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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
2章【現代日本における異世界人及び文化の受け入れに関する問題点】
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54・異世界旅行再び

前話のあらすじ「水族館ほとんど見てないやん……」

「というわけで明日にでもアイツァは国へ帰ります」


「……え!?」


「おや、いきなり急だねぇ」


「あらあら、そういえばもう1カ月くらいになるわねぇ」


 晩御飯が終わると同時にそう宣言した悟に対して、叔父一家は驚きの声を上げた。アイツァはこの短期間で様になった格好で茶器を両手で持ちながらお茶を啜っている。


 今日は8月の29日、日本に来た当初は4日だったからかれこれ1カ月弱だ。アイツァとは事前に相談しておいて、千恵の夏休み終わりに合わせて異世界に戻ろうという話を決めていた。ちなみに最終日である31日にしなかったのは、夏休みが終わるぎりぎりの出発だと、間違いなく宿題を終わらせていない千恵が勉強どころではなくなり、悲惨な目にあうだろうと予測できたからだ。水族館の前日に5割ほど終わらせて、その後宿題にほとんど手をつけずにアイツァと遊んでいたことを悟は知っている。


 思えばこの夏休みは色々なことがあった。デパートで迷子になり何故か外に出ていたアイツァを見つけたのをはじめ、カードゲーム大会は毎晩のようにやったし、最終的にはテレビゲームも嗜むようになっていた。水族館のシャチショーで興奮した二人に引っ張り回されたこともあるし、逆に千恵が友達と旅行行っている間、アイツァがつまらなそうに過ごしていたのも印象的だった。大型モールで度肝を抜かれていたり自転車が乗れずにイラついていたり博物館に連れて行ったら大興奮で2回目を行きたがったり、いろいろなアイツァを見れた。恐らく悟が20年ほど生きていて一番充実した夏だっただろう。悟本人もかなり楽しんでいた。千恵ではないが、日記を書いておくべきだったかもしれない。


 悟の急な帰国発言に驚いた千恵は、アイツァを見ながら涙ぐんでいた。こういうとき女の子ってすぐ泣くよなぁと捻くれたことを考えている失礼な悟だが、見るとアイツァも目が潤んでいるようだった。思っていた以上に二人の仲は良好だったらしい。もう一日帰国延期するべきかな、と思ったが予定は変更しない。下手に滞在延期すると千恵がついていくとか言い出しかねないからだ。2学期の始業式が始まるタイミングにぶつけるのが誰にとっても一番安全でいい。


「そっかー、アイツァちゃんもう帰っちゃうのかぁ。残念だなー。もっとゆっくりしてけばいいのにー」


『"チエ、ゴメン、サヨウナラ、アリガトウ"……サティ、また会おうねってニホンゴで伝えて?』


「ちーちゃん、アイツァがまた会おうねだってさ」


「うううう、もちろんだよー。絶対また来てよ、約束だよ!」


『チエ、あなたのおかげで毎日が凄く楽しかったの。ほんとにありがとう。また来るね』


 二人で手を繋ぎ合って再会の約束をしている。言葉は通じずとも心は通じるらしい。両方の言葉を横から軽く翻訳していた悟に、叔父が質問してくる。


「で、いつ出発するのかい? 明日の夜にでも出るのかな」


「いえ、明日は早めに歩い、じゃなくてえっと、帰る予定です。昼くらいかな?」


「じゃあ宏美に頼んで車でも出してもら……」


「あ、いえいえ、別に歩いて駅まで行けるんで歩いて行きます。アイツァもすっかりこの辺に慣れましたしね」


 ワープホールを使うから、とはさすがに言えないので上手く誤魔化しながら答える。夜だと叔父が「車で送っていく」とか言われかねないので昼にしておいた。叔母の運転技術を知っているからだろう、叔父はそれほど強く言及してこなかった。


 その夜のカード大会は大賑わいだった。なんと叔父と叔母も途中で参加してきた。さすがに空気を読んだ悟は大富豪で勝ち過ぎないように調整したが、そのおかげかどうかわからないがアイツァは最後の夜をとても楽しく過ごせていたようだった。日付が変わって叔父と叔母が寝室へ行ってからも千恵とアイツァが話したがったため、悟も翻訳機として横に置かれて深夜遅くまで話しこんでいた。さすがに「よし、アイツァちゃん、私の妹になってもっとずっといなさい!」発言にはアイツァと一緒に苦笑したが、アイツァは嬉しそうだったので良しとする。





 

「じゃあね、アイツァちゃん。また来てね。きっとだよ? ずっと待ってるからね」


「チエ、サヨウナラ。アリガトウ。マタネ」


 つい先ほど教えてもらった「マタネ」をちゃんと発音してアイツァが別れを告げた。叔父夫婦も後ろから見守ってくれている。アイツァは叔父からはカステラの菓子折りを、千恵からはお気に入りだというシルバーアクセサリーをお土産として受け取っていた。すでに買っておいた日本製のお土産を含めると結構な量になってしまっている。手で持って歩くには嵩張る量である。とはいえ移動はそこまで時間かからないし、と悟は気楽な気持ちで考えていた。


「叔父さん、何度もお世話になりました。また帰ってきたら少し厄介になると思います。その時はよろしくです」


「ああいいよ、何度でも来なさい。アイツァちゃんもたまには連れてきていいよ。私も娘が増えたようで嬉しかったしね」


「お父さん良いこと言った。よし、アイツァちゃんは私の妹ってことで置いてっていいから、悟だけ帰んなさいよ」


「意味がわかんないんですが、なんでオレだけ帰るんだよ……」


「チエ、サヨウナラ、マタネ」


 軽口を言い合いながら別れの挨拶を交わす。千恵はずっと手を振っていた。二人は叔父一家が見えなくなるまで駅の方へと歩いていくと、アイツァが疑問の声を上げる。


『サティ、"カシソウコ"の場所はこっちだったっけ? 逆じゃない?』


『そう、でも、ワープホール見せられない。だから駅行く振りする。誤魔化す』


『ああ、そういえばそうだったね……』


 そう言って駅の方に向かう振りをして途中の交差点を曲がる。そして叔父の家の前を通らないように迂回して貸し倉庫の方へと歩いて行った。


 途中、アイツァが初めて見た自動販売機があって、アイツァが立ち止まる。懐かしそうに眺めている姿を見て悟はからかった。


『アイツァ、自動販売機、もう怖くない?』


『もともと怖くなんかないわよ。あれはサティが驚かしたからいけないんです。謝罪として"りんごじゅーす"を要求します』


『貧乏だから嫌。アイツァ、金貨入れたら?』


『金貨じゃ入らないじゃない……サティは意地悪だ』


 不貞腐れた顔をするアイツァに悟は笑う。水族館の一件以来、なんとなく二人の間が縮まった気がする。今までアイツァと悟は、頼りがいのある家主と世話になっている丁稚のような関係で、悟はどことなく遠慮していたしアイツァも頼られるように気を引き締めていたようだった。しかし今は、少なくとも普通の友人のように気軽に冗談を言える程度の仲にはなっていた。


 結局ジュース1本奢らされた悟は、アイツァとともに貸し倉庫の裏側に回ると、また人目や監視カメラがないことを確認したあとでワープホールを開く。久しぶりだったので上手く使えるか不安だったけど、なんともなかった。体の芯から力が抜ける感覚があったが、無視して少し小さいワープホールを潜る。一息をつく。


 まだ昼だというのに倉庫の中は物凄い暑さだった。まるでサウナのようだ。秋も間近だというのに日本の夏はまだまだ勢いが衰えていない。さっそく噴き出してきた汗を拭いつつ、よっこらせと掛け声をかけて立ち上がった。悟は気を引き締めて集中する。


『アイツァ、危ないから下がって』


『わかった、けど……サティ、なんか変じゃない? 大丈夫?』


『ワープホール、使うの久しぶり。だから変かも?』


 悟はグッと手を伸ばすといつも通りにワープホールを作ろうとイメージする。いつもここで緊張する。普通のワープホールなら手慣れたものだったが、異世界との道を繋ぐワープホールを作るのだ、失敗すると何が起こるかわからないし、消費される魔力量もバカにならない。しっかり集中して空間魔導を発動させる。


 目を瞑って頭の中にイメージを作る。場所は森の中。鬱蒼と茂るたくさんの樹木とアイツァの小汚い工房。最初訪れたときの驚愕と非現実感。湿気ているのに過ごしやすい独特の空気の匂い。いつものように体の中から魔力を絞り出し、空中で窓を作るイメージ。体の底から力が流れ出し、そして結実する感覚。失敗。慌てて集中しなおす。また失敗。なぜか上手くワープホールが作れない。魔力の流れが散逸する感覚。悟は力を込めてそれを押し留めようとするが、どうにも上手く行かない。なぜ?


 悟はなんとか制御しようとするが、何故か上手く空間魔導が発動しなかった。ついさっき貸し倉庫の裏手では成功したのに、理由がわからない。例えるなら、底なし沼に足を突っ込んで、そこから抜け出すために力を入れるけれど先に進めないという感覚に似ている。やがて魔力が霧散し、悟の制御している力がなくなった。途端に気絶するかのような虚脱感。


 ワープホールを作るのを失敗した。


 初めての失敗に動揺する悟。とりあえず謝罪をしようとアイツァの方へ向いたが、思っていたより険しい表情をしているのを見て驚いてしまう。慌てて謝る。


『アイツァ、ごめん。ワープホール、失敗した。すぐ次作る、でも、少し待って。何か疲れた』


『……いいえ、サティ。大丈夫。私も確認したいことができたから。ちょっと座って休んでて』


 アイツァはそういうとサティを床に座らせて自身の魔術具を触り出した。日本にいるうちは羽織らなかったマントも付けていろいろ検査している。しばらくすると、何やら納得した表情をした。そして今度は悟の体を触り出した。


『あ、アイツァ、なに?』


『ちょっとごめん、検査させて……あとこれ持って、火がつくかどうか試してみて、一瞬だけでいいから』


 そう言って火の魔術具である指輪を外して悟に手渡す。その間にも、まるで風邪熱を測るかのように悟の額に手をやったり、心臓の当たりに魔術具を触らせてみたりなにやらやっていた。何が何だかわからない。とりあえず言われた通りに悟は指輪をはめて火の魔術を発動させようとする。だが、こちらも上手く火がつかない。ガスがなくなったライターみたいに火花が少し飛び散るだけだった。それを見てアイツァは納得したように頷くと、硬い表情で悟に説明する。


『実は異世界に来た当初から違和感があったの。なんというか、いつもある物がないような感覚ね。ただ、それが具体的になんなのかわからなかった。魔術をほとんど使わないように過ごしていたのが裏目に出たみたい。ちょっと、困ったことになったわ』


『困ったこと?』


『ええ、どうやら、この世界には魔力と言う物がないみたいなの。空気中に含まれているのも元より、食べ物や飲み物にも魔力が全くない。最初は味が美味しいから感じられないだけかも、と思っていたけど。これで確信したわ。この世界には魔力がない』


 なんとなく悟は「マナ」と言う単語を思い浮かべる。ゲーム等でよくある単語だ。空気中のマナを利用して魔術を使ったり、魔法の力ががなんたらかんたら、とそこまで考えて悟はハッと気付いた。それってつまり……。


 ほんの少し青い顔をしたアイツァが答えた。


『そう、悟の体内に残存魔力がない。つまりワープホールが作れない。このままだと、私は元の世界に帰れない』

次話「怒涛の展開」



 日本の夏休み編は一応終了です。読んでくれてありがとうございます m(_ _)m


 ただ、閑話として夏休みにあったことを追々投稿していく予定です。できるだけギャグ風に書きたいなぁと思いつつ、ホントにできるかどうかは神のみぞ知ります

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