46・異世界人とデパートに行こう!(前編)
前話のあらすじ「不法入国はいけないことですよ?」
化粧、という技術がある。
粧して化ける、と書いて化粧。「粧す」とは飾り立てる、外見を繕うということである。
つまり化粧という単語は、外面を綺麗に着飾って、まるで化けたように外見を整えるという意味になる。
口紅やファンデーションなんかの顔による化粧というのが一般的だが、言葉の本来の意味としては服装や髪飾りなんかも化粧の一部とみなすことができる。
ただ、人は顔による印象がどうしても強いため、顔での化粧が一番強い意味合いを持つのだろう。
初対面は顔が7割、清潔感が3割と言われている。女性は化ける、とはよく言ったものだ。
翌日、ちょっと寝不足気味の悟とアイツァを無視して、やたら元気な千恵となにやら張り切っている叔母が小道具を色々持って待機していた。
朝食を取った後、アイツァは叔母に拉致され、叔母の部屋にある化粧台の前で女性三人がキャーキャーやっていた。
叔父は朝早くから出勤してしまい、誰もいない部屋で暇を持て余していた悟だが、長い時間待たされたあとに千恵から「こっち来てー」との言葉に従って三人の元へと向かう。
化粧棚の前の光景に少なからず驚いた。思わず息を飲んだ。
そこには美少女の双子がいた。
何かやりきったような自慢げな表情をする叔母の前に、綺麗に化粧で整えられたアイツァと千恵がいた。
化粧台の上だけでなく、近くの床にまで大量の化粧道具が散らばっている。そしてアイツァは、元は色白で目鼻立ちが整っているのだが、恐らく化粧の効果だろう、どことなく黄色人種のような肌色に近い白色の肌になっており、鼻も普段よりなんとなく低く見える。
日本人特有の平面顔、とまでは言わないが、少なくとも外国人のような掘りの深い顔ではなくなっているように見えた。
そして逆に千恵は、日本人が己が顔を美しく見せるような化粧がされていた。目鼻立ちを目立つように陰影を作り、肌も薄く白みがつくようにされている。
悟は気付かなかったが、付けまつげも付いていて、目もとがくっきり綺麗に際立つようになっていた。ナチュラルメイクというのだろか、悟は化粧には詳しくなかったが、自然な感じに飾られていて二人ともどこぞのアイドルのように可愛くなっていた。
叔母が自信満々に二人を見比べて紹介する。
「どう? 綺麗になったでしょ? それにこれなら、二人一緒にいればそこまで目立たないんじゃないかしら?」
日本人顔に近づいたアイツァと外国人顔に近づけた千恵が一緒にいれば、誰もが姉妹と勘違いしてアイツァのことを外国人だと思わないだろう、というのが叔母の作戦らしかった。
顔立ちは似ていないが、身長も体型も似ている二人だからこそ叔母が思いついた作戦なんだろう。確かに悟も最初見た時、二人は実は双子なんじゃないかと勘違いするほどの出来だった。
たぶんわざとだろう、二人とも髪の毛を後ろにまとめるポニーテールで服装もパンツルックの地味な感じに仕上げていたため、より姉妹っぽく見えた。
ただ、悟は少し顔を引き攣らせて言った。
「確かにアイツァを誤魔化すのはできそうだけど、これ逆に目立つんじゃないかな……」
当たり前だ。美少女姉妹が並んで歩いていたら目立つに決まっていた。悟ですら最初びっくりしたのだ。
他の人が見たら老若男女問わず振り向くに違いない。叔母の考えていた作戦の趣旨はわかったが、これでは注目を浴びてしまって逆効果になるんじゃないか、と悟は不安になった。
それになにより、こんな二人を引き攣れて行動しなきゃいけない自分の立場を考えると頭が痛くなってくる。両手に花なのは嬉しいが、小市民である悟には荷が重すぎる。
悟のそんな気も知らず、千恵が凄く嬉しそうに話しかけてきた。自分の艶姿に酔っているようである。
「ねぇねぇ悟、どうよこの美少女っぷり! 自分で言うのもなんだけどなかなかのもんじゃない? 感想は? ねぇ感想は?」
思わず鼻を抓んでやりたかったが、それが原因で化粧が崩れたら千恵は怒り狂うだろうことは簡単に予想できる。ため息をつきながら御座なりに褒めておく。
「あーうんうん、可愛い可愛い。馬子にも衣装って言葉が良くわかったよ」
「へへーん、私もやるときはやるんだからね」
悟の皮肉も通じずやたら嬉しそうにニヤつく千恵。その横では鏡に映る自分の顔を見て絶句しているアイツァがいた。恐る恐る顔に手をやりながら呆けたように呟く。
『これが、私か? 別人に見える……』
異世界にも化粧という文化はあったが、日本ほど充実してはいなかった。せいぜい白粉で肌を綺麗に見せかけ、口紅と香水で華やかさを増す程度である。
そこには現代人のような自分をより美しく魅せるための工夫というのはほとんどなかった。
しかもそれは貴族のようなお金持ちのみに許された嗜みで、多少収入が多いとはいえ、その収入のほとんどを魔術の研究に当ててしまうようなアイツァには関係ないものだったのだ。驚くのも無理はない。
悟はアイツァにニコリと笑いかけると素直に褒めた。
『アイツァ、可愛くなってる。綺麗』
『え、わ、私が綺麗に? そ、そうか。ありがとう、サティ』
「あー、なんて言ったかわからないけどアイツァちゃんをべた褒めしたんでしょー。まあ褒めたくなる気持ちはわかるけどねー」
真っ赤になったアイツァとそれを見て唇を尖らす千恵。「ちーちゃんも可愛いよ」とお世辞を言うと、一瞬キョトントした後に「ニヒヒ」と笑った。ちょっと顔が赤い。
二人の完成度を見て満足したらしい叔母が話に混ざってきた。
「まあ私の実力ならこんなもんです。悟くん、千恵に聞いたけどこれからお買い物行くんですってね? 試しにこのまま皆でお出かけしましょうか。車出すわよ?」
「え、いいんですか? 別に歩いて行っても……」
「……悟くんはわかってないわね。外の暑さで汗でもかいたらお化粧が崩れちゃうわ。二人は素がいいから、お化粧がなくても大丈夫そうならそれでもいいけど、今日はお試しだから車で行ったほうが都合がいいと思うわよ」
「そうよ、悟。気が利かないあんたじゃわからないかもだけど、お化粧って崩れたら大変なんだからね!」
叔母の説明に千恵の援護射撃が行われた。千恵がいつもより綺麗な顔でいつものような表情を見せるので、悟は少しドキッとする。しどろもどろに「わ、わかったよ……」と答えるしかできなかった。
三人の話しあいが気になったのか、アイツァが横から質問してくる。
『サティ、化粧は、その、嬉しいんだけど、これで結局どうするの?』
『この後、アイツァの服、買いに行く。千恵と叔母と一緒』
『そうか、わかった』
ちょっと安堵した様子でアイツァが答えた。どうやらこの短期間で千恵と叔母のことをかなり信頼したらしい。
言葉も伝わらないのによくアイツァから信頼されたなぁと千恵と叔母の手腕に感心する。それとも女同士だとこんな感じが普通なのだろうか。
ついでに、なぜ化粧をしたのかの理由についても説明しておいた。
日本への不法入国は犯罪になること、できるだけバレないように千恵と姉妹の振りをすること、もし見つかったら叔父の家に迷惑かけないようにすぐ異世界へ帰ることなどである。
アイツァが表情を引き締めて「わかった、気をつける」と答えた。
「じゃあ三人ともちょっと待っててね。すぐ準備終わらせるから」
そう言って三人を部屋から追い出すと、叔母さんは自分の化粧を始めた。
リビングで寛いでいたら、千恵が珍しく紅茶を三人分用意してきた。普段化粧なんてしないからお嬢様気分を味わいたくなったのだろう。悟は苦笑する。
さすがに自分の化粧は手慣れているらしく、叔母さんは割とすぐ来てくれた。4人で家の外にある駐車場にやってくる。
『サティ、これは何?』
『これ、"自動車"。馬車みたいなもの。魔術じゃない力で動く』
『変わった形しているわね……見るからに馬を使わないけど、何らかの力で車輪を動かすのかな? 魔術で応用できそうね……』
アイツァが物珍しそうに車を眺めていた。叔父さんの家の車はミニバンのような形をした軽ワゴン車だ。比較的新しい車種のようで、小奇麗で見た目も良い。アイツァは窓ガラス越しに中を覗いたり、見慣れないゴムタイヤを指でつついたりしていた。
『サティ、この車輪はなに? 変な弾力があるんだけど……』
『アイツァ、指汚れる。触っちゃダメ』
「あーあー、アイツァちゃんタイヤ触っちゃダメだよ汚いよ。ほらハンカチ!」
悟と千恵が同時に窘めると、千恵がハンカチを渡して指を拭かせた。それでも興味が尽きないのか、アイツァはワイパーを触ってみたりサイドミラーを興味深げに見ていたりした。
叔母さんに「早く乗ってー」と言われてドアを開けた。千恵の強硬な主張により、助手席に悟、後部座席にはアイツァと千恵が乗り込む。
そして車内が急に賑やかになる。
「うーん、久しぶりの運転だからちょっと緊張するわね。事故ったらごめんねー」
「ちょ、叔母さんペーパーだったの!? や、やっぱり歩いた方が……」
「アイツァちゃん、これシートベルト。お父さんのときはしないでも結構大丈夫なんだけど、お母さんが運転だからちゃんと付けてね、危ないから」
『チエ、これはなに? 引っ張ると伸びるんだけど、何に使うの?』
「あ、エンジンかけても動かないと思ったらサイドブレーキ外してなかったわ。ん、これでよしと」
「うわぁ、叔父さんが休みのときまで買い物延期すれば良かった……」
『チエ! 動いたよ! 本当に動くんだ……うわ、全然揺れない。師匠の馬車より凄い乗り心地がいい……』
「車もやっぱり初めて乗るんだ。ホント一体どこの国から来たんだろう……」
「音楽かけてもいいかしら? 悟くん、そこにCD入ってるから適当に入れて?」
「あ、はい。うーん、見たことない洋楽ばかり……これ叔父さんの趣味なんだろうなぁ。わからん」
「あ、私このアルバムが好き。悟そこ操作して、そう、それでオッケー」
『ん!? 何か音楽が聞こえるけど、え、なにこれ? サティ、なんで楽器がないのに音楽が聞こえるの!?』
「右折は苦手なのよねぇ……」
わいわい騒がしいまま車はデパートへと向かって行った。
次話「デパート探索編」




