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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
2章【現代日本における異世界人及び文化の受け入れに関する問題点】
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29・異文化コミュニケーション土産編

前話のあらすじ「実家のような安心感」

 ドタドタドタ、バタン、ドン。


「わ、ホントに悟、戻ってきてる!」


「千恵、まだ疲れて寝てるのに起こしちゃダメでしょ!」


 ドタバタ煩く客間に押し入ってきた千恵とそれを窘める叔母さん。どっちも平等にうるさくて悟は目が覚めてしまった。


 叩き起こされた割に目覚めは快調だった。やはり寝具が良い物だと眠りも良くなるのだろう。壁にかかっている時計を見て何時間寝ていたか確認しようとしたが、異世界で時計のない生活を長くしていたため咄嗟に時間が読めなかった。ええと、短針が7と8の間だから7時で、長針が9をさしていると何分だっけ?


 とりあえず3時間くらい寝ていたのか、と確認したあと、悟は客間に突撃してきて騒いでいる小娘に視線をやった。


「ちーちゃんうるさい、オレまだ眠いんだけど」


「うるさくもなるよ! 昨日の夜、急に帰ってきたってどういうこと!? 今までどこ行ってたの? 心配してたんだよ!」


「ああ、まあちょっと遠いところに……」


「で、お土産は? これ?」


「そっちの心配かい!」


 悟の枕元にあった黒くてちょっと汚れたマントを指先でつまみながら、千恵はケラケラ笑った。


 三上千恵は悟の従姉妹である。3つ下の高校2年生で、去年まで同じ高校に通っていた。叔父夫妻と悟の両親は仲が良く、家が近かったため、自然と従姉妹同士でも仲が良かった。昔から快活な女の子で、妹というより弟のような扱いで接している。


 叔母さんが困ったように顎に手を当てる。


「ごめんねぇ、悟くん。騒がしくしちゃって」


「いいですよ別に。静かにしろっていってもどうせ聞かないし……」


「そんなことないよ、たまには聞いてるし!」


「たまには、かよ」


「それにそもそも、音沙汰なしでどっか行ってた人が急に帰ってきたら、そりゃ大騒ぎもしたくなるよ!」


「うーん、それは一理あるわねぇ」


「……否定できないなぁ」


 千恵ごときに言いくるめられて頭を抱える悟とクスクス笑う叔母。なおも何か言い募ろうとする千恵に対して、叔母が「学校、遅刻するわよ」と声をかけると「しまった!」という顔をした。


「ああ、バスがまずい! 悟、帰ってきたら話聞かせてもらうからね、逃げんなよ!」


「逃げねーよ。はよいってこい」


 千恵は「行ってきます!」とこれまた元気に声を上げると飛びだすように部屋から出て行った。ドタドタと言う足音と、玄関が勢いよく開いた音がする。忙しない娘である。


 用意してもらった叔父のお下がりの服に着替えると、リビングに向かった。美味しい匂いがする食卓には、ビシッとスーツを着た叔父の銀二が朝食を食べていた。お互い挨拶して、悟も勧められた朝食をいただく。トーストとサラダと目玉焼きというシンプルな朝食だったが、異世界の物と違って味が濃くて美味しい。パンも食感がカリふわで美味しい。そしてなにより、日本人が愛してやまない醤油が使えるのが最高だった。目玉焼きにドバドバかける。久しぶりの醤油の味にまた涙を流しそうになっていた。


「美味しそうで何よりだが、今までどんな食生活をしていたんだい?」


 叔父があまりの欠食児童っぷりに引いてしまったらしい。悟は醤油のビンを指差しながら答える。


「日本の食事はやっぱり品質が良いって思い知りました。あと醤油は日本人が生きる上で必須です」


 その返事に叔父がカラカラと笑うと「そろそろ私も出勤しなくては」と立ち上がると同時に悟にカギを渡す。


「これ、貸し倉庫のカギ。悟の荷物はそこに全部いれてあるから、とりあえず必要な物があったらそこに行きなさい。あ、あと通帳と印鑑とかはこっちで管理しているから、宏美に言いなさい」


「あ、わかりました。ありがとうございます」


「今後どうするつもりなのかわからないが、しばらくはうちで過ごしていいからね。家売ったときも言ったけど、今更遠慮する仲でもないだろ?」


「まあ、それはそうなんですけどね……」


 頭を掻きながら歯切れ悪く悟は答える。叔父は「仕方ないなぁ」と言う顔をして出勤していった。ため息をつく。


 朝食をおかわりしてから終わらせると、叔母に頼んで通帳と印鑑を出してもらう。とりあえず何をするにもお金が必要だ。


 悟は一度は異世界に戻るつもりだった。2日後に戻るという約束をしたし、何よりいつでも日本に戻れるという安心感があったからである。冷静に考えてみると、一度行ったら戻れないなら異世界に行く勇気はわかなかったが、気軽に日本に戻れるというのならいちいち異世界行きに覚悟を決める必要はない。ちょっと遠いところに旅行に行く感じだ。ちょうど住処も仕事(バイト)もないわけだし、異世界旅行に行くのは問題がなかった。


 そう考えると急に肩の荷が降りた感じがした。なので、つまり旅先の知り合いということになるアイツァやディート師に日本のお土産を買って行こうと思ったのである。異世界になくて日本にあるものはとても多い。異世界で生活していて「あ、あれがあればなぁ」と思ったものを買って行ってあげようと思ったのだ。


 叔父の家から出ると、強い日差しに目を覆った。今は初夏である。さっそく汗がじんわり滲んできた。朝早くから強い日差しがアスファルトを焼いていた。セミの声が煩い。もう見れないかと思っていた日本の夏の景色に再度感動する。いつもだったら「暑くてだるい」と文句を言うところなのに、今日は率先して夏のうだるような暑さの中に飛び込んでいった。暑い暑いと文句を言いながら嬉しそうに歩く。


 叔父の利用している貸し倉庫は、歩いてわずか数分のところにあった。初めて利用するので戸惑ったが、係の人に説明してもらってカギを使って中に入る。倉庫の中の半分くらいに見覚えがあるものが積み重なっていた。だいぶ場所を取ってしまっている。ここにはいない叔父に心の中で謝罪しつつ、荷物から衣服を数着と大きめのリュックサックを取りだした。あとタンス貯金も全額引き出してから外に出る。


 駅前のケーキ屋に向かい、適当なケーキを数個買ってから、悟が一人暮らししていたアパートとバイト先のコンビニに向かう。どちらも急にいなくなったことを謝罪しにいった。バイト先の少し痩せた店長からは小一時間ほどクドクド文句を言われたが、アパートの管理人の叔母さんは帰ってきたことを素直に喜んでくれた。親戚以外で心配してくれる人がいたのが少し嬉しかった。ケーキは喜んで受け取ってくれた。


「さて、最低限やることは終わったよな。次はお土産選びかな……その前にお昼にしよう」


 お昼御飯を食べようと思って悟は物凄く悩んだ。久しぶりの日本の食事である。できるだけ美味しい物を食べたい。無駄に長考して悩みまくった。


 結局駅前に戻りラーメン屋に入った。ありきたりのチェーン店だったが、久しぶりのラーメンの味は衝撃的だった。大盛りのラーメンセットにしてよかった。大満足だ。うっかり異世界に戻る気持ちがなくなるくらい美味しかった。


 その後、悟は歩いて30分くらいの場所にある大型ショッピングセンターに向かった。そこは様々な店舗が入っている超大型の総合店舗で、行けば大体の物が手に入るのだ。色んな種類の買い物があるとき重宝するのである。


 お店に入ると、とりあえず目についた物をどんどん選んでいった。選ぶ基準はあまり高くない物、あまり嵩張らない物、異世界であったら便利だなと思った物である。ついでにリュックサックも大きな物を買ってそれに入れて持っていこうと思っていた。


 まず文房具コーナー。


「まず紙あったら喜ばれるよな、あっちの羊皮紙やたら高いし。ディート師は大量に紙使いそうだよなぁ。ついでにシャーペンと消しゴム買ってこう。文字が消せるとか驚くだろうな。バインダーに下敷きもあった方が良いか? 蛍光ペンとかは見せれば驚くだろうけど使わないだろうなぁ……」


 次に工具コーナー。


「ナイフがあったら良かったんだけどそういうのはないか。でもこっちのノコギリとかクギあったら喜びそうな気がする。アイツァの工房ボロボロだったし。磁石ってあっちの世界にあるのかな? まあ師匠へのお土産に強力なの持って行ってあとは……」


 そして家庭用品コーナー。


「洗剤と漂白剤持ってけば絶対喜ぶよなこれ。あとカビ取りや、あ、重層持ってこうこれ絶対いる。あとタワシは日本のがいいよなぁ。異世界の奴は使い心地が悪すぎる。ほこり取りのハンドタイプのモップとか持ってってみようかな。包丁いいなぁ……でもあっちにもあるし、意外と高いし、持ち運びづらいなぁ。シャンプーは女性受けしそう。アイツァとベアチェに多めに持ってってあげよう。石鹸もあった方がいいのかな?」


 さすが異世界の教会で半年掃除をし続けた悟である。掃除用具の選別に一番時間を取っていた。思考が完全に主夫である。


 最後に食品コーナー。


「異世界だと日持ちするかどうかって重要だけど、日本だとここら辺融通が効いていいなぁ。缶詰とレトルトカレーと袋のラーメン買ってこうっと。ラーメンさえあれば異世界に長期滞在してもいいなぁ。あと嗜好品で甘い物買っていこう。何がいいかなぁ……」


 他に欲しい物もあったが、ここら辺で中断した。普通のスーパーのものより倍は大きいはずのショッピングカーが満載になってしまったのである。少し買い過ぎた。店内のATMからある程度お金を引き出しておく。


 予想通り金額が物凄いことになったため、あえなく諭吉さんを3人ほど送りだして英世さんを何人か迎え入れた。ちょっと浮かれ過ぎていたらしい。でもどれをとっても異世界では有用であると思って買い物かごに入れていたら、お土産選びが楽しくなってしまったのだ。自重と言う単語を今更思い出す。


 買ったばかりのリュックサックに山のような品物を全部いれて背負う。重い。だけれど日ごろの肉体労働の(たまもの)か、それともリュックサックの出来がいいのかわからないが、運ぶのはそれほど苦労しなかった。叔父の家に帰る。


「あら、どうしたのその大荷物? 何かするの?」


「あー、また旅行行こうかなと思ってて。次はすぐ帰るんだけど……」


「それは銀二さんに説明しないといけないわね。今度は無断で行っちゃダメよ?」


「わかってますって」


 叔母からの追及を軽くかわすと、使わせてもらっている客間に荷物を置いて一息ついた。


 日が落ちてきたあたりで千恵が帰ってきたため、3人で晩御飯を取った。叔父は残業らしい。何かのコンペが近いとか言っていたが、叔母はあまり気にしていないようなので悟も気にしないことにした。いつものことなのだろう。晩御飯は揚げもので、懐かしい家庭料理の味にまた感動してしまった。


 そして二人から追及が始まった。「どこに行ってたのか」から始まって「何をしていたのか」「危ないことはしてないか」「どんな人たちと交流してきたのか」などなど矢継ぎ早に聞かれた。千恵は上手くはぐらかせたが、叔母からの追及はなかなか対応が難しかった。悟は「お金を現地で稼ぐ方式で世界一周旅行してみた」という限りなく嘘っぽい物語で何とかごまかし続けた。


 お風呂に入った。風呂は日本人の最高の贅沢だという気持ちがなんとなくわかる。異世界だとお湯を張って体を流すか、共同浴場くらいしかない。もしかしたら貴族には個人風呂があるのかもしれないが、日本だと一般家庭で個人風呂に入れる。素晴らしきかな入浴文化。


 千恵に学校の様子や最近の日本の流行りなんかの話を聞いていたら夜遅くになってしまった。明日はやることがある、と途中で抜けて客間の布団に入る。部屋の隅に置いてある大量のお土産を見てニヤリと笑う。あれだけお土産があればきっとみんな喜んでくれるはずである。


 明日は倉庫整理だ。肉体労働で汗水流そう。

次話「異世界へ」



※大型ホームセンターは某ビバモールを想定しています。好きなんですよね、あそこ(*´ω`*)

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