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純黒のリゼリア~魔女ハ兄ヲ溺愛ス~  作者: 黒坂つばき
魔女は純愛中
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魔女は純愛中 二

「リゼリア、覚えてるかい? おまえがぼくにかけた魔法が解けたのは、三年前だったね」

 八年前、初めて朱眼を使いアレクススの妹になったリゼリアは魔女としての自覚がなかった。まさか『妹にしてください』が契約の言葉とは知らず、それと対になる『解除の言葉』があるとは想像だにしない。

 ただただ不思議だった。マリーを見殺しにしながら、自分を「妹」として扱ったアレクススが。

 けれど、リゼリアは兄の庇護下に入った。兄がいなければ、いつまた捕まるかわからない。それが怖かったのだ。

 様子がおかしくなったのは、三年前。偶然アレクススが『解除の言葉』を口にしてからだ。向けられる笑顔は変わらなかったものの、急に『仕事』を任されるようになった。リゼリアが自分が持つ能力を知ったのもそのころだ。

「ぼくは、おまえなんか知らなかった。だから驚いたよ。見ず知らずの女が、妹面して屋敷に暮らしているんだから。しかもぼくには、おまえと暮らしたという五年間の記憶が丸々抜けていた」

 朱眼の副作用によるものだ。リゼリアという「妹」の存在を含め、その間の記憶が一切抜け落ちてしまう。

「なぁ、リゼリア。正直に云うんだ。おまえがぼくの愛する妹を殺したんだろう? なのにおまえは、マリーへの懺悔の言葉を、一度だって口にしたことがあったかい。マリーの名を呼んだことがあったかい」

 二度目の銃声がした。アレクススの放った弾丸がリゼリアの頬をかすめていく。

 リゼリアは微動だにせず、許しを乞うようにアレクススの目を見つめた。

「死んで償え、呪われし『魔女』め」

 地の底から響くような声に、リゼリアは体を震わせた。

 

 もし、兄が自分の死を願ったのなら。

 罵倒も、悪意も、殺意も、すべて受け止めた上で自ら胸を貫いてもいい。そう決めていたのに、リゼリアの心は揺れていた。

(幸せだったから、怖かったの。マリーの名を口にしたら最後、おにぃさまは、きっと私を)

 たとえ偽りでも、兄と過ごした日々は幸せだったのだ。それを手放したくなかった。こんな身勝手な自分は、まぎれもない『魔女』だ。


「……さて、本題に入ろう。宝石商として貴族や裏世界とのつながりとあるとね、いろんな情報が集まってくる。『奇石』とはきみのことだろう? 転移の力をもつ『魔女』――ロキ、だっけ」

 リゼリアの姿を苦しそうに見つめていたロキは、水を向けられ、アレクススをにらんだ。

「そうだ。各地の教会で、病気やケガを動物や植物に転移させて金を稼いでいた。それを見て、だれかが勝手に『奇石』と呼びはじめたんだ。数日前知らない男たちに捕まって、大金と引き換えに隣国へ売られるはずだった。ここに現れるはずの取引相手はどうした」

「それはぼくのことだよ」

 アレクススは平然と答えた。

「教会の信者を金で買収し、きみを捕まえさせた。だけど彼らも警戒していてね、取引は国境の街イレイユでと指定してきたんだ。ぼくは転移してもらう肉体を早急に用意しなければいけなかったし、信者たちがいつ寝返るかもわからない。そこで、使い勝手のいい『妹』に動いてもらった。ぼくに絶対服従の妹は、必ずや奇石を奪ってくれると信じていたよ。ここ数日きみたちを監視していた部下から、ずいぶん仲睦まじい様子だと聞いてね。まさかとは思うけど逃げられたら大変だから、メルルを人質にしたんだ」

 アレクススの口から発せられる一言一言が、鉛のようにリゼリアを打ちのめす。

 所詮は、利用されていただけなのだと。

「ぼくの願いはただひとつ。ここに用意した肉体に、人形に宿っているマリーの魂を移して欲しい」

 突然、エリザベスの上に横たわっていたビスクドールが体を起こした。せわしなく瞳が動き、カタカタと歯を鳴らす。まるで生き物のように。

(マリーの魂、ですって)

 おそろしい可能性を考えて、リゼリアは思わず息を呑んだ。アレクススは続ける。

「実は、マリーも『魔女』だったんだ。火に包まれた瞬間、覚醒した。その力とは、自分の魂を無機物に移す力だ。リゼリアはこのビスクドールがマリーの人形だと知っているだろう」

 むかし、マリーが自慢げに見せてくれたことがある。兄からもらったのだと。身寄りのないリゼリアにとっては、マリーがいかに愛されているのかを示す人形の存在は胸が詰まるものだった。そんな心の内を見透かしたのか、マリーは人形を貸してくれることがあった。しかし、人形遊びのためではない。

『一日三度髪をすき、朝晩体を拭き、毎朝服を洗濯するのよ。食事もあげてね。もし髪を一本でも切ったり服の宝石をひとつでも無くしたら、許さないから』

 それはまるで、下女が務める「世話」としか思えなかった。マリーにとってリゼリアの存在は人形以下でしかなかったのだ。しかし周りから見れば、心優しいマリーがリゼリアに人形を貸し与えていたように映っただろう。すべては計算されていた。

「……三年前から、おにぃさまがよく人形をお持ちになっていることは、知っていました」

 マリーの死後、遺品は村長に没収されたはずだが、村長はなんらかの見返りを求めてアレクススに人形を渡したのだろう。リゼリアにとっては悪意の塊のような人形だが、アレクススにとっては妹の形見だ。

「ぼくも魔法が解けるまではただの寄贈品としか思っていなかった。けれどね、ぼくが正気に戻った日の夜、話しかけてきたんだ。ぼくは半信半疑で自筆の日記を確認し、すべてを知った」

 妹だと思っていたリゼリアが偽者で、ほんものの妹は死んでいたことを。

「それで? 不憫な妹の魂をオレの力で生きた人間に移し、このまま隣国へ逃避行ってわけか。だから国境の街イレイユでの取引を受け入れたんだな」

 ロキがリゼリアをかばうように前に進み出る。

 アレクススは強く頷いた。

「当然だろう。マリーは死ぬはずじゃなかった」

(……そのとおりよ)

 リゼリアは胸を押さえてうずくまった。アレクススは正しい。死ぬべきは、自分だった。

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