22・帝都観光
前話のあらすじ「師匠に泣きつくために帝都へ急行」
帝都ラオグルム。帝国の中心部であり、大陸の中央からわける長大な山脈の北西側全域を実質的に支配する巨大な都である。元々武力で支配地域を増やしていたため、都のあちこちに軍備や防備の名残がちらほらあり、戦争のない平和な時代にもかかわらず軍隊の質は高い。では血と鉄錆の臭いのする都なのかというとそうでもない。帝都の北側半分を占める貴族街は広く、優雅で、洗練された整備されており、その景観は内側でも、また外側から見下ろしても美しい。帝国の力と富の象徴が一目でわかる都、それが帝都ラオグルムである。
と、帝都につく直前に例のピンクの薬を飲まされた悟は、アイツァに説明を受けた。まるで観光ガイドのような立て板に水を流すような説明である。「アイツァに観光ガイドしてもらったら楽しそうだ」と告げると「そんな暇ないだろうけどね」と苦笑された。
護衛していた商人さん達に「また是非護衛してほしい」と頼まれるのをアイツァは「また機会があったら」と社交辞令を返しつつ、フードを目深に被り直して歩き出す。帝都の大通りは道も建物も整然と整っており、ベーラの街のような雑然とした感じがしない。日当たりが石畳に反射して少し眩しい。水の流れる小さな噴水のような上水道に精緻な彫刻がされている。不快な悪臭がしないということは下水道も完備してあるのだろうか、凄く文明レベルが高い気がする。
二人は北の貴族街に向かう。途中、衛兵やら何やらで何度か揉めたが、街の入り口で貰っていた手紙を見せると渋々通してもらえた。貴族街に入る。先程の下町もかなり綺麗だったが、貴族街はさらに凄かった。広くてどこまでも手入れされている街路樹と芝の庭に、汚れ一つない大通りや大きな屋敷の数々。そんなところを歩くフードを被った黒いコートの二人組。どう見ても場違いであるが、アイツァは気にせずすたすた歩いて行く。そしてとある大きな屋敷へとたどり着いた。
屋敷は、よく言えば歴史を感じる、悪く言えば古ぼけた屋敷だった。この家も二人と同じく、周囲からちょっと浮いている。玄関でノック用の金属輪で扉をたたき、中から出てきた老執事の方に手紙を見せ、そしてアイツァはフードを取って見せた。執事さんは何か頷くと、中の客室へと案内してくれた。
客室もさすがに立派だった。ふかふかのソファーに満足しつつ、悟はちょっと緊張しながら座った。アイツァもその隣に座る。
『先程の執事が師匠に言伝してくれるとのこと。ここでしばし待つなり』
『わかった。待ってる間に観光を、ってわけにもいかないよね?』
『我が師は多忙なお方ゆえ、こちらが待つべきであろう』
というと、自前の水袋から水を少し飲んでいた。黒髪は客人でも歓迎されないのか、お茶もお茶菓子も用意してもらえなかったが、アイツァはその方が気楽そうだったので何も言わなかった。
だいぶ待たされて、そろそろ空腹が辛くなってきたときに客室の扉が開いた。そこには見事な白髪と白髭を蓄えたご老人がいた。アイツァが嬉しそうな顔で立ちあがって挨拶していた。見よう見まねで悟も形だけ挨拶する。
老人は何とも言えない容姿をしていた。少し金色の混じった白髪白髭の老人で、パッと見いかにも魔法使いなのだが、目の前の老人の体はだいぶ逞しかった。顔は好々爺としたお爺さんなのに、妙に若々しい。アイツァのものに似たローブを羽織っており、見た目は魔法使い、ただし肉弾戦も得意、という感じである。
老人はゆったりとした動作で悟たちの前に座ると、少し思案した顔をした。そして事もなげに念話で悟に話しかけてきた。
『こんにちわ、異界から来るものよ。私の名前はディート=スフィ=ラオグルムと申す。この不肖の弟子の師匠だ』
『あれ、なんで念話が……?』
『それはだね』
と言うとディート師は優しそうな顔のままギロリとアイツァを見るという器用なことをした。アイツァが強張る。
『この念話というのは波形操作魔法の一種で、相手の魔力との同調さえできれば本来薬なぞいらんのさ。だがこの不肖の弟子は、昔から直接的な攻撃力や制圧力のある魔術にしか興味の薄い未熟者でな。薬の補助がないと念話できないんだよ』
『いや、我が師よ。薬による補助はともかく、魔術具なしで念話可能なのは師くらいで……』
『言い訳をするな、見苦しいぞアイツァ』
ピシリと言い切るディート師と緊張で顔がひきつるアイツァ。ゴーレムやら熊の魔獣やらをあっさり倒すアイツァが未熟者とは、見た目と違ってこの師匠だいぶ厳しいお方のようである。なぜか悟も緊張してくる。
悟は「異世界では三上悟って言いますが、こちらではサティ=スレイ、なんとかって名乗ってます」とうろ覚えの自分の仮称を伝えてディート師に苦笑された。アイツァが慌てて「サティ=スレイ=フォーリアです」と訂正してくれる。「まったく弟子の教育もなっていないじゃないか、だからお前は……」とお説教モードに入ったディート師とそれを項垂れて聞いているアイツァ。いつも自信満々に見えるアイツァを見ていたので少し不思議な気分になる。自分の失敗のせいで怒られてるのが申し訳なかった。
一通り説教を終えて満足したのか、ディート師はとんでもないことを言ってくる。
『さて、君の魔導についても、手紙に書いてあった例のひこーせんとやらも気になるが、どちらも直接見た方がいいだろうな。すでに馬車は用意してある。昼食を食べたらすぐにベーラに向かおう』
『え、も、もうベーラの街に向かうんですか? 早すぎません?』
『事は緊急を要すると手紙に書かれておったし、内容も考えると急ぐ必要があると思って準備しておいたのだ。安心しなさい、私の馬車は早いぞ。自慢の馬車だ』
いや、そうじゃなくてさっき帝都に着いたばかりなのですが、という反論を思わず言いそびれる。段取りが良すぎる。アイツァが観光する暇なんてないと言っていたのがわかった。観光どころか帝都を歩き回る時間すらなさそうだった。
昼食はそのまま客室で用意してもらってディート師も一緒に食べた。食事自体はゆっくり味あわせてもらえた。少し味付けが薄く感じたが、今までの安宿の料理や干し肉なんかの保存食に比べたら月とスッポンであった。感動しながら全部平らげる。食事が終わると「ではさっそく向かおうか」とディート師がさっさと外へ出て行く。慌てて追いかける。アイツァは食事中も今も、ディート師に異世界語で何やらいろいろ楽しそうに談義をしていた。師匠を尊敬しているというのは事実のようで、なかなか楽しそうに見えた。これが魔術師の師弟かと思った。
外に出ると馬車が一台待っていた。見た目はちょっと高級そうな普通の馬車だったが、馬と車輪が通常のものよりだいぶゴツかった。特に馬は、あれは魔獣の類じゃないだろうか、体格が普通のものより5割増しで大きく、角が生えててやたら顔が怖かった。街中で見かける馬は、地球にあるのに良く似た見た目だったので、これはディート師の特注なんだろうか。
3人が馬車に乗ると、ディート師はさっさと馬車を発進させてしまった。本気ですぐさまベーラの街に向かうようである。つい半日ほど前に見た門をくぐって平原へと出た。スピードがかなり早い、地球での乗用車くらいの速さがあった。
5日もかけてやってきた帝都の滞在時間はわずか半日未満、まさかのとんぼ返りであった。
次話「超速とんぼ帰り」




