主をしのぐ
リュウホウとの出会いは地元のゲームセンターだった。
格闘ゲームにハマっていた僕は、目の前で鮮やかに連勝を重ねる彼の腕前に舌を巻いた。
リュウホウの周りには、僕と同じような熱い眼差しを向ける子どもたちで人だかりができていた。
僕とリュウホウは同じ小学校だった。
学年が変わったときに初めて同じクラスになった。
あのゲームセンターで見たときと同じように、彼はいつも友だちに囲まれていた。
大人から見れば取り立てて取りえがあるような子どもには見えなかっただろうと思うけれど、子どもたちどうしにしか分からない「いい奴」だった。
僕たちは地元の中学校に進学し、ともにサッカー部に入って一緒の時間を多く過ごすようになった。
どちらもさほどの才能も情熱もなく大した活躍はできなかったが、部活終わりに寄り道をして遊ぶのが何よりも楽しかった。
カラオケに行ったりボーリングをしたりゲームの腕を競ったり、その年ごろの男子がやりそうな遊びはひと通りやった。
はっきり言って何をやっても僕の方が上手だったが、格闘ゲームだけは分が悪かった。
そんなふうにして思春期はあっという間に過ぎていった。
高校進学を機にリュウホウに会うことはなくなった。
僕はそこそこの進学校に入り、わりと真面目に受験勉強し、けっこう有名な大学に合格した。
そして卒業後は大手商社に就職し、堅実な人生のレールに乗った。
1年目はがむしゃらに働いた。2年目は心身のバランスを崩し始めた。3年目にせっかく乗ったレールから脱線した。
実家に帰り、引きこもりのような生活が始まった。
何をするでもなく当てのない日々を送っているうちに、僕の自尊心は着実に蝕まれていった。
自分は誰の役にも立っていないし社会にも必要とされていなかった。
ある日近所のスーパーに行った。
久しぶりに見かけた地元の同級生が、奥さんと小さい子どもを連れてせわしなく買い物をしていた。反射的に目を伏せた。
向こうも自分の家族と売り場の商品しか目に入っていない様子だったから、たぶん僕のことには気づいていなかっただろう。
多少の後ろめたさを感じつつスーパーを出たところで、また見覚えのある男に出くわした。今度は真正面で目が合ったからごまかしようがなかった。
リュウホウだった。
白いポロシャツにジーンズ姿のリュウホウは昔と何も変わらないように見えた。
ひと言「おお」と言葉を交わしたら、一気に学生時代の空気がよみがえってきた。
リュウホウは高校を出て工務店に就職していた。
屈託のない顔で仕事の話を楽しそうに話してきた。何をやらせても中途半端だったはずのあいつがまぶしく見えてきた。
とはいえ大きい仕事をしているとか、たくさん稼いでいるとかいった自慢話をするのではなく、むしろ最近接待でやらかした粗相や行きつけの店の店員にフラれた話などをおもしろおかしくするのだった。そういうところはやはり昔と何も変わっていなかった。
僕たちは近くの喫茶店に移動して話を続けた。
頭の裏側にへばりついていた後ろめたさはいつの間にか消えていた。そして僕はこれまでのいきさつを滔々と語った。
リュウホウは静かに考え込むように僕の話を聞いたあと、最後にポツリと「やっぱり。すごいじゃん。」とつぶやくように言った。
どうやらリュウホウの中では、僕がこの社会からドロップアウトしたことよりも有名大学に合格したことや一流企業に就職したことに焦点が当てられているらしかった。
そんなふうに言われると自分には能力があるという自信が戻ってきて、少し気持ちが前向きになった気がした。
僕の鬱屈した気持ちを分かってくれたかどうかはあやしかったけれど、ピントがずれたリュウホウのリアクションは、かえって自分のピントの当て方が絶対のものではないという気づきを与えてくれた。
「会社辞めて独立するから一緒にやらない?」
リュウホウは藪から棒に言ってきた。
「今いる会社のやり方は古い。もっと特色を打ち出してブランディングを工夫すれば頭一つ抜けることができる業界だ。日本一の建設会社を目指す。」
雄弁に語り出したリュウホウに僕は圧倒された。
自分はどういうポジションで関わるか、報酬はいくらか、他のメンバーは誰か、当面の資金の見込みは。いつもならそういうことを綿密に考え、石橋を叩きまくってから渡るところだ。それなのに、僕は突然目の前に架けられた虹色の橋の鮮やかさに幻惑され、それを叩いてみようという考えが浮かばなかった。
そして気がつけば前のめりになっていた。
リュウホウの行動は素早く、次の日にはもう会社に退職を願い出たと連絡が来た。
翌週には事務所となるテナントを契約していた。
翌月にはどこから連れてきたのかスタッフが何人か集まってきた。リュウホウを慕って前の会社から移ってきた者もいた。
事務所は仲間たちと新しい挑戦をしようという熱気や気合、希望や期待で活気づいた。
最初の仕事は前の会社のつながりでリュウホウが引っ張ってきたリフォーム工事だった。
小さい案件だが限りあるリソースでもちゃんとこなせる堅実な案件だった。
仲間たちは張り切って取り組み始めた。順調なすべり出しだった。
それからも続けて注文が入った。
みんなが多忙になった。
僕は営業を担当したが、人手が足りないので担当範囲はどんどん広がっていった。
全員がフル稼働だった。
リュウホウは意気揚々としていた。
彼はメンバーを細かく管理しようとするタイプの社長ではなかったから、僕たちは自分で考え、行動した。
各自が自分の能力を発揮し、リュウホウは大胆に仕事を任せてくれた。
仲間がミスをしようとも、彼は決して失敗を責めなかった。
僕たちは毎晩のように飲みに行っては語り合い、仕事とプライベートの境目はなかった。
自然と長時間労働になったが残業代の支給を期待する者は誰もいなかった。
まるでみんなが家族のようだった。
僕は居場所を見つけた。
やがてリュウホウは外出が多くなり、オフィスには一日に一度顔を出す程度になった。
彼の仕事はただみんなに夢を語ることだけになったかのようだった。
でもそれが大事なことなんだと僕は分かっていた。細かい仕事はすべて僕たちがやればよかった。
夢を信じていたからみんな頑張れていた。
しかしすべてが順風満帆とは行かなかった。
退職した社員の一人が労基署に駆け込んで、残業代未払いが問題になった。リュウホウは本人を丸め込んで済まそうとしたが、僕は労務管理を徹底する必要を説き、社内体制を整備した。もはや僕たちの会社は仲間うちのノリでやっていける時期を過ぎていた。
次に、多額の使途不明金と税金の未払いが発覚した。経理事務はパートに任せていて僕たちはノータッチだった。財務状況にあれこれ口出しするのも憚られたし特に問題はないだろうと思っていたが、リュウホウは金にルーズな男だった。多額の売上金が入ってくるようになると、リュウホウは夜の街に繰り出して豪遊するようになっていた。僕は税理士と相談して滞納した税金を支払い、経費のルールを作り、責任者を置いた。
また、リュウホウは時々客からの無理な注文を受けてきて現場を困らせた。とうてい間に合わない工期の工事や不可能に思えるような施工を要求された。安請け合いは会社の利益を圧迫した。本人はやや不満げだったが、受注のフローを決め、リュウホウが単独で受注することができないように体制を整えた。
一番の試練はリュウホウの前職の会社から訴えられたことだった。こちらが軌道に乗った頃になって、社員と取引先の引抜きが違法だとして損害賠償を請求された。和解金を支払うことで解決したが、これにより負債が膨らみ、大口の取引先も失った。
しかしリュウホウはちっとも気に留めていなかった。この男は何があってもブレなかった。僕は再生計画を立て、地道に営業努力を重ね、ただひたすら働いた。他の社員も僕を信じてついてきた。
会社は再び成長軌道に入った。
その後も紆余曲折を経て、従業員数は200人を超えるまでになった。
創業時のメンバーは各部門の長となり、僕も役員になった。
もう昔のようにみんなで飲みに行くこともなくなった。
リュウホウには愛人との間に子どもができていた。僕にも家庭ができた。
家族のためにもっと稼ぎたい、さらなる高みを目指したい。気力はまだまだ衰えなかった。僕は会社を愛していた。誰よりも、きっとリュウホウよりも。
リュウホウがあの頃の青臭い夢を語ることはめっきりなくなっていた。
会社は創業者の夢など必要としない規模にまで発展していた。
次は経営陣を刷新する段階だった。
しかし僕は突然役員を解任され、会社を追われた。
解任通知は一片の紙切れを渡されただけで、リュウホウに会うことすらなかった。
誰がこの会社をここまで大きくしたと思っているんだ!混乱と憤りの後にやってきたのは無気力だった。
すべては夢の中での出来事のようだった。
***
カンシンとは小学校からの付き合いだ。
あいつは頭の回転が速くて要領も良かった。格ゲーだけは弱かったが、とにかく頼りになる奴だった。
だからあいつがニートになっていると聞いたとき、迷わず起業する仲間に誘い入れた。
俺が見込んだ通りあいつはよくやってくれた。無茶ぶりにもよく応えてくれたし、どうしたらいいかわからない問題が発生したらだいたいあいつが処理してくれた。
そもそも俺なんかよりあいつの方が社長にふさわしかったんだ。
でもあいつは汚いやり方で会社を乗っ取ろうとした。
腹を割って話してくれてたら俺だって会長か相談役かになる代わりに社長を辞める気になっていたかもしれない。
なんでみんな本音で俺と話してくれなくなったんだろう。なんで俺を追い出す必要があるんだろう。いったい誰を信じればいいんだろう。
カンシンはいいよな。あいつは俺が持ってないものを全部持ってやがる。
世の中は不公平だよな。




