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異世界旅行記 ~異文化交流って大変だね~  作者: えろいむえっさいむ
2章【現代日本における異世界人及び文化の受け入れに関する問題点】
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24・飛行船のお披露目

前話のあらすじ「行きは10日、帰りは3日、そして半年後」

「ということはディート様の実験は飛行船が着いてから?」


「ええ、師匠がいらっしゃったらすぐ始めると思うわ。これでやっと肩の荷が降りそうで助かったわよ。巨大な石板をいくつも馬車で運ぶとか、さすがの師匠相手でも文句言ってやったわ」


「それは大変でしたね」


 クスクス笑うベリチェ女神官とアイツァの楽しそうな世間話を横で聞きながら、悟は紅茶をずずっと飲んでいた。


 ベリチェは、悟の指と肩を治癒の奇跡で治してくれた女神官である。金髪碧眼のテンプレのような美少女だ。治癒の奇跡が使える者は珍しいうえに有用なので、貴族のお抱えか教会の神官になるというのが鉄板らしい。ちなみに治癒の奇跡は魔導の一種であり、ディート師は身体操作魔術の一種と位置付けていた。ただ魔導にしては使える者の数は多いが、未だに原理は解明されていないため治癒魔術というのはないらしい。


 忙しいディート師が悟の語学勉強の教師につけてくれたのがベリチェである。何らかの繋がりがあるらしく、きちんと悟に言葉を教えてくれた。最初のうちは黒髪黒目の悟を警戒していたが、半年も付き合っていればある程度気心も知れた関係になれた。悟より、歳が近いアイツァとは特に仲良くなっているようだった。


「人に秘密に設置したいとかいって、たった二人の弟子に教会の長椅子より重い物を何個も運ばせるとか、さすがに酷いと思わない?」


「アイツァは運ぶ、手伝わない。アイツァがより、酷い」


「サティは男でしかも私の弟子でしょ? 私に力仕事をやらせようとする方が間違いなの」


 ディート師の弟子の扱い方が酷いと言いつつ、自分の扱いもだいぶ酷いじゃないか、と悟は睨んだ。だが賢明にもそこには突っ込まない。一言反論すると3倍で返されるのを知っているからだ。クスクス笑うベアチェ。


 悟は半年の間でだいぶ異世界の言葉を覚えてきた。ベアチェの教育のおかげである。日本の学校教育に慣れ親しんでいるからか、話し言葉は半端でも、異世界語の書き取りと聞きとりはかなりできるようになっていた。発音に関しては相変わらず「なんか違和感があって変」と言われているけれど。


 現在3人がいる場所は教会の小部屋である。怪我を治療してもらった部屋の隣にある物置きを3人がかりで綺麗に整えた部屋だ。悟の教育もいつもこの部屋で行われる。


「それより、飛行船、いつ?」


「飛行船のお披露目ってこと? ええと、たしか3日前に師匠が向かってあっちで準備するとか言ってたから……」


「私は今日の"2間"に出発と聞いていますよ、アイツァさん。こちらには明日か、その次の日に到着されるとの予定です」


 飛行船の運航など初めてなので到着予定日が確定できないらしい。あやふやな到着予定でベーラの街側も出迎えの準備が大変とのことだった。ちなみに"2間"

は日の入りからお昼までの午前中のことである。


 ガリム砦で見つかった飛行船は帝都に持っていかれ、そこで改修作業をしていた。飛行船の全体的な補修や整備は順調だったものの、肝心の失われた魔術の部分の解明が難航していた。悟は、恐らく電気分解により発生した水素を使っているのではないか、と予想したのまではよかったが、その電気と水の電気分解の説明が難しく、ディート師も電気の概念が理解できなかったため、魔術が発動しなかったのだ。結局、悟がなんとかイメージして電気分解の魔術を起動し、それを横から凝視していたディート師が覚えて、無理やりイメージを作って魔術をゴリ押し発動するという方法で飛行船を浮かべるという方式をとることになった。なんとも力技である。


「お披露目の準備が忙しくて、最近ディート様はいらっしゃってませんでしたからね」


「1週間ごとに帝都とベーラを往復してた今までの方がおかしいんだけどね……」


「ディート師は研究が好き、大きい。彼は変」


「サティさん、『好き、大きい』ではなく『とても好き』もしくは『好き過ぎる』と言ったほうが正しいですよ」


「研究がとても好き」


「はい、そうですね」


 ……変というところは否定しないのか。まあわかるけど。


 ベリチェがニッコリとほほ笑む。非常に可愛い。最初はとても堅苦しい態度だったが、今では普通に接してくれる数少ない友人である。ただとても残念なことに、彼女にはすでに婚約者がいるらしい。やはり美少女には彼氏がいるのか、と悟は落ち込むよりむしろすっきりと納得していた。


 アイツァは紅茶を飲み干すと「今日はもう帰るね」と切り出した。ベアチェが見送るために立ちあがる。


「わかりました、また来てくださいねアイツァさん」


「ええ、ベアチェもこの不肖の弟子をよろしくね」


「アイツァ、さようなら」


「ではサティさんは引き続き清掃をお願いしますね。私もお仕事に戻ります」


 そう言うと三人は別れた。悟は部屋の隅に置いてあった空の手桶と雑巾を取る。


 この半年の間、悟がやっていたのは教会の下働きである。本来成人男子のする仕事ではないのだが、黒髪黒目で言葉が通じず、ときどきディート師によって駆り出されて急に休暇を取る必要があり、特別な特技がない悟を受け入れてくれる場所など教会しかなかったのである。そもそもディート師の口添えと寄付がなかったら教会すら受け入れ拒否されていたのだ。魔導や異世界人であることは当然秘密である。「魔術の暴発で記憶を失ったディートの弟子」という立場でなんとか受け入れてもらっている形だ。


 外の井戸で水を汲み、悟は今日の予定を決める。まず掃除をして、暗くなってきたら台所の隅で野菜の皮むき、食事が終わったら皿洗いとゴミ捨て。面白味のない雑用だらけでため息をつく。


 空間魔導士、三上悟の半年は、だいたい掃除ばかりの地味な毎日であった。





 その日は午後から大騒ぎだった。


 いつも通り異世界語の勉強を受け、お昼御飯をいただいてから掃除をしていた悟は、急に飛び込んできたアイツァに呼ばれて外に連れ出された。


 ベーラの街の中央広場に出ると、大勢の人が西側の空を指差してなにやら騒いでいた。悟も釣られて西の空を見ると、そこには豆のような物体が空を飛んでこちらに向かってきていた。


 もちろん、飛行船である。


 悟はちゃんと飛べてよかったなーという軽い感想だったが、異世界の人たちにとっては衝撃的な光景だったようだ。魔獣以外の何かが空を飛んできているのである。事前に空を飛ぶ何かを貴族様が回収していたとは聞いていたが、実物を見るとまた驚きである。あれの中に人が乗って操作しているなんて知らされていても信じられなかった。大人や老人は呆然と飛行船を眺めており、子どもたちは嬉しそうに西門に向って走って行った。


 アイツァが珍しく興奮した様子だった。だが表情を引き締めると悟に言った。


「飛行船はどうやら問題なく航行できたようね。私たちは予定通り伯爵様のお屋敷に向かいましょう」


「OK。しかしアイツァ、飛行船、見る?」


「見に行きたいけど仕方ないわ。この後ディート師と例の実験だもの」


 「ホントは見に行きたいけど」と顔に書いてあるアイツァだったが、弟子としての使命感が上回ったらしい。悟は苦笑して提案する。


「ディート師、飛行船、降りるの大変。その後、予定ある。少し見るのできる?」


「……そうね、エグランド伯爵様とのご挨拶や、この時間なら遅い昼食会もされるだろうし、ちょっと時間あるわね……」


 少し悩むように顎に手を当てると、ちらりと悟を見た。


「……サティは飛行船の着陸するとこ見たい?」


「見たい」


「じゃあ仕方ないわね、見に行きましょうか」


 そう言うと、仕方なさそうに肩をすくめながら、ニヤケ顔でアイツァが答えた。そして「急ぐわよ」と悟を急かしながら西門の方へ向かう。悟はやれやれとため息をつきながら彼女についていった。






 西門の外にはすでに人だかりができていた。門番たちだけでなく、たくさんの衛兵たちが前に出過ぎないように押しとどめている。どこぞのパレードのようだが熱気が違った。みんな空を見上げて興奮している。


 最初は豆粒のようだった飛行船がどんどん近づいて大きくなってくる。そして見学している人々のほぼ真上に来ると、空中でその場で止まった。どよめく群衆。なにやら微調整しながら降下してくる飛行船を、落下していると勘違いした何人かが急いで逃げる姿が見えた。


 西門の少し先に飛行船の発着場がある。発着場といっても、管理小屋らしき小さな小屋と平らにならされた地面、あと目印代わりの十字の印が大きく記されているだけの簡単なものだ。悟の知っているヘリポートの図案をディート師に伝えて再現してもらったものだ。地面がむき出しで思っていたものよりだいぶみすぼらしい発着場だが、使えれば問題ないだろう。


 飛行船の影がどんどん大きくなり、ついに地面に着陸すると歓声があがった。着陸自体は静かだったが、ヘリコプターの着陸のように強い風が周囲に吹き荒んでいた。おそらく操縦するために使っている風の魔術の影響だろう。土埃が舞って目を覆う人が多数出た。衛兵たちも大変そうだし、管理小屋も一瞬で真っ白になった。発着場の要改善点かもしれない。


 風が収まってしばらくすると、飛行船のデッキの扉の下に階段を置く人がいた。扉が開く。すると中から数人の近衛兵士が出て周囲を護衛し、その後やたらゴージャスなマントを羽織ったいかにも偉そうな人が軽く手を振りながら階段を下りてきた。


 ファルヌス=ヴェント=ラオグルム皇帝陛下である。

次話「悟の魔導実験」


ちょっと早すぎるかなと悩んだのですが、ここから第2章とします。章名でネタバレしてますね、知ったこっちゃないです。

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