出立前
オーガスタ領ジルコニアの駅舎は、人混みであふれかえっていた。
汽車の到着をいまや遅しと待つ旅人たちにまぎれ、レールに背を向けている喪服の少女がいる。駅に備えつけの電話の受話器を両手で支え、熱心に話しこんでいる様子だ。まとう衣服が黒い分、ちらりと覗く手や足首の肌は別もののように白く光る。
「――おにぃさまですか? はい、わたくしです」
少女がかけた電話は、交換手や執事などいくつもの人間を経由し、ようやく目的の相手につながった。
「お忙しいところ申し訳ありません。出立の前に、どうしてもおにぃさまの声を聞きたくて。ええ、はい、わかっています。これからカレドナ鉄道でイレイユへ向かいます。ええ、はい……え、いま、なんて」
声を押し殺し、じっと耳を澄ます。緊張で引きつっていた顔立ちが、みるみるうちに赤く染まった。
「はい、もちろん。わたくし頑張ります。必ず、『奇石』を手に入れてみせます。はい、お任せください」
短い会話が終わり、相手が電話を切るのを確認した少女は、ゆっくりと受話器を下ろした。
「もー、おにぃさまったら」
力いっぱい息を吐く。少女にとっては、夢のような時間だった。
(ぼくの仕事で苦労かけてすまない。どうか無事に戻ってきておくれ。愛しているよ、だなんて)
天にも昇る心地、とはきっとこういうことだろう。浮き足立つ気持ちを隠せぬまま、くるり、と一回転してしまう。仕事着である黒い喪服のスカートがふわりと舞い上がって、豪奢な縁が華麗に揺れた。
「おにぃさま、見ていてください。リゼリアはきっと期待に応えてみせます」
煙を吐き出しながら汽車がやってくる。
さぁ、『仕事』の始まりだ。




