25・ワープホールお披露目
前話のあらすじ「飛行船の初フライト」
「そなたがサティ=スレイ=フォーリアか。面を上げよ」
「はい、皇帝陛下さま」
跪いていた悟が顔だけあげて目の前の人物、ファルヌス皇帝陛下を正面から見上げた。
飛行船が着陸したあと、悟とアイツァは急いでディート師との待ち合わせ場所に向かった。エグランド伯爵邸の裏庭にあるボロボロの小屋の、そのさらに地下にある隠し部屋である。いかにも「何か隠しています」という感じの場所で二人が待っていると、しばらくしてディート師とお伴の護衛をつれたファルヌス皇帝がやってきたのだ。途端に緊張する悟とアイツァ。
フードを取って見上げる悟と跪くアイツァを見て、皇帝は顔をしかめた。
「……ディートよ、お主は魔に連なる者を弟子にするのが趣味なのか?」
「恐れながら陛下。魔術の探求に見た目は関係ありませんゆえに」
"魔に連なる者"や"魔族もどき"は黒髪黒目に対する蔑称である。帝国に限らず、普通の異世界人は魔族に対して嫌悪感があるため、見た目が似ている黒髪黒目は風当たりが強い。皇帝であろうとも変わらない。
アイツァが緊張していたのはこのためだろう、と悟は推測する。権力者の前で被差別民である自分はほんの些細な理由でも処刑されかねない。自然と悟の緊張して唾を飲んだ。
ファルヌス皇帝は、フンと鼻を鳴らした。
「まあよい、ではさっさと実験とやらを始めよ」
「はっ……サティよ、これを」
ディート師が悟に、ピンク色の薬と念話のための球を手渡した。久しぶりの念話セットである。
「アイツァよ、手順は伝えてあるか?」
「はい、滞りなく。しかし実験自体はまだ未知数で……」
「よい、それは知っている」
不安そうなアイツァをディート師は軽くあしらった。悟はピンクの薬を一気に飲む。
今回の実験は、帝都とベーラの街を繋ぐワープホールを繋ごうという試みである。もちろん異世界においても世紀の大実験だ。
魔術は自分の魔力の届く範囲にしか効果がない。悟の空間をつなぐ魔導でも同じである。半年間何度も練習したのだが、それでも魔術師見習い程度の実力しかない悟は、せいぜい10メートルくらいの距離にしかワープホールを設置できなかった。馬車で10日、飛行船での直線距離でも1日強もかかる帝都まで繋ぐワープホールを繋ぐなんて到底無理な話だった。
そこでディート師は、ワープホールを作るのに大量の魔力を消費しても、それを長時間維持するのは悟が簡単に行っているところに着目したのだ。開かずの間に入るときワープホールについて様々な質問をしていたのはこのためらしい。つまり念話の球を起点にして波形操作魔術を使い、帝都とこの隠し倉庫を繋いで、ワープホールを繋げよう、という実験が一つ。そしてもう一つは、繋がったワープホールを、悟以外の別の物で維持することができるかという実験も兼ねている。
悟は隠し部屋の中央に置かれた巨大な石板の塊の前に立った。複雑な模様の描かれた3畳くらいの大きさの石板が床に置かれており、その正面にも似たような石板が直立して置かれていた。なんとなく巨大なノートパソコンを彷彿とさせる。この巨大な石板が、悟からワープホールの制御を代わりに受け持ち、そしてワープホールを維持するために魔力を供給しつづける仕組みとのことだった。
「行います」
悟が小さく呟くと、目を閉じて意識を集中させる。皇帝陛下の前で失敗はできればしたくない。念話は何度も行ったことがあるため、それを通じさせるイメージを強くもつ。とても遠くの方で何かが指先に当たるような感触。これが帝都側のワープホールの出口だろう。次はそことここを繋ぐようにワープホールを設置するイメージ。目の前に出口の光景が見えるイメージを持とうとして失敗する。とにかく何でもいいからワープホール開けと目をきつく閉じる。魔導が発動する感覚。ゆっくり目を開ける。
「……ふむ、失敗じゃな」
石板の裏側と繋がっただけのワープホールが目の前にあった。背筋が凍る。皇帝の前で失敗してしまった。自分はもしかしたら処刑されるんじゃないか、と思うと振り向くこともできない。ディート師が珍しそうに近づいてきたので、再起動した悟が必死に言い訳する。
「念話、成功した。でも、印象、出口、わからなかった。繋がらない」
こういうとき言葉が足りないと苦労する。皇帝陛下に直接意見を言えるのはこの場ではディート師だけだ。アイツァは顔を伏せているが、真っ青になっているだろう。
ただディート師は事もなげに「まあ失敗すると思っていた」と答えた。ファルヌス皇帝に向きなおる。
「陛下、帝都城内への直接ワープホールを繋ぐことはできませんでした。しかしこれは予想通りでしてな。次の実験に移りたいと思いますが、よろしいですかな?」
「許す。しかしなぜ失敗したのかわかるのか?」
「推測ですが、恐らくは」
ディート師は胸に手を当てて軽く頭を下げると、先程とは違う念話の球を懐から取り出し、悟に手渡す。
「次はこちらの球でやってみなさい。こちらは城内ではなく、私の屋敷だ。ずっと前だが、客間に通したことがあるだろう? そこを想像するのだ」
「はい、わかった」
悟は同じように目をつぶってディート師の屋敷を思い出す。今度は失敗するわけにいかない。ディート師と初めて会って、少し話と食事をしたら速効連れ出されたあの部屋。そこにワープホールがポカリと口を開けるイメージを強く持つ。
すると今度は何かが遠くで繋がる感触があった。その感触に抵抗しないように気を付けて空間を繋げるイメージをする。体の中からごっそり力が抜ける感じがした。成功だ。
「おお」
「ふむ、やはりな」
皇帝と師匠の声があがる。目を開けるとそこには、石板の中央にあいた丸いワープホールと、その先に、少し薄暗いが昔訪れた記憶のある部屋が見えた。悟は安堵のため息をつく。
ディート師は何事か頷きながら、ファルヌス皇帝に説明を始める。
「この手の特殊な魔導に限らず、魔術の発動には明確な心象を持つのが重要なのでございます。そして本来設置したかった城内の隠し部屋は、この弟子は見たことがなく、そして屋敷の客間は以前訪れたことがあり、その記憶が残っておった。つまりワープホールの設置は、この弟子の魔力が届くことと実際見たことがあることが条件なのではないか、と推測されます」
「なるほどな。報告書通りの結果となったわけだ。さすが慧眼だな」
「もったいなきお言葉」
ディート師が頭を下げて言葉を続ける。
「ただ、彼の魔導は有用性は高いのですが、未知数な部分が多くあります。例えば開かずの間の扉について、彼は部屋の内部を見ることなくワープホールを開けたことがあります。もっと違う条件があるのか、そして魔導の解析ができるのかはまだ不透明です。私どもの間で彼を保護したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「いや、これは帝国側で保護してやろう。国で管理すべき重要な魔導のはずだ。違うか?」
恭しく頭を下げていたディート師の眉がピクリと動いた気がした。だが口調を変えずに淡々と答えた。
「……お言葉ですが、彼はご覧の通り魔族もどきでございます。帝国としての保護は有用ではありますが、保護したがために様々な方面から横やりが入るのではないかと愚考します。それに対して、私の弟子はこのように黒髪黒目であることは周知であります」
そう言うとアイツァを手で指し示した。彼女の綺麗な黒髪がビクリと動いた。
「故に、私の孫弟子にあたるサティを保護するのは私めが妥当ではないかと思われます。魔導の研究が進みましたならば隠さず報告しますので、ご容赦のほどを……」
皇帝は少し考える素振りを見せると、何かを納得した様子を見せた。
「……仕方ないな。だが落ち着いたらこの者を帝国全土を巡らす。それは良いな?」
「はっ」
ディート師は深く頷く。アイツァも頭を下げたので悟もそれに釣られて頭を下げた。
皇帝陛下が隠し部屋からお伴を連れて出て行くと、ディート師がここと屋敷の客間が繋がったワープホールをアイツァと一緒に色々調べていた。なんらかの魔術具を放り込んで安全を確かめたり、出口と入り口にある石板の状態を確認したり、ワープホールが閉じないかを確認したりした。
「2,3日様子を見てからではないと判断できぬが、まあ概ね成功であろう」
ある程度確認して満足したのか、ディート師は頷いた。それを見て悟が話しかける。
「ディート師、やりたいことある。アイツァと外出ていい?」
「構わぬが、3日後には飛行船が出る。それまでには一度戻って来なさい」
「わかった」
「師匠、あの……」
アイツァが言いづらそうに言い淀んだ。ディート師は苦虫を潰したような顔をする。
「……わかっておる。今回は私が軽率だった。十分注意してくれ」
「……はい」
そう言うとディート師は次に悟を見た。
「サティよ、あまり皇帝に近づかない方が良いかもしれない。それだけは覚えておきなさい……今日はもう疲れただろう、宿に戻りなさい」
そう言うとディート師は階段を上っていった。悟とアイツァも後に続く。
外は夕刻が近づいていた。
次話「日本に帰ろう」




