツァ殿、こちらの手稽古に付き合ってもらって感謝する。おかげでいろいろ問題点が見つかった。助かったよ」


「いいえ、こちらも試したいことがあったので。良い練習相手で実証できてありがたかったです」


 そういうとアイツァはぺこりと頭を下げた。宮廷魔術師となったアイツァは立場上護衛騎士より上だったが、新参者なうえ魔族モドキとして目をつけられているのだ。丁寧に応対して損はない。


 アイツァはサティの予定を確認した後、再び城へとやってきた。皇帝陛下に直接謁見するとまた何か言われるだろうと思ってディート師匠に話をしにいったら、なぜか途中でこのルーインに捕まってしまったのだ。そして用事が終わったらでいいから付き合ってほしいと言われ兵士の訓練場へと向かうと、そこで模擬戦闘をしてくれと頼まれたのだ。


 ルーインは兵士たちに片付けを命じると、振り返ってアイツァに感謝の言葉を告げる。


「いや、こちらも練習相手という意味ではすごく助かった。奴らは騎士団としてもかなりの実力者でな。真面目にやってくれたからこその実力だとは本人もわかってるんだが、どうにも天狗気味でな。鼻っ柱をたたき折ってくれる輩がほしかったのだ」


「そうですか。道理でいい連携をされていたと思います。こちらも不意を打つ形で攻めなければ負けていたかもしれません」


「不意を打つ、か。確かにいろいろ奇妙なことをしていたな。これなんかも面白い発想だ」


 そういってルーインは地面に落ちていた銅貨を拾い上げる。アイツァが投擲していたのは魔術で加速した銅貨だった。形や重さが一定なので非常に使い勝手がいい。どこでも入手できるし、先ほどのように地面に投擲した銅貨を破裂させるという威嚇の使い方もできる。なかなか面白い使い方だとルーインは感心していた。


 そして兵士たちを見やると、バツが悪そうに話をしてきた。困ったように頭をかいている。


「……宮廷魔術師に君たちのような者が抜擢されると聞いてな。奴らもいい気分じゃなかったらしい。あいつらは努力して今の地位まで上り詰めたものばかりだからな。新参の君たちにあまりいい感情を持っていないんだ」


「……そうですか」


 ルーインは申し訳なさそうに呟いた。確かにそうだろう、とアイツァは思う。城で働く兵士というのは一般的にエリートの部類だ。しかもその中で皇帝陛下をお守りするという大役を任された護衛騎士や騎士団は、その大きい責任に見合っただけの能力や努力をしている。だというのにポッと出の二人組にその上の立場をもぎ取られたのだ。穏やかな気分でいられるはずがない。


 そしてルーインは名言しなかったが、どうしたって黒目黒髪は目立つ。魔族モドキのどうしようもない輩が自分の上に立つ、などとは考えたくなかったのだろう。仕方ないことだ、とアイツァは嘆息した。


 ルーインはそんなアイツァを見て、ニヤリと笑った。


「しかし、君はその実力を示してくれた。うちの騎士ってのは実力主義なところがあるからな。あれだけ鮮やかに負けてしまえば彼らだって文句は言えまい。実際、魔術担当の奴らはお前のこと尊敬の目で見てたぞ。モテモテだな」


「いえ、そんなことはないかと。それに私は、その……」


「そういえば結婚したばかりなんだっけか。残念だな。魔術士のお姫様はすでに旦那様の物か」


 そういうとルーインは大声で笑った。さすがにアイツァは赤くなる。知り合いにからかわれるのにすらまだ慣れていないのだ。良く知らない相手にそんなことまで言われると恥ずかしくてどこかに消えてしまいたくなる。ルーインは大笑いを止めると、アイツァに真剣な顔で相談する。


「ただ、悪いんだがお前さんが使った魔術については興味があるんだ。今回使った魔術で突拍子もないものがあったろう? あの矢を弾いたのや空を飛んだのだ。あれについて詳しく知りたい」


「いえ、さすがに手の内をバラすのは……」


「ああ、それは大丈夫だ。魔術を教えてほしいということじゃない。ただ護衛騎士という性格上、あの手の有用な魔術というのは知っておかねばならんのだ。敵対するにしても見方が使うにしても、知らないと使えない」


 そういうとルーインは指を立てた。確かに、矢をたたき落とす魔術がどういうものなのか詳しく知らなければ、その対策も有効な使い方も思いつかないだろう。アイツァは幸いにも味方だが、彼女の利用する魔術を敵が使わないとも限らない。だから知りたいとのことだった。


 とはいえ簡単に教えるわけにもいかない。師匠であるディート師匠は魔術を簡単にポンポン人に教えるが、それはどちらかというと異端な行動だ。知識は力である。魔術に関して有用な知識を人に漏らせば漏らすほど、周囲が力をつけてしまい、いつ自分たちにしっぺ返しがくるかわからない。それにディート師匠と違い、アイツァたちの立場は微妙だ。またいつ魔族モドキとして切り捨てられるかわからない。なんらかの命令で敵対するかもしれない護衛騎士たちに手の内の全てをバラすのは難しい相談だった。


 どうやって断るべきか、それとも少しは教えるべきか、とアイツァは迷ったが、ルーインは再度ニヤリと笑うと違う提案してきた。


「君にも事情があるだろう。魔術を直接教えてもらわなくていいから、せめて模擬戦闘で確かめさせてほしい。私と戦ってくれないか? 私は魔術を使いたいわけではない。魔術の対策をとりたいだけなのだ」


 そういうとルーインは模擬戦用の刃をつぶした剣をいつの間にか構えていた。アイツァは驚いたが、納得して提案を受けることにした。魔術回路や運用方法を教えるのは不利益になるが、護衛騎士として対策が取りたいというのならそこまで不利にならない。「わかりました」と同意すると、少し距離をおいてルーインと相対した。


 ルーインはこっそりとほくそ笑んだ。彼の目は片方義眼で魔術具である。黒い右目は自前の物だが、赤い左目はかの高名な魔術師ディート伯爵様から頂いたものである。その性能はかなり強く、視界内で行われた魔術の軌跡が見えるというものだった。魔力の濃い場所は青く、薄い場所は黒く見える。そして強い魔力の流れや魔術師が意識して魔力を込めている場所などは、まるで海の中の海流のように流れて映って見えるのだ。波系操作魔術の応用と言っていたが、魔術にそこまで詳しくないルーインにはわからない。ただ、これを使えば、魔術師がどこにどんな魔術を使ってこちらを攻撃しようとしているのかが丸わかりになる。対魔術師戦では卑怯なほど強力なサポートが得られるのだ。


 ルーインはアイツァの準備ができるのを待つ。そして特に合図を交わすことなく、二人は走り出した。




…………





「……あのさ宮廷魔術師どの? いったいさっきのはなんだったんだ? 意味が分からないというか理不尽というか、とにかく突飛な行動が多すぎる」


「そうですか? でも効果的だったでしょう?」


「そりゃあなぁ……いきなりマントが燃え上がって驚いてるところに掌底もらったのは凄いと思ったよ。普通あんな危険な真似しないだろう」


「ええ、ですが目くらましとしては十分だったでしょう。おかげで簡単に懐に入り込むことができましたし、どうやら手に火傷を負わせることもできたみたいですしね。こちらはマントのおかげで少し髪が燃えた程度で済みました」


「いきなり目の前で女の子が燃えたらそりゃびっくりするだろ……しかもなんだあの嫌がらせは、どんだけ非道なんだ」


「非道と言いますけれど、私程度の細腕ではどうやったって致命打にはなりませんもの。だから必ず起き上がるであろう場所に空気の塊を圧縮して置いておいたのです。『オキゼメ』という罠みたいなものです。油断されて背後に突っ込んだだけですから、何も問題はないでしょう?」


「……まだ背中がヒリヒリ痛むんだけどな。あとこれはちょっとした質問なんだが、なんで俺が降参したときポーズを取っていたんだ? あれには意味があるのか?」


「……それは気にしないでください」

 余談ですが、56話のマントを手に巻いて剣をガードする場面は、素手で刀を防ぐ猛者から得られた発想です。アイツァは腕の骨にヒビ入っちゃいましたけどね。

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