始まりの予兆
気づいたらそこに『私』は“在った”
いつから“在った”かはわからない
いつまで“在る”のかもわからない
永遠とも感じる時の中でただ空虚を抱いて“在った”私は1人の男と出逢った―
「隊長!!イシュレイ隊長!!」
興奮気味に自分の名を部下が呼ぶ。
1メートルと離れてない隣にいるのにそんな大声で呼ばれたらうるさくてしかたがない。注意しようと思ったがめんどくさいのでやめた。しゃべるのもめんどくさいとは末期だなと自分を心の中で嘲笑う。それに比べてさっきから興奮しきったようにしゃべる部下は自分とは正反対だ。
「―って隊長きいてます!?どうせ聞いてませんね??街のほうにあの有名な《金の薔薇の踊り子》がくるんですよ!!」
「…なんだって?」
「隊長知らないんですか!?有名な旅芸人の一座の1人で眩しいくらいの美貌と金の髪をもつ踊り子で一度はナマでみてみたいと巷でいわれてるんですよ」
「…で?」
「もお!!鈍いですね!!そんな巷で有名人が馬で一刻のところにいるんですよ?本物に会えるんですよ?行かなきゃ罰があたるってもんです」
仮にも隊長の自分を鈍いと言ってくれた彼の名はトール=カムイ。人の三倍はしゃべる男である。別にその《金の薔薇の踊り子》とやらに会いにいかなくとも罰なんかあたるわけない。
ただ単にトールはミーハーなのだ。軍の人間がこんなんでいいのか疑問に感じる。
私が黙って軍の在りようについて考えこんでいるとトールに無理矢理引っ張られて連れていかれる。「…おい。」
「隊長もみにいった方がいいですって。ただでさえ年齢プラス十に見られるのにそんな眉間にしわよせてると余計老けてみえますよ。もとはいい顔してるのに!!実は隊長って結構人気あるんですよ。でも―」
「…おいっ!!私たちの任務は何だ?」
トールはようやく自分が浮かれすぎていたのに気づきバツが悪そうな顔をした。
「俺達《白百合の鷹》の任務は国境警備および隣国の偵察であります」
ここは大陸一の大国《クリストン帝国》の国境付近の街で、南は魔族が支配する《混沌の森》があり、東は《カース公国》に《メケイア国》がある。そんな街はずれにひとつの教会がある。
そこに一年前一人の神父と少女がやってきた。
「ジーン。街に行ってみない??旅の一座がきてるんだって。結構有名みたいだよ」
教会に住んでいる少女がテーブルの上であぐらをかいている。その少女は十歳くらいのようで、眩い金の巻き毛に血のような真っ赤な瞳をしていて、その顔立ちはとても美しかった。
「行儀が悪いですよガーネット。それに教会を無人にする訳にはいけません。大人しくしていましょうね」神父、というよりもどこかの貴族のような雰囲気の青年である。その顔立ちは優しく整っていて、左耳には血のような紅い結晶のピアスをしている。
「別にいいじゃんそんなこと。どうせくるのはジーン目当ての女どもだろ」
「皆さんは悩みがあって相談にきているのです」
「本気でいってんの?だったらその鈍感なんとかしたほうがいいと思うよ」
ジーンは確かに本気で言ってるわけではなかった。相談にくる街の少女達は誰がみてもわかってしまうくらいあからさまなのである。
「それにその旅の一座、ジーンも興味もつと思うよ」
ガーネットは子どもらしからぬ妖艶な顔をして笑う。
「その旅の一座は《双頭の竜》の紋章を馬車にくっつけているんだよ」
それを聞いたジーンは顔色を変えた。
「まさか。《金の竜》が…」
「ね。興味もったでしょ?」
「―そうですね。それなら街に行かなくてはいけませんね」
ジーンは天使のような微笑みをうかべながら瞳には獣のような残忍さをうかべていた。