38・寿ぎの儀式
前話のあらすじ「狩りって準備と後片付けの方が大変だったりする」
シィーラの解体は工房の近くの荒畑で行うことになった。一度工房へ戻った悟は、畑からワープホールを出し、泉へと直通の搬入口を作った。そしてシィーラの巨体を魔術などをフルに使って運び出し、工房の近くの荒畑に持ってきたのだ。あまりに巨体すぎて動かすだけでも大変だったが、ワープホールの端っこの切れ味を利用して5つに分割したら思いのほか簡単に搬入が済んだ。もちろんついでに血の入った樽や、せっかく頑張って持ってきたのにまだ使ってない木箱なども荒畑に運び込んだ。
気付いたら日も落ちていた。夕闇では外の作業がしづらくなる。二人は色々あって疲れたのもあって、早めに工房に戻り休憩することにした。血の入った樽や道具の片づけなどは家庭用ゴーレム2体に任せて、二人はリビングでゆっくりしていた。話題はやはりシィーラ討伐戦だった。
「本当に二人だけで倒せるとは思わなかったわ。凧が話通りに空を飛ぶのを見ても半信半疑だったもの」
「信じられてない、悲しい。でも、上手くいった」
「仕方ないじゃない、シィーラの存在って魔獣っていうより災害みたいなものなのよ? ディート師が撃退できたってのも本来はとんでもない話なのに、その上私たち二人だけでまさか倒せるなんて思わなかったわ」
「でも、作戦1、失敗。危険、増えた。ごめん」
「……師匠が予想以上に活躍してたのが原因だろうしね。そこはあんまり気にしない方がいいわよ。そうそう、それよりあのワープホールはどうやって作ったの? 最後の大きい奴」
「あれ、アイツァと波形操作魔術、使った。アイツァ、目印にした」
「……あなた時々変なことやるけど、異世界の人は変わってるわね。他人を起点に魔術を使うなんて……」
「ん? 何か変?」
「かなり変よ。あとで師匠に報告しましょう。そういえば作戦3のとき……」
話の肴はシィーラ討伐だけなのに二人でずいぶん盛り上がった。通常のシィーラなら作戦1はかなり有効だろうとか、作戦2のためにもっと威力のある狙撃手段を用意すべきだったとか、シィーラの素材をどうやって売るべきかとか話題は尽きなかった。特に素材については「シィーラを倒したなんて話聞いたことないから誰も素材の値段なんてわからないわ。でも私だったら目玉2つと帝都の貴族街の屋敷を交換するって言われても出さないかもね」と言っていた。どんだけ高額な代物なんだ。そんなものが工房の外の荒畑に置いてあるという事実が急に怖くなる。盗まれたらどうしよう、こんな森の奥で盗難なんてあるわけないけど。
夜も更けてきたので明日に備えて解散しようとなったとき、悟はベアチェとの約束を思い出した。アイツァを引きとめる。
「アイツァ、明日、寿ぎの祭りがある。ベアチェに誘われた。一緒に行く?」
「あー、私はいいわ。シィーラの素材片付けたいし。二人で楽しんできて」
「でも、ベアチェはアイツァ、来てほしい、言ってた」
「じゃあ祭りの終わり際にワープホール繋いでくれない? 最後にちょっとだけ参加するわ。人に見られないようにワープホール作ってほしいけど、場所は確保できる?」
「教会の裏か、宿取る」
「それでいいわ、お願い」
そういうと二人はそれぞれの寝室に戻って寝た。悟の寝室は相変わらず倉庫だったが、いろいろな荷物が新しく置かれていて物凄く寝づらかったけど、シィーラ戦で精神的に疲れていたのだろう、気付いたら夢の中へと落ちて行った。
翌朝、二人で朝食を取ってから悟はトンネルへ、アイツァは荒畑へ解体作業に行った。朝食の際、またラーメンを作ろうとしていたアイツァを押し留めるため一悶着あった。さすがに三食連続でラーメンは勘弁してほしい。
代わりにコンソメスープの素を使って簡単なスープを作ったら物凄く驚かれた。悟はその気持ちがよくわかる。単なる塩スープは酷く味気ないのだ。コンソメの様々な素材が煮詰まった深い味わいは、さぞ美味しいだろう。
ベーラの街までの道のりはもはや慣れた物だった。キックボードで2時間、その後徒歩で4時間ほど、朝一で出発したけれど教会に着くころには昼近くになっていた。いつもの裏口に回ってベアチェを探す。
ベアチェも悟の到着を待っていたらしく、すぐにお茶室へ来てくれた。そして教会の物と思しき衣装を渡す。
「なに、これ?」
「寿ぎの儀式に使う花持ち役の衣装です。儀式って親族の方しか直接見れないから、儀式の様子を見たかったら花持ち役で参加するしかないんですよ」
フードを外しながら悟が聞くと、ベアチェが楽しそうに話した。別に祭りを見学するだけでよかったのに、ベアチェが変に気を利かせて儀式にも参加できるように取り計らってくれたらしい。正直、悟は知らない人の結婚式なんてそこまで興味はないため、ありがた迷惑であった。でもベアチェが良かれと思って服を用意してくれたのに、今更「儀式は興味ないなぁ」とは言えず、乾いた笑みを浮かべながら「ありがとう」と言った。ベアチェはほほ笑む。
「どういたしまして……でも花持ち役は普通、孤児の子がするものなんです。サティさんが花持ち役だと、その、ちょっと目立っちゃうかも。その時はごめんなさいね」
「わかった、大丈夫。花持ち役、何する?」
「お祝いの花を持って壁際で立ってればいいだけですよ。一番上座にサティさんが立つように手配しておきました。私は教会では一番下なので、小さい声なら儀式の最中お話ができますよ」
ニコニコと笑いながらベアチェがそう言った。なるほど、儀式の見学のためにいろいろ考えておいてくれたらしい。面倒臭いから儀式に参加したくないと思っていた悟は反省した。
……せっかくベアチェが用意してくれた機会だ、しっかり見学させてもらおう。
寿ぎの儀式は、日本の教会で行う結婚式を大人数でやるような形式だった。
神父と思しき神官やなにやら飾り槍を持った女官が立つ壇上に向かって、40組近くの新郎新婦が睦まじく並んで立っていた。神官たちの服装はいつも通りだが、新郎新婦の服装は小奇麗な民族衣装のようだった。神前婚といえばタキシードとウェディングドレスというイメージがある悟にはかなり違和感のある光景だ。また新郎新婦の親族らしい人たちが教会の講堂の墨の方に参列していた。
教会の建物は地球のそれと良く似ていた。宗教関連の施設はどれも似通ったものになるのだろうか、と悟は邪推する。広々とした空間と厳かな雰囲気があり、ステンドグラスが背景となって綺麗に光り輝いていた。地球なら十字架にガリガリに痩せたイエス=キリストが磔刑にかけられているところに、美しい女神様の像が艶めかしく立っている。女神様の像が何か光っているように見えたのでベアチェに聞いてみると「裏で光の魔術を使って光らせているのです」との答えを貰えた。そういう演出は宗教では大事なんだろう。
悟は百合を大きくしたような花を両手で掲げて、一番祭壇に近い位置で立っていた。服装は神官服を簡易にしたようなもので、目深に帽子をかぶっていた。花持ち役は何もしなくていいが動いてはいけないと言われていて少し緊張する。壇上の一番端にベアチェがいるため、小さい声で話しかければ会話ができた。寿ぎの儀式を目の前で見ながら、神様や儀式の動作の意味などについて色々教えてもらったが、聞いたことない異世界語の専門用語が多すぎて半分も理解できなかった。ついでに言うとあまり興味もなかったので、ベアチェには悪いけど話の大半を聞き流していた。
……とりあえず神官の前の名簿みたいのに名前を書けば結婚したことになる、ということだけはわかった。他はまあいいや。
儀式の最中は厳かな雰囲気だったが、神官のありがたいお話が終わると新郎新婦が名簿に名前を書いて、最後に「祝福を!」と神官や参列者たちが拍手を送ると終わりらしい。最後に演出だろうか、光のヴェールのようなものが教会全体にかかっていた。横を見るとベアチェ他数名の神官たちが何やら球形の魔術具に魔力を注いでいるようだった。ディート師の言っていた光学操作系魔術のための道具なんだろう、と悟は推測する。
儀式が終わると教会の扉が大きく開いた。教会内だけでなく、教会の外にも待機していたらしき親族や友人たちが万雷の拍手で新郎新婦を迎えていた。新しく夫婦になった者たちがその拍手に包まれながら外へと出て行く。悟は全員を見送ったあと、ずっと動けなかったため肩をぐるぐる回して凝りをほぐす。すると「お疲れ様でした」とベアチェから声をかけられた。返事をする。
「ベアチェ、おつかれ。これで終わり?」
「はい、儀式はこれで終わりです。あとは本当はお片づけをしないといけないのですが、私は免除されているんです」
そう言うとベアチェはわざとらしく居住まいを正してコホンと咳払いをする。
「わたくしはお父様……ではなくてエグランド伯爵様から直々にサティさんの教育係を任せられています。寿ぎの祭りを案内してその文化を教える必要があるんです」
そう真面目ぶって言うと、ベアチェはクスリといたずらっぽく笑った。
「まあそう言う名目でサボりです。着替えてきますので少々お待ちください。すぐに祭りに向かいましょう」
そう言うとベアチェは着替えるためにどこかへと去っていった。残された悟はあっけにとられながら、いつもの裏部屋の方に歩いて行った。
……何だか知らないけど今日のベアチェ、テンション高いなぁ。そんなに祭りが楽しみなんだろうか。
悟もお祭りは好きな方だ。早く外へ出たいなぁと思いつつベアチェが来るのを待った。
次話「デート」
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