20・危険なお宝ともっと危険な弟子
前話のあらすじ「実は強いアイツァちゃんと美味しいとこだけ持ってく悟」
アイツァは呆然としていた。尻持ちをつく。魔術の制御を失って水の塊が床に落ちて水たまりになる。
師匠としての威厳を見せたくて、色々な魔術を使って魔像を鮮やかに転ばせたところまでは良かった。
しかし頭が取れて倒したと思った魔像が、再び動き出したときにアイツァは心臓が止まりそうなほど驚いた。
巨大な魔像の腕がサティに迫ってきたので、咄嗟に彼の前に出て水の魔術で受け流そうとしたが姿勢が崩れている状態からの一撃ならともかく、真正面からの魔像の一撃を受け止められるはずがない。
死ななくとも骨の数本は覚悟していた。
しかし、急に眼の前に現れた空間の穴、サティはわーぷほーると呼んでいたそれがアイツァを庇うような位置に現れると、魔像の腕が目の前から消えて背後から轟音が響いた。
何が起こったか一瞬わからなかったが、どうやら助かったらしいことがわかった途端に腰が抜けてしまった。立ち上がれない。
わーぷほーるが閉じてゴーレムの上半身と下半身を真っ二つにした。そして背後からパタリと軽い音がする。
振り向くとサティが気絶していた。恐らく魔導の使い過ぎなのだろう、とそこまで考えて慌ててアイツァは風の魔術を発動して立てない体を無理やり動かしてその場を飛び退く。
サティの体を支えるように抱えて一気に離脱する。頭が取れてもなお動いていた魔像だ、真っ二つになっても動くかもしれない。
少し遠くの柱の影に離れて様子を窺う。だが、どうやら杞憂だったらしい。
最初は死にかけの蟲のように魔像の上半身と下半身が動いていたが、すぐに動きを止めた。辺りが急に静かになる。
自分の心臓の音だけを聞きながらどれくらいたっただろうか、さすがにもう大丈夫だと思うと、警戒していた意識を脱力させた。なにか物凄く疲れた。
抜けていた腰が元に戻ったので、開かずの間の中で野営の準備を始めた。
サティが気絶から起きるまで開かずの間から出ることも、そしてまだゴーレムがいるかもしれないこの部屋の中を探索することもできなかった。
せめて温かいスープでも飲んで落ち着こう、そう考えたアイツァだが、飲み水はさっき床にぶちまけてしまっていた。諦めてため息をつく。
それにしても、アイツァはサティについて考えた、彼の魔導は思っていた以上に問題だ。有用性が高すぎる、と真っ二つになったゴーレムを見ながら考える。
魔術の強弱や物質の硬度関係なく切断する魔導というだけでも十分すぎるほど強力だというのに、まさか空間すらも切断して別の場所に繋げることができる、というのは明らかにまずい。
切断の魔導なら、魔術回路を解明したところでその技術を隠匿しつつ、一部の人間にだけ高額で売ればいいとだけ考えていたが、空間の移動というのは他の誰にも一切公表できない。
世の中の常識の大半が壊れてしまう。城壁をあっさり通り抜ける部隊がいたら、どれだけ戦争において有利になるというのだろうか。
金庫の中の金貨を外から直接盗めてしまえば、どれだけ世間が混乱するか。それにもし、アイツァは身震いをする、あのわーぷほーるを長距離ある場所を繋ぐことができてしまったら。
帝国どころか大陸中を巻き込んだ大問題に発展しかねない。いくらなんでもアイツァの身に余る。
……早急に師匠に相談しないとダメかも。
アイツァは今後の予定を大幅に修正しながらサティが目覚めるのを待つ。悩み事が大きすぎていくらでも待てそうだ、と皮肉げに苦笑した。
「……おはよう」
「おはよう」
サティが目覚めると、慣れない異世界語で挨拶してきた。あらかじめ拾っておいた念話の球……だいぶ遠くに転がっていて見つけるのに苦労した……をサティに渡す。
『また気絶していたみたいです。ごめんなさい』
『謝る必要はないです。助かりましたよ』
『ゴーレムは? 倒した?』
『ええ、あっちで真っ二つになって転がってます。見てきますか?』
サティは「別にいいです」と大きく背伸びをする。と同時にお腹の辺りを押さえる。
やはり魔像に吹き飛ばされたとき骨でも折れたのかもしれない。アイツァは回復の薬をサティに渡す。
『これは回復の薬です。と言っても治癒の奇跡ほど効果はないですが、飲めば多少は楽になるはずですよ。ついでに魔力も回復します』
「ありがとう」
使える公国語は積極的に使おうとするサティに好感を覚えるが、まだ発音がだいぶ怪しい。
サティの魔導がとんでもない代物と分かった以上、会話手段の確保は重要だった。いつまでも念話ばかりに頼るわけにはいかない。
回復薬を飲むとサティは立ちあがって体の調子を見ていた。体を捻るとまだ痛そうだったが「もう大丈夫」と念話で言ってきたのでアイツァも立ち上がる。
あまりゆっくりしていられない。飲み水がない以上、さっと探索して中身を確認する必要がある。
そのことを説明すると、サティは「OK」と公国語で返すと、二人で慎重に奥にある巨大な影の元に進む。
部屋の奥にある物はなんらかの巨大な魔術具だと思われるが、暗くて遠目ではわからない。さっきの魔像のさらに巨大な奴だったらどうしよう、とアイツァは悩んだ。
魔像との戦闘が怖いわけではなく、単に魔像はありふれており価値が低いからだ。魔像は高価とはいえ一般人でも入手可能な代物であり、どんなに巨大であろうとわざわざ発掘するほどの価値はない。
だからこそ先程の魔像は遠慮なく壊してしまったのだ。せめて昔の特殊な広域魔術用の魔術具や魔族用の兵装なんかだったらいいんだけど、とアイツァは皮算用をする。
近づくとそれはとても不格好な代物だった。先程の魔像ですら持ちあげられなさそうなほど巨大な豆から短い刃物が飛び出ているような外見で、豆の下にはガラス付きの籠のようなものがへばり付いていた。
あまりに巨大であるためどういう風に動かすのか、そしてどういう風に動くのか見当もつかない。それともなんらかの巨大魔術を発動させるための媒介だろうか、とアイツァは首を捻る。
隣でサティが「飛行機?」と念話で呟くのが聞こえたので「知っているのか?」と質問してみる。
『あ、いや、これは飛行船かな? オレの方の世界でこれに似たのがあったから。違うかもしれないけど』
『ひこーせんとはなんですか? これは異世界の道具なの?』
『それはわからないけど、飛行船ってのはこんな感じのもの』
そういうとサティはアイツァに直接ひこーせんの心象を送ってくる。どうやらサティはこの短い期間に念話を使いこなすようになって、映像も送れるようになったらしい。そしてその映像を見て驚愕する。
白くて細長い羽の生えた鉄の塊が空を飛ぶ。鉄の塊の中に大量の人の姿。サティの「あ、これは飛行機で、飛行船はこっち」という言葉とともに、先ほどとは違う物が心象として映る。
目の前にある魔術具に似た形の丸いひこーせんとやらが平らな灰色の大地の上に置いてある。そしてそれがふわりと空中に浮く。
中には人影、こちらも人を乗せたまま空を飛べるらしい。なんだこれは。
アイツァはあまりに常識はずれな光景に口をあんぐりと開けていた。
こんなものが異世界にあるのか、と思うと同時に、目の前にあるこのひこーせんとやらも空を飛ぶのか、と愕然とする。
もし本当に飛ぶことができたら、これは凄い発見である。人が乗せられるということは荷物だって載せられるだろう。大量の人と荷物を載せて空を飛び移動するひこーせん。
サティの魔導もとんでもないが、これもまたとんでもない代物だ、とアイツァは静かに驚愕する。空を飛ぶ乗り物などアイツァは聞いたことがない。
人魔大戦でこれが導入されていたら人族は間違いなく負けていただろう。開かずの間に大事にしまってある理由がわかった。これもまた本当にまずい。
……サティのことを後回しにしようとしたらさらに問題が増えてしまった。師匠助けて!
アイツァは頭を抱えながら心の中で絶叫した。
次話「師匠と連絡しよう」




