07_父さんの言葉
庭に出る練習を始めて一週間が経った。
リーナが用意してくれた秘密基地の候補地の地図が手元にある。
それを庭で眺めている。何もないと変に意識してしまうので。
地図を見ていると、4か所目星があるみたいだ。
中には洞窟なのかなと思う場所にも印がある。
こんなところ一人で行ってないよな。
どうも、飛べるようになってから行動範囲が増えたらしい。
リーナの父さん、ガルドさんは知っているのだろうか。
リーナのことだから、多分言ってないんだろうな。
向かいの家から村人の笑い声が聞こえてくる。
それだけで、胸が苦しくなる。
手が震える。息が浅くなる。
家の中に戻ろうとした時、
「ハツカ」
父さんの声がした。
庭には小さい畑がある。
そこで父さんは作業をしていた。
この一週間、特に声をかけてくることはなかったので、びっくりした。
いつもの優しい目。でも、今日は何か違う。真剣な光が宿っている。
「少し、話をしないか」
急にどうしたのかな。
僕は震える足で家に入り、食卓にある椅子に腰を掛けた。
父さんは僕の対面に座った。
母さんは二階で掃除をしているようだ。
「ハツカ、お前はあの日のこと、まだ引きずっているか」
最近僕が前向きだからか、父さんは安心していた様に見えていた。
外での様子をみていて、聞きたくなったのだろう。
突然の言葉に、僕は俯いた。
「...うん、まだちょっと外は苦手かな。。」
苦笑しながら、父さんに伝えると、
「俺が怪我をしたこと、お前のせいだと思っているのか?」
「...だって、僕が一緒にいたから」
「そうか」
父さんは優しい声で、少し悲しそうな顔で静かに頷いた。
そして、ゆっくりと話し始める。
「あの日、ブラッドウルフが現れた時、俺が最初に『ハツカを守らなければ』と考えた。
お前が逃げてくれたから、俺は全力で戦えた。
もしお前がその場に留まっていたら、俺は戦うことも逃げることもできなかった。」
父さんが僕の頭に手を置く。
「お前が逃げてくれたおかげで、俺は生きている。
お前のせいで怪我をしたんじゃない。
お前のおかげで生きているんだ」
「でも...でも、僕が魔法を使えたら、父さんを助けられたかもしれない」
「そうかもしれないな」
父さんは否定しなかった。
「でも、それは『もしも』の話だ。
現実には、七歳の子供が魔物と戦えるわけがない。
お前は正しい選択をした。
逃げることは、恥ずかしいことじゃない」
父さんの言葉が、胸に染み込んでくる。
「それに、ハツカ」
父さんが外にある畑を窓から眺めている。
「俺は今、こうして元気に畑仕事をしている。
傷も癒えた。お前が思っているほど、俺は弱くないぞ」
父さんが笑う。
その笑顔を見て、僕の目から涙が溢れた。
「父さん...」
「泣くな。男だろう」
「...うん」
涙を拭いながら、僕は頷いた。
多分、リーナと魔法の練習を始めたころであれば、父さんの言ったことに意識を向けることはなかっただろう。
似たようなことは前にも言われたことがあるが、その時は言葉が入ってなかった。
あの時から心境が大分変わったのだろう。
「少し、手伝ってくれないか。この畑の端に、柵を作りたいんだ。土魔法で」
「僕が...?」
「ああ。お前の土魔法なら、俺よりずっと良い物が作れる」
「うん。分かった。」
と会話しながら、外にでる。
畑の端。父さんが指差す場所。
「ここに、高さ一メートルくらいの柵を作ってほしい。野菜を動物から守るためだ」
「やってみる」
僕は手のひらを地面に向けた。
深呼吸。魔力を流し込む。土のイメージ。
ゴゴゴ...
地面から、灰色の石の柵が生え始める。
滑らかな表面。均一な高さ。一メートルほどの高さで、畑を囲むように伸びていく。
最近は簡単な物であれば、想像した形にできるようになった。
ただ、まだ作った石を消すことはできていない。
できるかな。できるよね。
「すごいな、ハツカ。こんなに綺麗な柵、俺には作れない」
父さんが感心した声を出す。
「それにしても、すごいな。
家のリナからは、すごい柱を作ったみたいなことを聞いたが、
普通はここまでできないよ」
「そうなの?」
「ああ、一般的に苦手な人はこの柵を一個、得意な人でも今作る量の半分くらいしか作れないだろう」
「そうなんだ」
「まぁ、あまり土魔法を使う人はこの村にはいないからな。
実際のところはわからんが、俺が知っている限りだと、そんな感じだ」
父さんの話から、少しだけ嬉しくなった。いや、大分うれしい。
土魔法の練習量を増やしてよかったな。
柵が完成した。畑を囲む、完璧な石の柵。
形は角ばっている。丸めるのはまだ難しく、四角になってしまう。
この辺りはまだまだだ。
「ありがとう、ハツカ。これで安心して野菜を育てられる」
父さんが僕の肩を叩く。
「お前の土魔法は、本当にすごい。他の魔法が使えなくても、お前には才能がある」
その言葉が、胸に温かく響いた。
「...父さん」
「ん?」
「僕、もう少し頑張ってみる。外に出る練習」
父さんが優しく笑った。
「無理はするな。でも、お前が前に進もうとしているなら、俺は応援する」
「うん」
その日から、僕は毎日父さんの畑仕事を手伝うようになった。
土魔法で柵を作り、畑を整え、石を積み上げる。作業は続いた。
父さんは「ハツカのおかげで助かる」と何度も言ってくれた。
さすがにここまで言われると、なぜかその意味合いがどんどん薄くなっていくように感じた。
大事なことは何度も言わない方が良いんだろうなと、父さんを見ながら思った。
父さんの後ろに少し離れたところに人がとおる。
目を父からはなし下を見る。村人の目はまだ怖い。
それでも、少しだけ。ほんの少しだけ、前に進めた気がした。




