表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
1章【異世界における異文化交流についての課題と考察、及びその実践】
6/181

6・異文化コミュニケーション基礎編

前話のあらすじ「もしかして:異世界?」

「『パン』『カゴ』『サラ』『パン』『カゴ』『サラ』……」


 アイツァは呟きながら早足で書庫に向かう。先程迷い人に指差し確認をしつつパンと籠と皿の固有名詞を聞いたのだが、あまりにも特殊な発音なうえ聞いたこともない単語だったため、呟いていないと忘れてしまいそうだったからだ。


 相手との意思疎通をするために身振り手振りで示していたが、いろいろ埒が明かないと判断したのである。パンを浸して食べるためのスープを一息に飲んだ迷い人の姿に唖然としてしまったからだ。身振りでの対話は言葉を使わずに会話することができるのは利点ではあるが、こちらの伝えたいことも相手の言いたいことも1割も伝わらないのが欠点である。


 アイツァとしては、グレーターブラントの首を狩りとった魔術を知りたいと思っていた。いや、寝ているときに装備品を調べたが、迷い人は魔術具を持っていなかった。つまり魔導の一種かもしれない、とアイツァは興奮する。


 もし迷い人が使う魔導が未知のものであり、かつそれを研究して魔術とすることができれば、自分は魔法使いの称号を得ることができる。これは魔術師として最高の栄誉だ。


 師匠にも自慢できるだろう。師匠は数少ない魔法使いの一人であり、その中でも真に魔の法を解することのできる本物の魔法使いである。たまたま見つけた魔道を研究することができただけの半端な魔法使いではあるが、それだって師匠に自慢することができるであろう、とアイツァは皮算用する。


 だが、現状その魔道使いと思しき迷い人とはまともに会話ができない。食事の仕方一つ口出すことができなかったのだ。こんな様子で魔道を研究するなんてできやしない。アイツァは焦っていた。


 書庫に入るとすぐに本棚の奥から多言語辞書を引っ張り出す。魔術関連の多言語辞書なら頻繁に使うので机の上に放置してあるが、日常会話用の辞書など滅多に使う物ではない。埃を払ってから開く。


 リーフェスタ大陸には概ね3つの言語がある。公国語、魔族語、その他の言語である。このうちその他の言語はコボルトやオークが使う種族ごとの言葉として認知されており、概ねそいつらは魔物に属する害獣の類だ。要するにまともに言葉が通じない相手であり、しかも相対したらだいたい殲滅するのが常識なので、人にとってはどうでもいい言語である。言葉と言うより鳴き声と言ったほうが正しいかもしれない。


 公国語は2種類あり、王国語と帝国語であるが、どちらも文法や単語は似通っている物が多いため、片方知っていればもう片方も大体通じる。特殊な祭事や軍用単語は異なる場合が多いが、日常会話は訛りの違いを除いてほぼ同じである。現にアイツァは王国民であるが、現在は帝国領土の大森林に居を構えている。


 魔族語は忌語とされており、大抵の人間は知りたがらない。だが魔術具を作る際の魔法陣や呪文は魔族語を基本として特殊な言い回しをする場合が多く、魔術師の多くは、少なくとも魔術関連の魔族語を多少は理解している。アイツァも日常会話はできなくても魔族語を少しは発音できる。


 辞書をぺらぺらとめくりながらアイツァは眉根を寄せる。『パン』『カゴ』『サラ』は魔族語の日常単語ではなかったようだ。火を意味する単語で『パン』というものはあったが、それは違うだろう。


 また同じくオーク語で小麦粉料理全般を『パン』と呼ぶらしい。だが迷い人が発声した単語は『パン』であり、オーク語だと『パング』という具合に微妙に発音が異なっていた。またオーク語にはそもそも籠や皿に該当しそうな単語自体が存在していないようだった。もしかしたら、その他の言語はどうでもいい言語だから辞書にも詳しく載っていない可能性もある。とはいえ、籠にパンを入れて皿で食事をするオークと言うのも想像できないので、やっぱりないのかもしれない。


 辞書をいったん閉じると、アイツァはもう一度迷い人のもとに向かった。そして同じように単語の確認をしていった。『ミズサシ』『ホン』『シーツ』『キバコ』『ツエ』『オオケガ』。3単語ずつ聞いて書庫で調べての繰返しをしたが、『パン』のように似たような単語すらなく、大半は存在しない単語、または音は似ていても意味が全く違うものだった。


 迷い人が文字を読める可能性がある、と思って王国語でかかれた歴史書を渡した。比較的読みやすい本であったが、迷い人がページを開いた瞬間眉根を寄せたので、読めなかったのだなと判断した。また木札にナイフで『パン』という文字を書いてもらったが、アイツァには見たこともない形の言語であったため、ここにきて会話による意思疎通は無理だと判断した。どうしようもない。


 アイツァはため息をついた。最後の手段を使わざるを得ない。怪我が治るまでならともかく、言語を覚えるまで迷い人を養ってやるほどの優しさはさすがになかった。かといって、せっかくの魔導士と思しき人間から、何も学ばずに在野に還す気にもならない。グレーターブラントの素材は高価なものが多いとはいえ、最後の手段を使うと差し引きゼロになるかもしれないが、仕方がない。幸い良質な魔力の籠った血液は、グレーターブラントからたっぷり取ってある。


 再度ため息をついて、奥の工房に入った。

次話「異文化コミュニケーション(蛇道編)」


※勢いのあるうちは1日2話、飽きてきたら3日に1話のペースを予定しています。投稿時間は概ね21時のつもりです。もし拙作の次話を期待されている変わり者の方がいらっしゃったら参考にしてくださいm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ