30・徒歩10分でいける異世界ツアー
前話のあらすじ「ホームセンター楽しい」
……なんだろう、体の疲労があんまり取れてない気がする。
快調とは言い難い目覚めだったが、悟は一つ伸びをした。
部屋の隅に限界まで荷物が詰まったリュックサックを見る。昨日お土産買い過ぎたせいかな、まあいいや。
リビングへ行くと、叔父と叔母が朝ごはんを食べていた。「おはよう」と挨拶したが、そう言えば叔父は昨夜帰ってきていなかった。
「叔父さんいつ帰って来たの?」
「ついさっきなのよ。パジャマにもさっき着替えたばかり」
叔母が代わって答える。たしかに良く見ると、叔父は凄くだるそうだった。「おつかれさまです」と悟が言うと、叔父は苦笑していた。
「ホントは早く帰りたかったんだが、ちょっとトラブっちゃってなぁ。納期間近なのに仕様書一部変更なんてえらい目にあったよ」
「それ大丈夫なの?」
「死ぬ気で間に合わせたよ。幸い、ベーシックからの根こそぎ変更じゃなくて、一部の変更だったしね」
欠伸を噛み殺しながら「というわけで寝る」と叔父は席を立とうとした。悟は慌てて昨日思いついたことを聞いてみる。
「あ、叔父さん。貸し倉庫なんだけど、オレも倉庫借りて荷物入れたいんだけどいいかな?」
「ん? 悟も倉庫借りるのか? 別にあの倉庫、あんまり使ってないからあのまま置きっぱなしでもいいぞ?」
「いや、さすがに申し訳ないし、ちょっと個人的にやってみたいことがあって……」
「まあいいけど、そうだな。ちょっと待ってなさい」
そう言うと叔父は自室へと戻って、なにやらしばらくゴソゴソしていた。「ようやく見つけた」と一枚の紙を持ってやってくる。
「この紙で紹介されたら割引になるとかなんとかあるはずだ。ついでに保証人のとこ名前書いといた。荷物入れ替えするならまたカギ渡しとくよ」
「ありがとうございます」
紹介の用紙を渡すと、さすがに眠いのか叔父は寝室へと歩いて行った。そして交代するように千恵が階段を降りてくる。寝ぐせこそついていたがこっちはそんなに眠そうではない。
「おはよう、ちーちゃん今日休み?」
「そうだよ日曜だもん。今日は頑張ってだらだらするぞー」
千恵はアホなこと言って笑いながら朝食の席に着いた。言われてみれば、いつも忙しい叔父が家にいる時点で気付くべきだった。
異世界では休養日が基本的にないため、日曜日というものそれ自体を忘れていた。
「で、悟は今日なにすんの? 昨日なんか大荷物買ってたけど」
「あの荷物は関係ないけど、ちょっと倉庫借りて荷物だけ引っ越ししようかなって」
「倉庫? 貸し倉庫のこと?」
千恵は首を傾げた。
「いつまでもオレの荷物預けっぱなしじゃ悪いしね。またちょっと出かけるし、その前に移しとかないとさ」
「あー、そんなこと言ってたねぇ。手伝う? 満腹堂のラーメン大盛りで手を打つよ?」
「乗った」
ニヤリと笑う千恵に同じくニヤリと笑い返す悟。「じゃあ着替えてくる」と言って2階に上がっていく千恵を尻目に、自分も着替えようと悟は客間に戻った。
服は昨日のうちに何着か回収済みである。
しばらくして千恵が2階から降りてきた。ひざ丈ハーフのズボンにTシャツという物凄くシンプルな服装だった。
動きやすさ重視なんだろう。年頃の女子にしてはラフ過ぎる服装だが、千恵にはそういう格好のが似合っている。たかが千恵とはいえ、ポニーテールなのはポイント高い。
二人は「いってきます」と元気よく玄関から出て行った。
相変わらず日差しは強く、まだ朝早いというのに外気が暑い。
昨日はこの暑さも楽しめたが、慣れたらなんのことはないただの夏だった。さっそく額に汗が滲む。
貸し倉庫は大小様々な大きさのコンテナが並んでいるだけの場所だ。大きいのはトラックが入りそうなほど、小さいのはアパートの個室くらいの大きさである。
周囲は塀で囲まれているものの、どちらかというと開放的な雰囲気だ。泥棒が少し心配だったが、さすがに監視カメラや鉄条網、管理小屋などは完備されていた。
コンテナの扉はすべて中央に揃えてあるので、監視カメラで確認すれば防犯はバッチリなのだろう。
紹介状を通して受付してもらい、通帳からの直接引き落としで1年契約する。アパートの一室より少し大きめの倉庫を借りて、叔父の倉庫に預けていた悟の荷物の引っ越しをした。
荷物自体はそこまでの量がなかったが、ベッドと小さい衣装箪笥は一人だったら運べなかっただろう。千恵に頼んで正解である。
「私がいて助かったでしょー。ラーメンに餃子付けてもいいんだよ?」
「はいはい助かりました。でも餃子はやめとけ、さすがに太るぞ」
「女の子にその台詞はダメだと思います」
ちょうどお昼時だったので、千恵との約束通り満腹堂へ行って昼食にする。店こそ違ったが、さすがに二日連続ラーメンは食べる気がしなかったので、チャーハンと餃子を頼んだ。
千恵は大盛りラーメンだけを頼んだが、「餃子の半分は私にも権利がある」と餃子6個のうち3個を勝手に盗られてしまった。満足そうな千恵。解せぬ。
ラーメンと格闘しながら千恵は質問してきた。
「そいえばまた旅行行くんだって? どこ行くの? いつ?」
チャーハンをつつきながら、悟は答えられる範囲に気をつけながら答える。
「今日の夜出発かなぁ。場所は秘密」
「今日の夜ってまたずいぶん遅い出発だね。行き先が秘密ってどういうこと?」
「……いいじゃんどこでも。ちょっと行きたいだけだし」
「……まあいいけど」
千恵は不満そうな顔をする。だが正直に「異世界にいってくる」と言っても信じてもらえないだろうな、と悟は達観して諦める。
何やら考えながらラーメンをズゾゾゾッとすする千恵。そして急に何か思いついたらしく、顔を輝かせた。
「そうだ、どうせだから一週間くらい出発待ってくれない? そしたら私も夏休み入るし、ちょうどいいじゃん。一緒に連れてってよ」
名案だ、とばかり旅行に同行すると言いだす千恵。慌てて否定する。
「ああ、いや出発自体は今日確定だからさ。ほらチケットとか買っちゃったし。だから連れてけないよ」
本当はチケットなど必要ないんだけれど、さも行き先が海外旅行であるかのように誤魔化した。すると千恵は意外と素直に引いてくれた。
「じゃあしょうがないか。その代わり今度帰ってきたら連れてってよ。なんか面白そうだし」
「あ、ああそうだな。まあ機会があったらね……」
と話を合わせつつ空手形を渡して誤魔化した。どうせ時間が経ったら約束自体忘れてくれるだろうと思ったのである。
チャーハンの残りを食べだした悟は、千恵の「してやったり」という表情をしていたのを見逃していた。知らぬが仏である。
「こんな夜中に出発なのかい? 急いで出発しないでもゆっくりしてけばいいのに」
叔父の家に帰って色々世間話をしたり家事を手伝ったり、久しぶりのゲームで千恵にボコボコにされたりして一日を過ごした悟は、夜の9時頃になって出発する旨を叔父に伝えた。
さすがに夜から出発は驚かれてしまった。
「ああ、ええと貧乏旅行なんで、夜行バスに乗って明日の朝飛行機に乗るんですよ。だから今から出発なんです」
咄嗟に考えたシナリオで荒があったからか、さすがに叔父も不審の目をしていた。
だけどなんとか納得してくれたのか「気をつけて行ってらっしゃい」と言ってくれた。叔父の広い心にはいつも感謝している。
「今度こそお土産よろしくね。温泉饅頭とかはいらないよー」
「はいはい、飛行場で買える饅頭以外のお土産を買ってきますよ」
千恵とくだらないやりとりをしてから悟はパンパンに膨らんだリュックを背負い叔父の家を後にした。
向かう先は事故未遂があった場所ではなく、今日いった貸し倉庫の方だった。少し実験したいことがあったのだ。
上手く行くかは賭けではあったが、事故未遂現場と貸し倉庫の位置は近いため、上手く行きそうな気がしていた。
貸し倉庫の広場につくと、悟は昼間に引っ越し作業しながらこっそり確認して置いた監視カメラの位置を思い出し、その視界映らないよう気をつけながら裏手へ回る。
コンテナの正面側にはたくさん監視カメラがあったが、裏側は侵入防止の低い塀と鉄条網があるだけで、監視の目はなかった。
また場所が場所だけに人通りも少ない。絶好の場所だった。
悟は自分の借りているコンテナの裏側に回ると、周囲を確認してからさっとワープホールを作って素早くコンテナの中に入り込んだ。
すぐにワープホールを閉じる。気分は怪盗をやっている3世の気分だ。貸し倉庫はあらかじめ荷物を扉側、つまりコンテナの奥側に空間ができるように置いてあるため、問題なく中に入ることができた。
悟は「よし、一段階目成功」と一人でガッツポーズをする。ちょっと疲労感が増した。
事故未遂現場でワープホールを開くのは、誰かに見つかる可能性があることを考慮したのだ。
この前はたまたま夜だったからいいものの、もし昼間に道路のど真ん中でワープホールなんて開けたら一発で誰かに見られてしまう。
だが、この貸し倉庫の中でなら人目を気にせず好き放題ワープホール作れると思ったのだ。
すぐに異世界へのワープホールを作ろうと思った悟だったが、体がやたら疲れていたため一息ついた。ゴーレムのいた砦の時と同じ魔力不足の感覚を覚えたが、今日はまだ一回しかワープホールを作っていない。
なぜこんな疲労を感じるのかわからなかったが、まあ大丈夫だろうと楽観して悟は異世界へのワープホールを開ける。
入り口の場所が少し違ったがどうやら上手く行ったようだ。一昨日見た森の中とほぼ一緒の場所に出たように見えた。実験第2段階成功である。
これで異世界と日本を貸し倉庫経由で自由に行き来できるはずである。巨大なリュックサックをひっかけないように注意して異世界へと飛び込んだ。すぐにワープホールを閉じる。急激な疲労感。
「بعد ذلك، يعود قريبا!」
うっかり気絶しそうだった悟だが、聞き覚えのある怒鳴り声が背後から聞こえたため振り返った。荷物が邪魔で後ろが見えなかったので体ごと反転する。
そこには肩を怒らせて眦を吊り上げた黒コートの少女がいた。咄嗟に答えようとするが、わずか3日ぶりとはいえ付け焼刃の異世界語は急には思い出せなかった。
「あー、ただいま、アイツァ。元気だった?」
悟の間の抜けた返事に、アイツァは肩を落として盛大にため息をついた。
次話「お土産渡し」




