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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
2章【現代日本における異世界人及び文化の受け入れに関する問題点】
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28・さようなら異世界、ただいま日本(後編)

前話のあらすじ「日本に帰れたやったぜ!」

『アイツァ! 2日、戻る! こっち、やること、終わったら……』


 目の前で小さくなっていくワープホール。慌ててワープホールを開いた形に戻るように想像して形を維持しようとしたが、何故か上手くいかない。穴が閉じると同時に驚いているアイツァの顔が見えなくなった。目の前には夜の街並み……日本のごく一般的な街並みが広がっていた。


 悟はワープホールが勝手に閉じたことにだいぶ動揺していた。いつもは自分の意思で開けるも閉じるも自由だったのに、なぜ今回だけ勝手に消えたのか。どうしよう、またワープホールで戻ってアイツァと相談するべきなのだろうか。日本への帰還は後回しにして原因を究明した方がいいのだろうか。急に消えてしまっては、アイツァも心配させてしまうだろうか。


 だが、悟は考える、2日後に戻ると宣言した以上、無理に戻る必要はないのではないか、と。勝手な判断だという自覚はあったが、それもまた仕方ない、と悟は自分に言い訳をした。アイツァは知恵が回るし、二日後に戻ると言った以上それに合わせてくれるだろう。


 そう考えながら、ポソリと本音を呟いた。


「……だって日本やっと帰れたんだし、少しくらい……」


 悟の正直な気持ちだった。アイツァへの報告より、久しぶりの日本に留まりたいという気持ちの方がだいぶ強い。それに、どうせディート師への連絡は異世界で言う2日後、日本時間だとだいたい3日後くらいだ。一日か二日くらい日本にいてもいいじゃないか、と開き直った。


 そして改めて周囲の光景を眺める。先程ワープホールを通った直後から、何とも言えない感情で胸がいっぱいだった。電灯の照らす黄色い光が、見慣れた家が立ち並んでいる様子が、路上で留められている普通の乗用車が、地面を踏むアスファルトの感触が、遠くで聞こえる救急車の警告音が、すべて懐かしく涙が出そうだった。異世界での半年は、こちらの世界ではだいたい10カ月くらいである。二度と見ることはできないかもしれないと諦めていた景色である。やっと帰ってきた、と悟は感動していた。


 異世界での生活は、差別こそあったけれど、自分はかなり幸運だったはずだ、と悟は素直にそう思う。アイツァやディート師、ベアチェのような良い人に恵まれていた。だけれど、それでもなお文明や文化の違いが悟にかけるストレスは大きかった。誰にも日本語が通じないし、異世界語でないとまともな返事も貰えない。一日の長さが違うため苦労して生活習慣を合わせなきゃいけない。清潔なお風呂や布団がないし、テレビもゲームも娯楽がほとんどない。毎日見飽きた同じ食事が並ぶ薄味の食卓。色んな人に助けてもらって異世界に馴染むことができたが、それでも生活習慣の違いは身にしみて辛かったのだ。


 悟はとりあえずどこに行こうか悩んで、親戚の叔父の家に向かう。一人暮らしをしていた悟だが、半年以上行方不明では間違いなくアパートを解約されているはずだ。下手したら死亡扱いになっているかもしれない。急いで自分の状況を確認する必要があった。


 アスファルトを歩くコツコツという足音が静かな夜の街に響く。石畳や森の中を歩くのとは違い、凄く平らで歩きやすい。また治安の良さに対する安心感が凄い。ベーラの街は警邏隊がいるため治安は良い方だったが、少し薄暗いところへ行くとそれなりに危なかった。長い異世界暮らしのおかげで日本の良いところにいちいち気付いて感心していた。


 叔父の家の前についた。さすがに家の中に灯りはついていない。今まで行方不明だった本人が、しかもこんな真夜中に現れたとして、家の中に入れてもらうにはどう言えばいいのか少し悩んだ。だけど結局、真正面から正直に言って入るしかないかった。異世界では普通だけど、日本では不審者丸出しである黒いマントを外して畳んで小脇に抱える。下に来ているボロボロの普段着は、日本では少々違和感あったが、限界まで使い古した古着と言えなくもない。インターフォンを鳴らす。ピンポーンという間抜けな電子音すら懐かしかった。


 家の中に反応はない。さすがに夜中じゃまずいか、出直すにしてもどこ行こう、お金持ってないし、公園で野宿しようかな、と考えたところで家の2階の窓に灯りがついた。起こしてしまったのが申し訳ないけど、ありがたかった。


 玄関のドアが開く。中からちょっと太めの叔母さんが出てきた。悟は知り合いの顔に、なぜか変な照れを感じながら挨拶した。


「叔母さん、夜分にすいません。急に帰」


「ええっ、悟くん!? 今までどこ行ってたの!?」


 寝ぼけ眼だった叔母さんが一気に目覚めたようで、悟に駆け寄ってきた。肩を揺さぶられながら「無事でよかった」とか「連絡もしないで何してたの」とかいろいろ早口で言われて、ようやく自分は帰れたんだという実感を得た。少し泣きそうだった。


 ……叔母さんも涙声なところ悪いけど、そろそろ揺さぶるのやめて! なんか恥ずかしいし近所迷惑だよ!





 テンションが高くなっていた叔母さんも「夜中に騒いじゃまずい」の一言は効いたらしい。すぐに家の中に案内してくれた。


 勝手知ったる親戚の家のリビングに入ると、どうやらこの騒ぎで起きてきたらしい、叔父である三上銀次が座っていた。いつも穏やかな笑顔の銀二が悟の姿を見ると、何とも言えない表情をした。


「……おかえり。今までどこほっつき歩いていた? 体は大丈夫か?」


「えーと、ただいまです。ちょっと、なんていうか、遠いところに……」


「遠いところじゃわからないぞ、悟。外国にでも旅行にいったのか? 何の連絡もなく1年も?」


「えーと、それには深いわけが……」


 むぅ、と眉根を寄せて渋面を作る叔父。悟は異世界に行ったなんて言ってもさすがに信じてもらえるとは思えない。なんて言って誤魔化そうか悩みつつ、日本語を話しかけると日本語で返事が帰ってくることに密かに感激していた。やはり母国語での会話は一番落ち着く。


 途中で麦茶を入れて持ってきた叔母も同席して、この1年、悟が何をしていたのか二人で詰問してきた。とりあえず悟は、突発的に旅行に行きたくなって世界旅行に出掛けていた、スマートフォンは川に落として連絡できなくなった、と無難な答えを出した。叔父は納得できていないようだったが、「まあ、そういうこともしたくなるかもな」と視線をそらしながら無理に事情を飲み込んでくれたようだ。なるほど、家族を失ったゆえの傷心旅行ってことにしちゃえばいいのか、と悟は内心で理解した。その線で話をごり押そう。


「まったく、旅行に行くのは良いが一言私に言いなさい。君のバイト先やらアパートの大家やらが悟くんがいないと聞いて心臓が止まりそうになったのだぞ? ああ、失踪届も取り下げておかなければ……」


「うわ、やっぱり大事になってた。ごめんなさい」


「謝るくらいならちゃんと相談しなさい、まったく。千恵も心配してたぞ? 一応私は君の後見人なんだから、バカなことしない限りできる限り応援するから……」


「そうよ、一人暮らしが大変なのはわかるけど、私たちだって心配してるんだからね。今回の悟くんは大馬鹿です。色んな人から怒られなさい」


 叔母からの援護射撃もあってお説教大会が始まりそうになった。叔母の説教は長い。悟は慌てて話をそらす。


「あの、そういえばアパートってどうなってます? やっぱり解約?」


「ああ、半年くらい前に解約しておいた。勝手に解約して悪いと思ったが、その時は悟くんが死んでた可能性もあってそうするしかなかったんだ。許してくれ」


 そういうと叔父は軽く頭を下げた。悟は慌てて否定する。


「ああ、まあ連絡しなかったオレが悪いからそれは……」


「まあそうなんだがな」


 と即座に切って返された。よほど無連絡での失踪は腹にすえかねたらしい。悟は「急に異世界飛ばされたんだから連絡なんてできないし」と心の中だけで言い訳する。日本語での会話は凄く落ち着くが、お説教は勘弁してほしい。


 お説教が終わったら海外旅行についてどこに行ったか質問された。だが詳細を聞かれてすべて誤魔化せるとは思えなかったので、悟は日本での状況についての質問にうまく話題をすり替える。


「そういえばアパートの荷物とかはどうなってます?」


「君の部屋にあった物は全部こっちで預かってる。引っ越し業者に頼んで引き取ってもらってそのままだ。とはいえ、外の物置きに押し込んだだけだけど……」


「あ、それはありがたいです。すいません」


 これは朗報だった。失踪した自分の荷物なんて処分されていると思っていた。特別大事なものはないけれど、通帳と印鑑はなんとしてでも死守したい。僅かとはいえ親の遺産が入っているのだ。


 その後いろいろ聞きたそうにしていたが、叔父が夜遅いので明日にしようと言ってくれた。客間の一室に泊めてくれるらしい。「新しい住まいが決まるまでうちで面倒見る」とまで言ってくれたのがありがたかったし嬉しかった。


「じゃあ明日仕事から帰ったらこってり絞らせてもらうからな。今日はゆっくり休みなさい」


「あ、ありがとう叔父さん。おやすみ」


「今度は勝手にいなくなるなよ」


 ニヤリと笑うと、叔父と叔母は寝室に戻っていった。悟は借りた布団を客間の床に敷いて横になる。異世界の安いせんべい布団ではなく、ふかふかした布団と温かい掛け布団だ。新品のシーツのツルツルした感触が楽しい。


 悟はあまり眠くなかった。異世界の今は昼ごろだろうか。アイツァはどうしてるだろう。ワープホールができたところで待たせていたら申し訳ないけど、アイツァなら悟のことはさほど気にせずに工房へ戻って暇潰しでもしてるのだろうか。そこそこ長い付き合いだけれども、いつも悟は迷惑かけていたから、いっそ厄介な弟子がいなくなって清々しているだろうか。


 それに改めて考えてみると、二日後に戻ると言ったとはいえ、本当に異世界に戻るべきだろうか。悟は結局こちら側の人間だ。無理して異世界に戻る必要はない。あっちの異世界は魔術とか魔物とか色々刺激的で面白かったけれど、日本に戻れたときの感動は忘れられない。布団一つとっても全然違う。やはり自分が生活するには、先進国の技術やサービスが充実した日本が一番だと思った。それに、日本に戻ったところでコンビニで日銭稼ぐしかないとはいえ、じゃあ異世界に行ったら何かできるというわけでもない。この半年は教会の掃除をする毎日だった。それなら快適に過ごせる日本に居続けた方がいいのではないか?


「一応、二日後に戻るって約束しちゃったしなぁ……」


 とりあえず2日後、日本時間に換算すると3日後の夜あたりに一度異世界に戻って、その後のことはその時に考えよう。そう自分の考えをそう後回しにして、悟は目を閉じた。森の中の探索で体が疲れていたのか、それともフカフカの布団の魔力に負けたのか、意外とあっさり眠りにつくことができた。意識が遠のいていく。


 ……明日のことは明日の自分に任せよう。

次話「お土産選び」

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