第20話 霧の街と無冠の皇帝(ノートン1世 / アメリカ合衆国)
北米大陸の西端、太平洋の荒波が切り立った崖を噛み、一年中、冷たく白い霧が街全体を包み込む「金門」の地。十九世紀後半のサンフランシスコは、かつての皇帝たちが支配した数千年の歴史を持つ帝都とは、あまりにも似ていなかった。
そこにあるのは、古代の神殿を支える大理石の円柱ではなく、急ごしらえの木造建築が並ぶ坂道であり、整然とした法典ではなく、富を求める欲望がぶつかり合う喧騒であった。港を埋め尽くす帆船の群れは、征服のための軍艦ではなく、一攫千金を夢見て世界中から集まった野心家たちを吐き出すための器。空気には、掘り起こされたばかりの土の匂いと、波止場の饐えた魚の臭気、そして、蒸気機関が吐き出す石炭の煙が混ざり合い、重く、粘り気のある活気となって路地裏まで充満していた。
その急速に膨張する都市の片隅で、一人の男の「世界」が、音を立てて崩壊した瞬間があった。
かつて、米の独占を狙い、莫大な富を失った商人の肖像。
取引所の狂騒。紙切れとなった株券。競売人の叩く木槌の乾いた音。
全財産を失い、世間から姿を消したその男が、数年の沈黙を経て再び街に現れたとき、彼の精神という名の領土の中では、一つの「革命」が完遂されていた。
かつての敗残の商人は、もはやそこにはいなかった。
代わりに現れたのは、自らの意志のみによって「アメリカ合衆国皇帝にしてメキシコの守護者」という、この大陸には存在し得なかった至高の地位を戴いた、一人の絶対者であった。
彼の「戴冠」は、大聖堂の荘厳なミサの中ではなく、一軒の新聞社のインクの匂いの中で行われた。
「余の命令により、本日より合衆国皇帝として統治を開始する」
カリカリ、と音を立てて走るペン先。
翌朝の新聞の片隅に、その短い布告が印刷されたとき、サンフランシスコの街は一瞬、当惑という名の静寂に包まれ、そして、それまで誰も経験したことのない奇妙な「肯定」の物語を受け入れ始めたのである。
皇帝の纏う装束は、中国の絹でもローマの紫衣でもなかった。
それは、南北戦争時代の中古の軍服。色あせた青い布地に、くすんだ真鍮のボタン。肩には、巨大で不釣り合いな黄金色のエポレット(肩章)が揺れ、その重みで男の背はわずかに丸まっている。
頭上に戴くのは、王冠ではなく、羽根飾りがついた古びた軍帽。孔雀の羽根が、サンフランシスコの海風を受けて不規則に震える。
腰に差した儀礼用の剣は、鞘の中でカタカタと音を立て、彼が歩くたびに、石畳の上を重い杖がコツ、コツ、とリズムを刻んだ。
彼の行軍には、軍楽隊も、付き従う衛兵もいない。
あるのは、彼を皇帝と認めた二匹の野良犬が、その後ろを静かに歩む影だけ。
しかし、その滑稽とも言える姿が街路に現れるとき、サンフランシスコという近代的な都市の風景は、突如として中世の寓話のような「気品」を帯び始めた。
サンフランシスコの街路。
坂道を走るケーブルカーの鉄の軋み。
絶対者が歩みを止め、杖を上げると、近代の象徴である車両は静かに停止した。
車掌は帽子を脱ぎ、無言のままに深々と頭を下げる。
レストランの扉が開かれれば、最高の席が用意される。支払いの際に差し出されるのは、皇帝自らが発行した、稚拙な筆致で書かれた「帝国の紙幣」。
物理的には価値のないその紙切れが、サンフランシスコのバザールでは、本物のパンへと、一杯のワインへと、そして、人々の温かな微笑みへと変換されていった。
それは、暴力や法によって強制された「信認」ではない。
日々を生きることに疲れた人々が、一人の男が演じ続ける「気高き幻想」の中に、自らの魂の安息を見出したことによる、暗黙の共犯関係であった。
絶対者は、劇場の席に座り、無言で舞台を見守る。
人々は、皇帝がそこに座っているという事実だけで、自分たちがただの労働者ではなく、「帝国」という美しき物語の一部であると感じることができた。
しかし、絶対者の眼差しは、単なる妄想の殻に閉じこもってはいなかった。
彼の書斎——安宿の一室。そこには、新聞の切り抜きと、自らの構想を記した膨大な布告の山があった。
彼の指先がなぞった地図の上には、サンフランシスコと対岸のオークランドを繋ぐ「巨大な橋」の設計図が、言葉の羅列として描かれていた。
「ここに橋を架けよ」
当時の人々にとって、それは正気の沙汰とは思えない、空想上の命令であった。霧に包まれた海を跨ぐ鋼鉄の橋など、物理法則が許さないはずだった。
また、世界のあらゆる国が参加する「国際連盟」の設立を命じる、震える手で書かれた布告。
これまでの皇帝たちが領土を奪い合うために剣を振るったのに対し、この無冠の皇帝は、自らの布告の中で、世界の平和と、人種間の調和を、執拗なまでに求め続けていた。
紙の上を滑るペン。インクの黒い染み。
そこには、物理的な権力を持たぬがゆえに到達できた、究極の「統治の理想」が結晶化されていた。
季節が巡る。
サンフランシスコの霧は、時に全てを覆い隠し、時に太陽の光を拡散させて、街を乳白色の光の海へと変えた。
絶対者は、老いてゆく肉体を軍服に押し込み、雨の日も風の日も、自らの「領土」を巡回し続けた。
街角で繰り広げられる、排外主義の暴動。
怒号。振り上げられる棍棒。
その混乱の真ん中に、一人の老いた男が、ただ無言で立ちはだかった。
武器は持たず、ただ頭を垂れ、自らの主への祈りを捧げるポーズ。
その静寂の力が、熱病に冒された暴徒たちの心を、氷のように冷やし、解かしていった。
物理的な軍隊を持たぬ皇帝が、ただ「徳」という名の、目に見えぬ武装によって、一つの戦場を制圧した瞬間。
1880年、一月八日の夜。
冷たい雨が降り注ぎ、ガス灯の火が濡れた石畳を青白く照らし出していた。
街の通りを、いつものように巡回していた絶対者が、突如として足を止めた。
杖が手から離れ、石畳に当たる乾いた音。
軍帽が落ち、孔雀の羽根が、冷たい水溜まりの中に沈んでいく。
絶対者の肉体は、自らの重力に従い、ゆっくりと、しかし確実に、濡れた地面へと倒れ込んだ。
周囲にいた通行人たちが駆け寄ったが、そこにあるのは、もはや皇帝という名の仮面ではなく、人生という名の重荷を下ろした、一人の老いた人間の、穏やかな死顔だけであった。
懐の中から見つかったのは、五ドル足らずの小銭と、数枚の自作の帝政紙幣、そして、フランス皇帝やブラジル皇帝といった、遠き異国の「同僚」たちからの返信を待ちわびるかのように書かれた、一通の手紙。
翌朝、サンフランシスコの全新聞は、かつてないほどの大見出しでその死を報じた。
「皇帝崩御(LE ROI EST MORT)」
葬儀の日、サンフランシスコという街から、一切の喧騒が消えた。
交易所は扉を閉ざし、船は帆を下ろし、全ての商店は喪章を掲げた。
三万人という途方もない群衆が、一人の「偽物」の皇帝の棺を見送るために、霧の立ち込める坂道を埋め尽くした。
それは、かつてのどの正当な皇帝も得られなかった、純粋な、そして心からの「悲嘆」の音であった。
石畳を叩く、三万人分の無言の足音。
それが、この大陸に存在した唯一の皇帝に捧げられた、最初で最後の凱旋の曲であった。
その後、時代は加速し、皇帝という概念そのものを歴史のゴミ捨て場へと投げ捨てていった。
王冠は博物館に収められ、玉座は観光客の撮影スポットとなり、絶対権力は、選挙と効率という名の近代的な歯車にすり潰されていった。
しかし、サンフランシスコの海辺、かつて皇帝ノートンが架けることを命じたその場所に、半世紀後、実際に巨大な橋が立ち上がった。
鋼鉄のワイヤーが風を切り、無数の車両が地鳴りを立てて駆け抜ける、近代土木の結晶。
その橋の袂に、小さなプレートが埋め込まれている。
「ノートン1世の布告を称えて」。
狂気と笑いの象徴であった男の言葉が、数十年の歳月を経て、物理的な「現実」として鋼鉄の形を成したのだ。
今、世界から皇帝はいなくなった。
血塗られた大地の拡大も、黄金のタイルの美しさも、水銀の河の猛毒も、すべては時間という名の深い砂の下に埋もれている。
しかし、夕暮れ時、サンフランシスコを深い霧が覆い、遠くで霧笛がボー、ボー、と鳴り響くとき。
人々は、石畳を叩く、あのリズムのいい杖の音を聞くような気がする。
孔雀の羽根が風に揺れ、色あせた軍服を纏った一人の男が、霧の向こう側から現れ、人々の幸せを祈りながら、静かに、そして気高く通り過ぎていく。
権力とは何か。正統性とは何か。
二十人の皇帝たちが築き上げた栄華の残骸を見下ろしながら、最後に微笑むのは、領土も富も持たず、ただ人々の「善意」という名の、最も強固で最も柔らかな帝国を築いた、この孤独な男なのかもしれない。
歴史という名の壮大なタペストリー。
その最後の一糸は、黄金でも血の色でもなく、サンフランシスコの霧のような、静かで、そして限りなく透明な「優しさ」の色で紡がれていた。
無言の玉座。
そこにはもう誰も座ってはいないが、かつてそこを目指し、そこに座り、そしてそこから降りていった者たちの溜息だけが、風の音に混じって、永遠の時の彼方へと響き渡り続けている。




