50・旅行をするとよくあること
前話のあらすじ「迷子を確保」
日曜日はなんとなく早めに投稿したい、そんな気持ち。シャキ(`・ω・´)ィーン
無事帰宅したときは4時近くになっていた。まだ日は明るいとはいえ出掛けるには半端な時間だ。説教の途中で気分が悪くなり車の中でぐったりしている千恵に肩を貸して家の中に入る。
家の中に入って一息ついて、買い物袋を開けたときには再びきゃーきゃー騒がしくなった。悟は遠巻きにそれを眺めていた。巻き込まれたら面倒くさい。やがて日が暮れはじめ、叔父が帰ってきて、夕飯を取った。今日はビーフシチューだった。なかなか美味しい。
『サティ、その、何と言っていいのかわからないけど……』
夏は日が長いとはいえ、外はもう真っ暗になっていた。千恵にお風呂へ誘われているアイツァがふと悟に話しかけてくる。その顔はなぜか曇っていた。
『どうした? 何か問題?』
『いや、問題というほどでもないんだけど。なんかこの世界に来てから違和感があって……』
『違和感?』
『そう、具体的に何が、というのがわからないのだけど……サティは何かわかる?』
何かわからないが違和感があるから教えて、と無茶なことを言われても困る。とはいえ不安そうなアイツァの顔を見ると無視もできない。悟は考える。確かに生活様式が違うから違和感は常にあるだろうけれど、そういうのじゃないという感じはひしひしと伝わってくる。じゃあ何か、と言われると思い当たる節がない。
なんとか頑張って思いついたことをあげていく。
『空気が違う? 異世界の夏、湿気多い。過ごすの大変かも』
『それは、確かにちょっと体がダルイときがあるわね。でもそれじゃない……』
『うーん、じゃあ、"電気"が明るい。火の灯りじゃないから、目が慣れない?』
『それはあるかも……この白い"けいこうとう"は明るいけど目に痛いわ。でもなんというか違うというか、体調が変と言うか……』
『あ、オレ、こっち来てから体が重い。理由がわからない。それかも?』
『それは私にはわからないわね……単に風邪とかじゃなくて?』
『風邪、でもないと思う。うーん、わからない』
『そうね、何が違うのかわからないわ……』
二人で頭を捻るが特に思いつかない。待ちくたびれた千恵がアイツァを強制的にお風呂場に連れていくまで悩んでいた。悟は、自分が異世界に来た時に感じた違和感について何か思い出せそうだったが、それがなんなのかはっきりとしない。難しい顔で悩んでいると、何か勘違いした叔父が「覗きは犯罪だからね」と釘を刺してきた。何を言ってるんだこのおっさんは。いや、ちょっとは興味あるけどそんなことで悩んでるわけじゃないし、ほんとだよ?
『サティ、あ、あの今夜も、その……』
「悟、わかってるわよね? 今日も三人でやるよ。アイツァちゃん、今夜こそ私たち二人で悟をヒーヒー言わすわよ!」
「ああ、そうだね。今日も二人の情けない顔が見れると思うと楽しみだよ……」
悟は千恵とアイツァに誘われて二階に行く。千恵の部屋に本人に誘われて、部屋の中に入る。ベッドにダイブする千恵、控えめにその隣に座るアイツァ。湯上りのせいなのか、寝間着姿の二人の顔が赤い。ほんのり濡れた黒髪が妙に艶めかしく映る。そして悟は襟元を崩すと、机の上にあった例の物を手に取り、二人の下へと振り返った。その表情には隠し切れない興奮があった。
悟はニヤつきながら高らかに宣言する。
「昨日は大富豪やったし、今日はブラックジャックでもやろうか」
「いいわね、賛成。アイツァちゃん、ブラックジャック、ってゲームやるわよ。ブラックジャック」
『今日やるのは”ぶらっくじゃっく”ね。"だいふごう"も楽しかったけど……サティ、どういうルールなのか説明お願い』
『わかった、やりながら説明する』
そう言うと悟は例の物、トランプを手慣れた手つきで切り始めた。空中で綺麗にリフルシャッフルができるのが悟のちょっとした自慢である。
昨晩、お互いの交友を深めるという理由でトランプをやろうと提案したところ、アイツァが興味津々でハマってしまったのだ。最初のうちはルールがわからずに苦戦していたが、だんだんとコツがわかってきたらしく、8切りの有効な使い方や強力なカードを複数枚出して一気に優位になる作戦などを自力で編み出していた。さすが魔術の研究者というべきか、頭の回転はかなり速いらしい。ちなみに千恵はかなり早い段階から惨敗をしていたが、カード運がいいのか悪運が強いのか、頻繁に「革命」を起こして順位をひっくり返していた。総合成績では悟がトップだったが、接待プレイ無しなのに三人はなかなか良い勝負を繰り広げていた。
悟はブラックジャックの説明を簡単に行う。カードを自分の好きなだけ引いて最も数字の多い人が勝ち、ただし最大値は21点までで、22点以上はバーストとなり負けとなる。17点になるまでは何枚でもカードを引けるけど、17点以上になったら追加でカードを引くことはできない。
ただここでちょっと工夫をしなくてはならない。アイツァは異世界の常識である8進法でしか数字を認識できないうえ、基本数字が読めないのだ。そのため絵札カードは使わず、直接マークの数を数えれば理解できる数字カードだけを使用し、また数字の説明も異世界標準に合わせて、バーストは"27"以上、カードを引けるのは"20"まで、として説明しなければならなかった。変に異世界数字慣れした悟は、この手の説明と数字の変換するための暗算がやたら得意になっていた。
これだけでは面白くない、と悟は賭け制度も導入することにした。
『賭け、とは賭博か? あんまりそういうのは好きではないのだけど……』
『本物の賭け、違う。勝負のために使うだけ。一番の多い人、勝者。これ使う』
『え、これって、ちょ、ちょっとサティ何考えてるの?』
「うわ、綺麗。結構重いわね。悟、あんたこれどっから持ってきたの?」
悟はディート師から預かった金貨30枚を取り出したて2人に配った。これをベットする際のコイン代わりに使うつもりなのだ。本物の金貨を遊びの道具に使うという悟にドン引きするアイツァ。綺麗な金の輝きに見惚れてクルクル回しながら眺める千恵。悟は飄々とした顔で千恵に嘘をつく。
「これパーティーグッズであったから買ってみたんだよ。すごい本物っぽいよね」
「本物見たことないからわからないけど、なんか重さがリアルね。これで賭けとか楽しそう」
『アイツァ、ただの遊びで使うだけ。本物の方が面白い』
『それはそうかもしれないけど……せめて銅貨とかならともかく金貨で遊ぶって……』
『千恵、本物の金貨、気付いてない。だから大丈夫』
そう説得してから賭けの説明をしてゲームを始める。やはり初体験のゲームは慣れないのだろう、アイツァは最初は苦戦していた。だがカード勝負がメインではなくその後の駆け引きが重要であることに気付き、あと悟がうっかり漏らした「ポーカーフェイス」についての説明を受けると、途端に強さが増した。アイツァはその表情を二人に一切悟らせないのに、こちらの表情を的確に読んでくる。悟はアイツァの駆け引きの強さに怖気づいて、途中からアイツァの「らいず」には怖くて必ず降りるようになってしまっていた。また千恵も豪運の持ち主で、表情が一番読みやすいのに21点を乱発し、鉄火場を引っ掻き回している。アイツァも千恵の引きの強さに警戒したらしく、あまり強く攻め込もうとしない。結果として、中途半端にカード調整しつつ中途半端にポーカーフェイスが下手な悟がカモにされた。何度も破産する羽目になる。
「よし、また21ね! はいはい二人とも金貨徴収するねー。でもこれじゃアイツァちゃんには追い付けないなー、ちょっと悔しい」
『チエはなかなかやるわね。サティ、チエは凄く強いねって翻訳お願い。私も負けてられないわ』
「ちーちゃんは凄く強いってアイツァが褒めてるよ……ってか二人ともオレは眼中にないのね……」
今宵6度目の金貨全没収をされた悟は肩を落としながらぼやいた。昨日みたいに圧勝して高笑いをするつもりだったのに、とんだ誤算である。すっかりディーラー役に落とされて悲しい気持ちになりながらカードを切っていた。
コンコン。
『サティ、ちょっといい?』
控えめなノック音とともにアイツァの声が聞こえる。どうしたんだろう、と悟は重い体を持ち上げて布団から降りる。
悟は以前使った客間を寝室に使わせてもらっていた。本来、アイツァが客間、悟がリビングで雑魚寝になるはずだったのだが、千恵の「アイツァちゃんは私が面倒みる、だから私の部屋へ来なさい」と鶴の一声で変更となり、繰り上がって悟が客間に寝ることになった。基本空き部屋だから好きにしていいとの許しを貰っているので、かなり自分に過ごしやすいように部屋の配置を変えさせてもらっている。とはいえ、まともな荷物はまだ着替えくらいしかないけれど。
時間は今深夜2時ほど。ブラックジャック大会が終わった時にはとっくに日付が変わっていたので、その後解散してすぐ寝ることになった。悟は疲れていたのか、すぐにでも寝たかったのだが、扉をノックする音で目が覚めてしまった。返事をする。
『あー、アイツァ? どうしたの? 入っていい』
『失礼します』
アイツァは静かにドアを開けると客間に入ってきた。さっきまで金貨を根こそぎ奪い取ってドヤ顔をしていたというのに、今は何か思い悩んだ顔をしていた。少しだけドキっとする。みんなが寝静まった夜に女の子が自分の寝室に来たのだ。相手がアイツァとはいえ変に興奮してしまう。心臓の爆音を鎮まらせるように軽く息を吐きつつ、アイツァに座るように目の前の椅子を勧める。
『どうしたの、アイツァ? 今、夜。明日に用事はダメ?』
『いや、その事なんだけどね。ようやく気付いたことがあるんだよ……』
『気付いたこと?』
悟は頭を捻る。もしかして夕方に言っていた違和感についてだろうか。こんな夜中に気付いてわざわざ言いにくるというのは余程大変なことなのだろうか。少しだけ意識を引き締める。
アイツァはなにやらブツブツ呟いていた。
『いや、すぐ気付かない方がどうかしてたわ……そういえばサティが何回も「眠れない」とか「お腹すいた」とか言ってたよね……逆の立場になって初めてわかったわ……これが生活習慣の違いなのね……』
『どうしたの? アイツァ?』
アイツァはため息をつくと答えた。
『サティがあっちの世界にいるとき「1日の長さが違う」って何度も言ってたわよね。どうやらそれが原因なんだと思う。チエはもうぐっすり寝ているんだけど、私は全然眠くないの……』
答えを聞いて、「あ、そういえばそんなこともあったね」と悟は気付いた。気付いてしまえばいろいろ納得できる話でもある。
日本と異世界では1日の長さが違う。日本時間に換算しておおよそ36時間が異世界の一日だ。日本で丸一日過ごしても、異世界ではちょうど晩御飯を食べ終わったあたりなのである。アイツァにとっては今の時間は、魔術具の整備をしたり食後でのんびりしたりする時間なのだ。眠くなるはずがない。とんでもない時差ボケもあったものだ、と悟は半笑いになる。自分も異世界では昼日中に眠くなったり、昼食から夕食までの間が長すぎて空腹になったりしていた。時間の違いによる生活習慣の差は結構大変なのだ。
悟は腕を組んで悩むと、アイツァに質問する。
『アイツァ、異世界は1日が短い。合わせることできない?』
『頑張って調整するけど、厳しいと思う。だって今ぜんぜん眠くないし、すぐ寝ろって言われても……』
アイツァは首を振る。思えば昨日の時点ですでに無理をしていたのかもしれない。事前に時間の違いを説明し忘れた悟の責任でもある。頭を捻って解決策を探す。
『アイツァ、ずっと起きてる? 明日のお昼、寝ればいい』
『それは構わないのだけど、さすがにやる事もなくて起き続けるのは辛いかな。サティは寝たいよね?』
『うん、ごめん……睡眠魔術なんてある? それ使って、無理やり寝るとか』
『今魔術具持ってないからできないわ。それに身体操作魔術はあんまり得意じゃないし……』
……あ、あるんだ睡眠魔法。冗談で言ったのになぁ……
悟とアイツァはどうしようか二人で悩んでいた。欠伸を噛み殺す悟。正直眠くてあまり考えられない。
アイツァがふと気付いたように提案してくる。
『どうせだし、この時間使って異世界語覚えるってのはどうかな? サティに教えたときの逆をやってくれれば何とか頑張るから』
『あ、わかった。良い案だと思う。でもなんで?』
『チエによくしてもらってるのはわかるんだけど、全然言葉が通じないのもなんか悪い気がするのよ。サティが必死になって公国語を覚えようとした気持ちがちょっとわかったの。だから異世界語を覚えたい』
いろいろ気にかけてくれる千恵と会話がしたいということか。悟はその気持ちに共感する。相手の言葉を覚えるというのはコミュニケーションにおいて一番大きなポイントだ。アイツァも千恵ともっと仲良くなりたいのだろう。
悟は眠気を押し殺してアイツァの望みを叶えるために頑張ろうとする。電話の横にあるメモ用紙を何枚かをハサミで縦に切り、ちょうどいい大きさに揃える。そこに表側に日本語、裏側に異世界語を書いてから、ボールペン先のとがった部分を使って紙の上の方に穴を開ける。紙の穴のあいた部分を揃えて、輪ゴムを切って穴に通して再び結ぶ。かなりみすぼらしいが、受験生が使うような単語帳が完成した。
アイツァに即席の単語帳を手渡す。物珍しそうに単語帳を見て、すぐ使い方がわかったようだ。アイツァは「サティはこういう便利な物を良く思いついたな……」と感心していた。まだ20枚くらいしか単語を用意できなかったが、今日だけならこれだけで十分だろう。悟は眠気が限界に来ていたので、アイツァに一言断って眠ることにした。
『アイツァ、悪いけど寝る。この”電気スタンド”、灯りつけていい。おやすみ』
『ああ、ごめんねサティ。これありがとね。おやすみ』
そう言うと悟はすぐに寝付いてしまった。その机を挟んだ真向かいにいるアイツァは電気スタンドだけが照らす薄暗い部屋の中、静かに単語帳をめくっていた。夜が更けていく。
次話「観察日記」




