26・帰国申請
前話のあらすじ「ワープホールできたら飛行船いらなくね?」
「つまりは元の世界に帰れるかもしれないってこと?」
「そうです」
教会のお茶室……というわけではないが、いつも三人がお茶をしている倉庫部屋である。一仕事終えた二人は、話したいことがあるという悟に従って、とりあえずベアチェも交えて話そうということになってここに集まっていた。いつも通りお茶を貰う。
ベアチェが不思議そうな顔で聞く。
「サティさんが違う世界から来たというのは存じていましたが、今まで戻れなかったのでしょう? どうやって戻るのですか?」
ベアチェには悟の教育を頼む関係上、異世界人であることは話してあるが、悟が空間魔導士であることは教えていない。悟はすこし考えて上手く誤魔化す。
「やり方、言えない。でも今日の実験、可能性ある。試す、希望」
「『試す、希望』じゃなくて『試したい』と言ったほうが綺麗かもですね」
「試したい」
ベアチェ先生の国語チェックはいつも厳しい。アイツァは悟の話に疑問を覚える。
「そういえばなんで帰れるって思ったの? 今日の実験はてい……別に元の世界に戻るための実験ではなかったんでしょう?」
帝都と言いかけたアイツァが言葉に詰まった。ワープホールの存在は部外秘である。ベアチェに聞かれてはならない話も多い。
悟は念話の球を握って、まずベアチェに謝る。
「ベアチェ、アイツァと話、秘密のする。ごめんなさい」
「……そうね、サティとちょっと秘密の打ち合わせをするわ。悪いけど少し待ってて」
「わかりました、気にしないでください」
ニコリと笑うベアチェに申し訳なく思いつつアイツァに念話を送る。念話の薬はワープホールを開けるときに飲んだ物の効果がまだ残っている。
『今まで何回か元の世界にワープホール繋がらないか実験したことがあるんだけど、たぶん今日ディート師が言っていた条件が足らなかったんじゃないかと思ったんだ』
『条件って、確か直接見ることと魔力の範囲内であること、だったっけ?』
この半年でアイツァの念話のレベルも上がっている。薬なしで、しかも口語体も滑らかになった。
悟は頷きつつ続ける。
『あともう一つ、近距離であれば直接見なくてもいいこと』
アイツァは頷く。悟は考えていたことを話す。
『ずっと不思議だったんだ。なんでこの異世界に来てしまったのかって。別に元の世界で不思議な力なんて持ってなかったから、特にさ。たぶんオレが転移する直前にいた場所が、どういう理由かわからないけど、恐らくこちらの世界で最も近い場所だったんじゃないかなって。だから直接見ていなくても、近距離で魔力の範囲内だったからこちらの世界に転移してしまったんじゃないかな。なんで空間魔導を使うことができたのかまではわからないけど、でもこれならぎりぎり辻褄が合うと思うんだ』
迫る車を見て死を覚悟した直後に違う世界に移動していた。つまり命の危機に瀕して、かつ火事場の馬鹿力で空間魔導を発動させることができたら、たまたまそこがこの異世界に近い場所だったのではないか、という仮説である。色んな偶然が積み重なった奇跡の産物ではあるが、奇跡でも何でも実際異世界に飛ばされたのだから信ぴょう性はあった。
アイツァは少し考えつつ、悟に追加で細かい質問をして、それで納得したようだった。念話の球を懐にしまう。
「なるほど、わかったわ。つまり私の工房に戻ってからサティがこちらの世界に来た場所を探せばいいわけね」
「そう。アイツァ、道教えて」
「いいわ。でも工房に行くのなら、ついでにちょっと頼まれてくれない?」
「いいよ、何を?」
「ちょっと引っ越しと素材採取をね」
アイツァはいやらしい含み笑いをした。碌でもないことを考えているのだろうと悟は察したが、突っ込んだら負けである。
その後は三人で他愛もないことを話していた。実験が一度失敗しかけて心臓が止まりそうだったとか、皇帝陛下に直接お目通りして心底緊張したとか。なんとなくベアチェは皇帝の話題は嫌そうだったので、話題がだんだんディート師の無茶ぶりについての愚痴大会へとスライドしていった。
楽しく歓談していたが、長居しすぎたらしい。ベアチェがお茶のお代わりを注ごうとして、その中身が冷めていることに気付いた。
「あら、新しいお茶を淹れてきますね」
「いいえ、大丈夫よ。もう帰るわ。急に邪魔しちゃってごめんね」
「ベアチェ、帰る。少し、教会を休む」
「そうね、サティをしばらく借りるわ。教会のほうは大丈夫?」
「清掃係が一人いないくらいなら大丈夫ですよ。それにサティさんは丁寧に掃除してくれるから、しばらくはしないでも綺麗でしょうしね」
ベアチェはニコリと笑うと裏口まで見送ってくれた。悟とアイツァはディート師に用意してもらった小さめの家へと帰って行った。
翌日、外がまだ暗いうちにアイツァと二人でベーラの街を出た。二人とも水と素材入れ用の革袋以外、ほぼ荷物無しである。こんな身軽でいいのか聞いてみたら「当てはある」とニヤリと笑って返された。なにか不安である。
森へ入り、長いトンネルを抜けて、アイツァの工房へとたどり着いた。アイツァは頻繁に戻っていたらしいが、悟は実に半年ぶりである。懐かしさすら感じる。
トンネル内で見つけた耳の短いウサギみたいな獣の肉を使って昼食を取る。1階の台所みたいなところには、前ちらりと見た白いのっぺりとした人形2体がいた。相変わらず気味が悪い。
「アイツァ、それ、なに?」
「そういえば説明してなかったかもね。これただの魔像よ。家庭用に特化させてるけど、簡単な戦闘もできるから使い勝手がいいの」
事もなげにそう言った。聞いてみると、貴族や魔術師の家なんかだと人型のゴーレムが使われているのは珍しくないらしい。かなり高性能な物だと会話や実験のお手伝いもできるとのことだった。
軽い手荷物だけ用意したアイツァが意気揚々と先導する。悟が追いかける。
「サティにはちょっとお手伝いしてほしいの。ただの薬草採取なんだけど、普通にやると大変だから」
「わかった。薬草探す?」
「ううん、場所はわかってるの。まあついてきて」
数回休憩を入れて森の奥へと入って行く。途中、狼のような生き物の群れに襲われたが、アイツァが下草を燃やして火の壁を作って怯ませた後、石の散弾を数個ばら撒いたら尻尾を巻いて逃げて行った。殺して剥ぎとりしないのか聞いたら「彼らの皮や牙はそんなに高くないから手間だし、かといって死骸を放置すると他の獣が集まってきて厄介」とのことだった。なかなかシビアな話である。
半日ほど歩いただろうか、小さい池のような場所についた。周辺は緑色の苔が一面に広がっており、小さい白い花がポツポツと咲いていた。
アイツァは悟に念話の球を渡した。念話するのかなと思ったが、アイツァは球を持っていない。
「まだあの薬の効果残っているよね? ちょっとその球使ってワープホール作ってくれない?」
「わかった。これ、どこ?」
「私の工房の物置きよ。サティが最初寝てた部屋」
あの部屋ならかなり強く印象に残っている。サティは頷くと、あっさりワープホールを開いた。アイツァは喜びながら、ワープホールの中に入り、その物置きにあらかじめ用意してあった色々な機材を取り出しながら説明する。あの2体の白いゴーレムも荷物運びを手伝っていた。
「サティのワープホールは、作るのが大変だけど維持するのは簡単、って聞いた時からこれがやりたかったのよ。ここの白い花、ファリアブルーって言うんだけど、これを使って作る薬が凄い高価なのよね」
「どれくらい?」
「ビン2本で金貨1枚くらいかしら。場所によってはもっと高くなるわ」
試験管のような小さいビンを振りながらアイツァは答える。中の薬は牛乳のように白く濁っていた。ビン2本で金貨1枚ということはあの小さいビンが10本もあれば、あの羽豚1匹と同じくらいの価値があるということだ。物凄い高価だ。
ただし、とアイツァが説明を続ける。
「この花、根っこから掘ったとしても、1時間もしないで枯れちゃうのよ。だから採ったその場で製薬しないといけないんだけど、調合のための道具が凄く多くてね。普通にやったら大荷物抱えて半日も歩いてここに来なきゃいけなかったの。色んな道具持って何度も往復するのって大変なのよ? ワープホール様さまね」
嬉しそうに花を手折り、擂粉木で擂り潰しながらアイツァは言った。どうやら体の良い荷物運び要員として使われたらしい。調合の仕方を知らない悟をアイツァは顎で使いつつ、二人で薬の量産をしていた。
ふと気になって悟は聞いてみた。
「アイツァ、これどれくらいできる?」
「今はファリアブルーの時期で結構量があるから、全部作ればビン"30"本ってとこかな。売る時には希釈するから、その倍くらいに増えるけど」
ちなみに悟のだいたいの相場の感覚で言うと、金貨2枚で100万円くらいかな、と考えている。また、異世界でいう"30"は10進法だと'24'である。
……ちょっと半日歩いただけで金貨24枚以上、つまり1200万円以上ですか、そうですか。こちらの世界だと簡単に大金持ちになれそうだね。
次話「入り口探し」
※あらすじを少し変更しました。
※短編「そして少年は……」を投稿しました。2日前だったかな? 連絡し忘れしました、申し訳ありませんm(_ _)m




