序章
気付けば、僕らはそこにいた。
寒々としたその空間は、確かに僕らの眼前に広がっていた。そこは、まるで、現実ではないかのように、僕らの心を弄んだ。
何より、外気から体内に溶けていく空気はまるで身体の奥底から僕を侵して、うじゃうじゃと身体の中を蠢いていた。
しかし、現実とその感触は、異なった。不思議なことに、そこは僕らのよく知っている場所だった。そう、そこは誰にだって一つはある、僕の故郷、坂下町だった。
やはり見知っていた。公園、学校は、友達と一緒に遊んだ思い出の場所だった。だが、全く僕は、懐かしさも、哀愁の意も全く抱かなかった。ただただ、空気が違っていた。理論で、どう違うのかは、説明できないが、感覚がそう、僕に告げる。
そう、違うのだ。髪を爽やかに通り過ぎって行った風、雰囲気、今では、重々しく僕らの前に立ち塞がる壁のようだった。臭いも、悪臭をおび、空気の違和感と臭いは、同時に僕くの心を蝕んで行った。
原因は僕らの目の前にいた。そいつは、僕らの目の前であたかも当然の如く殺人をした。
普通ではなかった。ありえないその一言で、十分だ。付け加えるのなら、確実に人間の常識を越していた。
そう、一瞬にして、人間の首から上がまるで豆腐を潰したように、に弾け跳んだのだ。
殺人鬼は女性らしかった。らしいというのは、髪が肩まで伸び、スカートを履いていたからだ。外観は、女。されど、顔は、人外としか思えない。女の顔は爛れ、半分が腐り溶けて、触れれば、びちゃびちゃと音を発てそうであった。
不思議にも、女の手には包丁が握られているだけだった。成人をこのような無惨な塊とするには、頭蓋骨を割り、爆散させる程の衝撃が必要なはずである。しかし、女の手には、包丁を握られているだけである。
故郷は変わっていた。女の顔は爛れ、半分が腐り溶けて、自然と崩れ落ちそうであった。
故郷は変わっていた。