魔女は純愛中 四
エリザベスは無事に父伯爵のもとに戻り、誘拐と伯爵宅の放火未遂の罪で、アレクススは王都へ連行されることになった。
その護送中、アレクススはぽつりぽつりと呟いた。
「どうして、リゼリアの魔法が解けた瞬間に彼女を殺さなかったのかって。それはね」
憔悴しきった様子で、アレクススは独り言を続ける。
「ぼくが見つけた日記には、毎日のようにリゼリアの名が記されていたんだ。花祭りで一緒に踊ったこと、ぼくの誕生日にケーキを焼いてくれたこと、眠れない夜に共に星空を眺めたこと。彼女と過ごした五年間、ぼくは、満ち足りた日々を送っていたんだ。記憶にはないが、きっととても、幸せだったのだろう」
そこで、アレクススは息を吸った。
リゼリアとの日々を懐かしむように目を細め、彼方をみやる。
「三年前、ぼくは偶然『解除の言葉』を口にした。記憶がない今となっては定かではないけれど、たぶんそれは魔法の解除のためではなく、」
心からの言葉――だったのではないだろうか。
もう、思い出せないけれど。
リゼリアとロキは、船着き場のベンチに並んで腰掛けて海を見ていた。
「転移の能力にはリスクがある。使うたびに体内に毒素として蓄積され、オレ自身の成長を阻害するんだ。家族を養う金を貯めようと力を乱用しすぎたオレは、十三のこの姿で止まってしまった。くわえて、オレの体は他の魔法を無効化する。だから朱眼も効かなかったんだ。成長しない体と魔法の効かない体は不老不死という信憑性を強め、結果、『奇石』という噂だけがひとり歩きした」
ロキの……兄イクタスの言葉を、リゼリアは黙って聞いていた。
告白であり、謝罪であり、懺悔のような言葉を。
「故郷の、ジェノマには戻られたのですか?」
「あぁ、つい最近やっと。家族を養えるだけの十分な金を手に意気揚々と向かったっていうのに、父も母も妹も死んだと聞かされた。その瞬間、金に執着し、力を使ってきた自分がひどくむなしく思えた。出稼ぎなんかせずに、ずっと家族の傍にいれば良かったと後悔した」
一度言葉を切ったあと、ロキは続けた。
「いくら金を積んでも、過ぎた時間は戻らない。おれも――おまえも」
潮騒が、ふたりをやさしく包みこむ。
リゼリアは落ち着きなく黒髪を撫でながら、兄の言葉を待った。
「だけどあるとき、噂を聞いた。死んだはずの妹が生きているらしい、と。最初は信じられなかったけど、噂を頼りに王国内を探した。その途中で『奇石』を狙う集団に拉致されて、あとは、知ってのとおりだ」
「……にぃさまは、すぐにわかったんですか。私が妹のイアンナだと。だから三日間行動を共にしたのですか?」
「あぁ、それは」
ロキは鼻先を掻いた。恥ずかしいときの癖なのだとリゼリアもわかってきた。
「一目見てすぐに。と、云いたいところだけど確信はなかった。三日間様子を見たけど、別れたときはあまりに幼くて面影すらない。母に似てる顔立ちや、目や髪の色、ジェノマという村の名を聞いて、一か八か、呼んでみたんだ」
(なんですって)
そんないい加減な気持ちだったのかと急に腹立たしくなった。
名前を呼ばれて、死ぬほど嬉しかったのに。
「ではもし、人違いだったらどうしたんですか? ものすごーく、格好悪いですよ」
非難めいた声に、ロキは自信たっぷりに答えた。
「正直云うと、違ってもいいと思った。だってさ、兄とか妹とか関係なく、ずっとおまえと一緒にいたいと思っていたんだから」
目を合わせてくる。また、あの笑顔だ。
「こんな危なっかしいやつ、放っておけないだろ」
リゼリアは真っ赤になってうつむいた。
嬉しくて、恥ずかしくて、まるで『魔女狩り』の炎に体を焼かれているようだ。事実、自分が生き延びたことに、ずっと罪悪感を抱いていた。だけどいまこの身を包むのは、あたたかく優しい炎だ。
「よし、そろそろ行くか」
突然立ち上がった兄の姿に、リゼリアは体を強張らせた。
「どちらへ? 元のところに、戻られるのですか」
(また、離れ離れに……)
「いや」
自信たっぷりの表情を浮かべ、ロキはきっぱりと首を振る。
「教会に戻っても利用されるだけだし、このまま隣国へ逃げよう。もちろん、ふたりで」
そう云って伸ばされた手。すこし驚いたものの、リゼリアの答えはもちろん決まっていた。強く頷き、手に手をとってベンチから立ち上がる。
「ちょっとー、駆け落ちなんてひどいですー、わたしも地の果てまでご一緒しますー」
ふたりに気を利かせて離れていたはずのメルルが、逃げると聞いて駆け寄ってきた。あの後、無事に解放されたがずいぶん心細い思いをしたらしい。
リゼリアの腕にぎゅっと抱きつく。
「もちろんよ、メルル。あなたは私の妹のようなものだもの。ずっと一緒よ」
肩を並べた三人は、潮風に吹かれながら、果てしない海の向こうに思いを馳せた。
船の汽笛が響き渡る。それはまるで、旅立ちを祝福する鐘の音のように聞こえた。
「そういえば、ひとつ云い忘れていた」
そうロキが改まるので、リゼリアは思わず姿勢を正した。
云ったほうのロキは、頬や額を掻いて忙しない。何度目かの咳払いのあと、小さな声で、云った。
「これからは、オレ以外の妹にはなるなよ。罪も痛みも、重いものはふたりで分かち合っていこう」
ロキの顔は真っ赤だ。まるで告白のようだと、リゼリアも頬を赤らめた。
「はいはい、三人に訂正してくださいー。重いものを背負うんだったら、この小さいお兄さんよりメルルのほうが百倍くらい役に立ちますー」
「小さいってなんだ、おい」
「本当のことですー」
いがみあうふたりをよそに、リゼリアは胸にそっと手を当てた。
過去は消えない。魔女狩りの炎は、痛みとともにこれからもリゼリアの身を焼き続ける。
けれど。
分かち合おう、ともに背負おうと云ってくれる人たちがいる。
それはとても、幸せなことだ。
顔を上げたリゼリアは、答えた。はっきりと。
とびっきりの笑顔を浮かべて。
「もちろんです。私、ふたりのことが大好きですから」
ここから、大好きな兄と大切な親友との新しい未来が始まる。
ねぇ、お兄ちゃん。
あの言葉、もう一度云ってくださらない?
なんのことだ、ですって? とぼけないでください。
アレクススおにぃさまには『解除の言葉』と云われてしまいましたけど、本当は、私が世界でいちばん云って欲しい言葉なんです。
「純黒のリゼリア~魔女ハ兄ヲ溺愛ス~」これにて完結です。
ご覧いただきありがとうございました。




