ムチュード星人
真夜中の街は危険である。夜になり、建物の灯りが消え始めると、彼らが目覚め、活動するのだ。
蛯沢珠子は街の寮に住んでいる大学生である。普段は真面目に勉強をこなす彼女だが、不審な点もあった。たまに真夜中になるとどこかに外出する時があるらしい。学生らは噂をする。ある者はよからぬ商売をやっているのではと、ある者は腹が減ったのかと、ある者は夢遊病なのかと想像し、本人にも訊ねるが、分からない。本人はなんの事だが、覚えがない、という返答である。嘘なのか病気なのか。
蛯沢は、その日の夜、寮で一緒に住んでる子がぐうぐう寝ている横で真面目に勉強していた。そして、勉強を終え、本を片付け、今日も良い勉強したなと思いながらあくびをし、電気を消して、明日の時間割は何かなと思い返しながらベッドに潜り、目を閉じた。しばらく時間は経つ。月明かりが彼女の顔を照らす。
突然、蛯沢はビビッと電波を感じ、目を開けた。来たわ。電波は彼女と共鳴していた。誘いがそこにあった。彼女は誘われるままにふらふらと、部屋を抜け、寮を抜けていった。
*
「あぁぁ、夜歩くのって楽しいな。」
達志は言った。だが怖がりの菜穂子はびくびくしながら言った。
「ねえ、やめようよ、達志。」
「菜穂ちゃん、怖いのか?」
「…べ…別に怖くないから。」
「でも怖いんだろう?」
「じゃなくて夜って危ないじゃない。」
「要するに怖いんだろう?」
「違うって!むー。」
そう言って膨れる菜穂子を愉快愉快と思いながら達志は先を歩いた。
だがその時達志が言った。
「ん?なんだあれは。」
「ちょっと…脅かそうつったってそうはいかないからね。」
「いや、違うよ。誰かいる…」
見ると、確かに、人が立っていた。脚だけが月明かりに照らされ、体はビルの影で真っ暗で分からない。菜穂子は達志にすがりついて言った。
「ねぇぇぇ…やめてよ…もう引き返そうよ。」
「いやいや、ここは冒険を…ん?蛯沢じゃん。」
近づけば、確かに、二人と同じ大学の蛯沢珠子であった。菜穂子は訊ねた。
「蛯沢ちゃん、なんで、ここにいるの?」
すると蛯沢は叫びだした。
「マレルバ!インタラグア!マギノクニチョフリョーコー!」
しばらく沈黙。蛯沢は話した。
「これは、『ようこそ我が友よ、この宇宙の呼び掛けに答えたあなたは永遠の幸福を得る』て意味よ。」
そして「マレルバ…マレルバ」と呻き声が聞こえたので見回すと、周りから老若男女の様々な人々、会社員、OL、小学生がふらふらと焦点の合わない目でゆっくりこちらに向かい、二人を円形に囲み、声を合わせて言った。
「私達は、ムチュード星人!」
そして右手を天高くあげて「ひょーーー」といななきながらくねくね動いた。
菜穂子は「何これ?逃げよう!」と言い、達志も流石に危ないと思い、菜穂子を連れて逃げようとした。だが取り囲む人々がいっせいに二人を抑え、中央へ投げ飛ばした。達志は叫んだ。
「何をする!」
すると囲んでる一人が言った。
「君たちは、やがて大いなる悦びに畏怖して、怯えているんだね。大丈夫。心配しないで。死ぬことはないんだから。」
「目的はなんだ!」
「人間は、不完全だ。だから人間だった僕たちは宇宙人になったんだ。人間からムチュール星人に昇華する、偉大なるプロセスさ。」
「だから目的はなんだ!」
「僕たちは皆、不思議な電波で繋がってる。だから分かるんだ。同じ人をみたらビビっと感じる。」
「だから目的は」
突然誰かが叫んだ。
「みんなー、偉大なる大宇宙人グラッツェン・マニエルが来たよ!目を閉じて宇宙人を感じよう!」
皆はいっせいに隣と手を繋ぎ目を閉じた。達志と菜穂子は怯えた。これから何がおきるのだ。
やがてだんだん皆は唱和し始めた。
「グラッツェンマニエルやってくる、グラッツェンマニエルやってくる、グラッツェンマニエルやってくる、グラッツェンマニエル」
どんどん音量は増す。どうやら皆の電波が共鳴し始めたようである。目玉がひっくり返り、大いなる恍惚感に満たされた笑みを浮かべながら泡をふいていた。
だが達志はふと異変に気づいた。菜穂子ががくがく震えていたのだ。達志は話しかけた。
「どうしたの?」
菜穂子は突然壊れ始め、「グラッツェンマニエルやってくる!」と連呼しながら狂喜乱舞し始めた。
そんな…と達志がショックを受けた直後、何かがビビっと達志に感じた。電波を感じてしまったのだ。やめろ、これ以上僕の頭にアクセスするな「グラッツェンマニエルやってく」やめろーーー!!!
気がついたら夜明け。二人は道路で気を失っていた。達志は菜穂子を起こした。
「起きて、菜穂子。起きて。」
「ん…なあに…?」
「僕たち助かったみたい…」
「…ほんとだ…良かった…もう夜歩くの…やめよう…約束…」
「約束するね。菜穂子。」
だが二人は気づかない。すでに二人がムチュード星人になってしまっている事を。満月が夜空に訪れるその日に二人はビビっと電波を感じ、夜な夜な街中を歩き訳の分からない儀式を行っている事を。彼らはその事に全く記憶がなく、それで彼らはいつまでも知らずにいるのだ。
ところであなた、夜どこかに歩いたりしてません?