44・日本滞在についての問題点その1
前話のあらすじ「テンションマックスの千恵」
※今話も後ほど大きく修正すると思います。難しい表現のところは本当に自分の文才の無さを感じずには居られません orz
4本指。
異世界では当たり前だったので悟はいつしか気にしなくなっていたが、初めて見たときは正直なところ衝撃を受けた。
5本指の自分の手を見慣れているからだろうか、見ているだけで凄い違和感を感じたのだ。逆にアイツァも5本指に対して嫌な気持ちを味わったに違いない。
そして、アイツァが4本指だということに気付いた千恵も同じように感じてアイツァに拒否感を覚えるんじゃないかと思われた。
今まで友好的な雰囲気だったのに、と悟は歯噛みする。
ただ、悟の思惑とは逆の方向へと転がった。
「アイツァちゃん、指4本しかないけど大丈夫なの? 悟、これ怪我とかじゃないよね?」
先ほどまでの驚愕顔を押し隠して、不思議そうな顔でアイツァの手を触っていた千恵がそう聞いてくる。
パッと見た感じ、その顔に嫌悪感のようなものは浮かんでいない。純粋に不思議に思っているような表情に見えた。
悟は千恵の意図を察して、あたかもごく当たり前という風に答える。
「うん。えーと、アイツァの地元だとあんまり珍しくないらしくてさ。でも日本じゃ違和感があるからどうにかした方が良いよね」
「へー、そうなの。あ、じゃあ良い考えがある! 着替えついでに私がなんとかしてあげる。アイツァちゃん、ついてきて!」
何やら思いついたらしい千恵がニシシと笑う。アイツァが困惑した顔をしていたので千恵の言葉を翻訳する。
『サティ、チエは何と言ってるんだ? やはり……』
『違う。4本指、珍しいと言っただけ。チエは、隠す方法あるからなんとかする、言ってる』
『……そう』
ポツリとアイツァは呟くと安堵したようにそっと息を吐いた。そして千恵に引っ張られるようにして2階の千恵の私室へと連れられて行く。
二人の後ろ姿を見送って、悟も息を吐いた。叔母さんも微笑んでお茶を飲んでいる。小さい声で呟く。
「……ちーちゃん、ああいうところはよく気が回りますね。助かりました」
「そうね、あの子は昔から優しいから」
そう言うと、千恵の「全然気にしていない演技」に気付いた二人はクスリと笑った。
人と違うところがある、というのはどうしたって差別に繋がる。特に身体的特徴の差については顕著だ。
そしてその差異をことさら批判するのはもとより、その違うところを話題として触れないようにするだけでも、どうしても隔意がある感じが出てしまい、差別の温床をなってしまう。
本人たちに差別する意図はなくても、違うところがある人間から見たら差別を受けているように感じてしまうのだ。
簡単にまとめると、自分との違いを認めないこと、それが差別になる。
千恵のように、相手と自分との違いを認めつつ、それを受け入れて気にしないように振る舞うのが、本当の差別を生まないことに繋がるだろう。千恵なりの優しさだ。
……ちーちゃんは子供だと思ってたのに、こういうところは意外と大人だよなぁ。
悟は感心していると、2階から大声が響いてきた。言わずもがな千恵である。
「さーとーるー! アイツァちゃんとの通訳が欲しいからこっち来てー! はーやーくー!」
……本当は何も考えてないだけなのかもしれない。せっかく感心したのに台無しだよ!
「あー、はいはいわかったよー!」
叔母さんがクスクス笑っているのを見て、「ちょっと行ってきます」と断ってから2階に上がっていった。
2階の千恵の私室ではファッションショーが行われていた。
翻訳で必要だから近くにいてほしい、でも男が着替え中の女の子の部屋に入ってはいけないと千恵に注文されて、悟は千恵の部屋の前の廊下で待たされていた。
千恵の部屋では姦しい声が……主に千恵の声だけだが……響いていた。そしてたまにドア越しに「アイツァちゃんはどっちが気に入ったって言ってる?」とか「髪の毛を縛りたいから動かないように伝えて!」とか悟に翻訳を頼んでくる。
着替えが一区切りつくごとに、着飾ったアイツァを見せて「どうだ、可愛いだろう」と何故か千恵が自慢げに披露してくる。
自慢するのはいいけど、悟が汗まみれになっていることに気付いてほしい。廊下は暑いんだ。
アイツァを着飾る服の種類は多岐にわたった。
千恵が好んできているズボンスタイルの動きやすい格好から、千恵が着ているのを見たことがないセーラー服のようなさっぱりとした服、はてはなぜ持っているのか疑問に思うようなゴシックタイプのひらひらした服まであった。
そんなに広くない部屋なのにどこにしまってあったのだろうと首をかしげる。
「どうよ、悟。私グッジョブでしょ?」
お嬢様のようなワンピースを着たアイツァを見せてドヤ顔をする千恵。呆れる悟。
「ていうかなんでこんなの持ってるんだ……着てるの見たことないぞ」
「それは乙女の内緒」
確かにどれも可愛いし似合っていたが、いつの間にそんな多種多様な服を買っていたのか。
二人の背後を見ると漫画のようにうず高く盛り上がった衣服の山がベッドの上に散乱していた。どれ一つとして同じ服がない。
千恵は意外とコスプレ趣味でもあったのだろうか。
『サティ、なんというか、これは本当に似合っているの? どうにもスースーして居心地が悪いんだけど……』
慣れない衣服が落ち着かない様子のアイツァがスカートの前で手をもじもじさせながら聞いてきた。
本人はよほど恥ずかしいのだろう、普段の態度からは想像もできないほどしおらしい。悟は苦笑しながら答えた。
『アイツァ、似合ってる。可愛い』
『そ、そうか。でも正直恥ずかしいからいつもみたいな服がいいんだけど……上手くチエに伝えてくれない?』
『わかった』
悟は請け負うと、アイツァが恥ずかしそうに指を絡ませている手を見た。そういえば手をなんとかするとか言ってたけどどうするつもりなんだろう?
「ちーちゃん、そういえば手をどうにかするって言ってたけど、あれどうするの?」
「あっ、すっかり忘れてた。ちょっと待っててー」
着せ替え人形で遊ぶのが楽しかったのだろう、今思い出したという顔をした千恵がすでに中身が空っぽに近いタンスの中をごそごそと漁る。そして白い布のようなものを取り出して見せる。
「去年の文化祭にメイド喫茶やったんだよー。そのとき余ったからってこれ貰ったの。これ付ければ誤魔化せないかなーって思って。付けてみて!」
千恵の持っていたのは白いレースの手袋だった。手首を隠すくらいの長さの手袋で細かい刺繍がされている。
全体的に作りが雑なので、手作りなのだろうか。その白い手袋をアイツァに渡す。
アイツァは戸惑いながらレースの手袋に手を入れる。指が4本のため、薬指の部分がぶかぶかになっていた。
アイツァが試すように手を握ったり開いたりした。薬指以外の指は問題なくハマったようだが、正直ちょっと違和感がある。
指を伸ばしている状態だと見分けは付かないが、指を曲げると薬指だけ変な風に折れ曲がるのだ。他にも色々試してみたが、注目していると変なのが丸わかりである。千恵と悟は難しい顔をした。
「……うーん、ダメだったかな?」
「……いや、手袋って案自体は悪くないだろうけど、これはちょっとなぁ……」
お嬢様のようなワンピースと白いレースの手袋という組み合わせ自体は良く似合っていたが、やはり指の動きは違和感を感じる。
ただ、手袋をつけることで指の数は誤魔化せそうだと悟は思った。少し考える。
「うーん、スキーで使うようなちょっとゴツい感じの手袋なら完全に隠せそうだけど、今手元にないからなー」
「閃いた!」
千恵はそう叫ぶと勢い込んで悟に突っかかっていく。その勢いに一歩下がってしまった。
「じゃあ明日お買い物に行こうよ! 手袋だけじゃなくて服もやっぱりアイツァちゃんに合ったものの方がいいだろうし。もちろん悟のおごりね」
「いや、買い物はいいけど、なんで当然のようにおごりなんだよ!」
「だってアイツァちゃんみたいな美人に貢ぐのは男の義務でしょ? 私も行くから両手に花なんだし、二人分くらいケチケチしなさんな」
「両手に花って自分で言うか……? ちーちゃんは自分のお小遣いでどーぞ」
「ちぇっ、まあいいや。まだ着替えやるから悟は出てってよ」
「はいはい」
千恵にシッシッと追い出された悟は部屋から出ていく。後ろで千恵の元気な声。
「さーてアイツァちゃん、あとたったの半分くらいだから残りは一気に合わせちゃおうか!」
……え、まだ半分もあるの?
その後、ファッションショーは日が沈むまで続いた。
結局アイツァは千恵が良く着ているような膝丈のジーンズとティーシャツのような簡素な服装が気に入ったらしい。
本人は「動きやすいし着心地がいい」と絶賛していたが、千恵は「もっと可愛いのがいいのに」と気に入らないようだった。
二人の服装が似通っているため、ちょっと似てない姉妹に見える。身長も似ているし、体型も似てるし。
「ちょっと悟、なんか失礼なこと考えてない?」
心を読まれたらしい。スレンダーな二人から目をそらしつつ、悟は晩御飯の用意をしてくれている叔母さんのお手伝いに向かった。
異世界で半年ほど自炊に近い状態だったのだ。悟の家事スキルはそこそこ高くなっている。千恵は何が楽しいのか、アイツァを家の中に連れ回して色々案内していた。
言葉が伝わらないのにコミュニケーションができる千恵は凄いと思う。
しばらくして叔父が帰ってきたので晩御飯となった。カラアゲとサラダとポタージュスープという組み合わせである。
スープなんて珍しいと思っていると、叔母曰く「アイツァちゃんにはお味噌汁は合わないかなって」とのことだった。
味噌汁の食欲をそそる匂いは、外国人には合わないとよく言われているので、叔母はそれを気にしてくれたようだ。ちなみに、アイツァはカラアゲがいたく気に入ったらしく、慣れない他人の家の食卓なので遠慮しつつも目はカラアゲに釘付けだった。
叔母と千恵が「遠慮なくどうぞ」とか「お母さんのカラアゲは美味しいもんね、どんどん食べて!」と勧めていたので、悟がそう翻訳すると、アイツァは恐縮しながらもフォークでカラアゲをどんどん口元へと運んでいた。
最終的には、大皿に山盛りだったカラアゲが全部消えていた。
食事中に叔父にアイツァの滞在について許可を求めると、概ね叔母のときと同じやりとりをして1カ月の滞在を許可してくれた。
ついでに無連絡での旅程の2週間延長について怒られた。悟が素直に謝ると「まったく心配していたのだぞ……千恵が」と娘と同じようなことを言っていた。さすが親子である。
晩御飯が終わったあと、千恵が「アイツァちゃん、お風呂にいくぞ! 体の隅々まで洗ってあげる!」とアイツァの手を引っ張って風呂場に行ってしまった。
今お風呂場に行けば天国が見れるだろうが、あいにくと悟に出歯亀する趣味はない。叔母から貰った食後のお茶を啜ってゆっくりしている。
やはり日本は落ち着く、と悟は年寄り臭い事を考えていたら、叔父が悟を呼んでいた。真剣な顔をしている。
「悟くん」
「はい」
先程までにこやかだった叔父がなぜか怖い顔をしていたので、悟は姿勢を正した。食卓が急に重々しい空気になる。隣に叔母が座ったところで、叔父が再び口を開く。
「アイツァさんのことなんだが、事情をきちんと説明してもらえないと長期滞在は許可できない」
「……え?」
次話「叔父を説得する」




