聖女って無給で無休なんですか?じゃあやらないです
「う…?」
画面を見続けて目の前が真っ白になったと思ったら、次の瞬間には別の場所にいた。
「おおっ…成功したぞ!!」
「三十年ぶりの聖女様だ」
「伝説の黒髪、なんと神々しい…!」
「脚があんなに出て…!」
足元には魔法陣みたいなやつ。
周りには神父さんみたいな服を着たおっさんたちと、王冠みたいなのをかぶったじいさん。
加齢臭がすごい。
「なにこれ」ともこもこルームウェア姿でぐるっと見回したら、彼らは一斉に頭を下げた。
「聖女様、おいでいただきましてありがとうございます」
「聖女ですか?私が?」
「さようでございます。我が国をお救いいただくために異世界よりお呼びいたしました」
漫画サイトでよく見る、異世界に聖女として召喚されちゃったってやつ?
魔獣と戦うとかだったら嫌なんだけど。
「聖女様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「チヒロです。伊藤チヒロ」
「なんと神々しいお名前…!」
いちいち大袈裟だ。
「私からも聞きたいんですけど」
「なんなりと、聖女様」
「私の聖女としての仕事はなんですか?」
「もっとも大きな仕事は、荒れた国土を回復させていただくことです。我が国は農業大国だったのですが、今は土地が痩せてしまい、民も食べるに困っております」
それはきっと、聖女がチートだとしても大変な仕事のはずだ。
神聖力だか光魔法だかを使い果たして、倒れたり熱出したりしながらやるやつ。
「なるほど。では労働条件を確認させてください。報酬と休日は?」
おっさんたちは顔を見合わせて、それから笑った。
「報酬も休日もございません」
「…はい?」
無給で無休だと?正気か。
よくある「ねえ、ちょっと困ってるんだよね。友達だからタダでやってよ」的なノリで?
「ねえ、俺たちの国、困ってるんだ。聖女なんだからタダでやってよ」って言われるわけ?
こっちの世界にもそういう非常識な輩がいるんだな。
そういう奴らは、口では「頼りになる」「すごい」なんて言ってはいても、こっちの能力や、スキルを上げるためにしてきた努力や、かけてきた時間への敬意がない。
このおっさんたちも「聖女様聖女様」と言っていても、実際には聖女を敬ってはいなくて、チートで便利な道具くらいに考えているのだろう。
――そんな人間たちのために働くつもりはない。
「じゃあやらないです」
今度はおっさんたちが「…はい?」と返す。
「大変な仕事なのに、報酬も休日もないなんて納得できません。やらないので、元の世界に帰してもらえます?少なくとも、元の世界の仕事は、やればやるだけ報酬がもらえて、自分の都合で休みもとれるので」
おっさんたちは焦り始めた。
「そんな、聖女様!せっかく三十年ぶりに召喚が成功したと言うのに!次にいつ召喚が成功するかもわからないのに…!」
「それはそっちの都合ですよね?巻き込まないでもらえます?早く帰してもらえません?」
誰かが怒ったような声で叫ぶ。
「はいそうですかと、帰せるわけないでしょう!」
「今までの聖女様は、そんなことをおっしゃったことはありませんでしたよ!」
だからなんだ。
「前の聖女は聖人奴隷だったのかもしれないですけど、私は違います。あなたたちみんな同じ服着てて神官かなんかなんでしょうけど、神官なら全員同じ考えなんです?食べ物の好みも違えば、女性のタイプだって違うでしょ?聖女だって全員同じ考えじゃないですよ」
「聖女は清貧たれ」なんて、誰が決めた?
「そんなのやってられない」って言う聖女がいても、いいでしょ。
つっかかってきた神官はぐっと口を閉じた。
王冠をかぶった国王らしきじいさんが、椅子から立ち上がって柔和な笑みを浮かべる。
「報酬と言えるかわからぬが、国と人を救う崇高な仕事には、私どもからの感謝を捧げよう」
神官たちが「さすが陛下のお言葉は深い」みたいな顔をするが、感謝が報酬になるわけないだろ、阿呆が。
それをやりがい搾取って言うんだよ。
「感謝なんて、心底いらないです。口では何とでも言えますから」
私が求めるのは、言葉じゃなく行動だ。
「『国と人を救う崇高な仕事』をさせるなら、相応の金品と、余裕をもって仕事にあたれるだけの休日を求めます。それが用意されないなら、聖女なんてやりません」
国王は「仕方ないな」というようにため息をつく。わがままな孫娘に言い聞かせるように。
「聖女は国民に敬愛される崇高な立場だ。自らの欲を求めてはならぬのだよ」
「私の態度が聖女に相応しくないというなら、私は聖女じゃなくて結構です。次の聖女を呼べばどうです?」
彼らがいらいらしてきているのがわかる。
いらいらしているのに説得をやめないのは、どうしても私を働かせたいからだ。
それほど追い詰められているのだろう。
さっき「三十年ぶりに召喚が成功した」と言ってたし、私を逃したら、次にいつ聖女が来るかわからない状態だから。
「困っている人間の足元を見るようなことを…!」
「誘拐みたいに勝手に連れてきた人間を奴隷みたいに働かせようとするタカリ屋に何言われても、痛くも痒くもないです」
私だって、たぶんだけど、人でなしではない。助けないと言ってるわけじゃない。
たださ、良識ある人間なら「助けてください、タダで」とは言わないでしょ。
ご理解いただけないなら、他のクライアントを探すだけだ。誠実な行動で示してくれるクライアントをね。
気持ちよく仕事できる相手じゃないと、やりませんよってこと。
「今の状態で無理やり聖女にされても、私は力を発揮しませんよ」
「民が苦しんでいるのにか!見よ!」
国王は私を神殿の外に連れて行った。かつては栄えていたのだろう王都は、砂っぽく黄色っぽく、寂れていた。道端に座り込んでいる人もたくさん見える。
「苦しんでいる民を見捨てるのか!」
「私が彼らを苦しめてるわけじゃありませんから。ここまで国を廃れさせたのは、『いつか聖女を召喚できたらすべて解決する』で対策を怠ってきた、あなたの責任じゃないんですか?それを私に押し付けないでください」
国王はぶるぶると震え始めた。図星だったかな。
「最後まで自分で責任取ったらどうです?」
「それができないから、こうやって…!」
「じゃあ私が『健康で文化的な国民の生活を成り立たせる』っていう国王の仕事を、代わりにやるってことですよね?だったらなおさら、それなりの待遇がないと納得できないですね」
「私の能力と時間を使いたいなら、対価を払ってください」っていう、ごくごく当たり前のことを言ってるだけなんだけど。
「国庫に余裕がないなら後払いでもいいですけど、契約書はちゃんと書いてください。業務請負でいいですよね?」
結局国王は私の要求をのむしかなかった。
「愚王として名を残すわけにはいかない」という、それ自体愚かで独りよがりな理由で。
「理由はどうあれ、働きに報いるつもりがあるなら、やりますよ」
そうやって私は、聖女の仕事を開始した。
《仕事の範囲は明確にしてください。国王直轄領と王妃直轄領は別の契約になります》
《農地のついでに川とか、やらないですから。ついでにちゃちゃっとできるようなものじゃないんですよ》
《追加の浄化?もちろん追加料金です。こっちに不備があったんなら無料ですけど、違いますよね?》
体力的にはハードなこともあるけれど、十分な報酬を得ているから納得できる。
最低でも週に一回はこぢんまりした自分好みの家に戻り、警備や使用人をつけて、不自由ない暮らしができるから。
私はすっかり住み慣れた家で、「次の聖女」が召喚されたときに備えて、引き継ぎ書を残す。
最初のページに書くのは「タダ働きはするな」だ。




