12_最初の一歩
村の中を歩けるようになって、さらに一週間が経った。
今日も朝から村のお手伝いをこなしている。
宿屋の裏手にある石垣の補修。
崩れかけていた部分を土魔法で固め直す作業は、もう慣れたものだ。
「ありがとう、ハツカくん。助かったよ」
宿屋の主人が笑顔でお礼を言ってくれる。
「いえ、また何かあれば言ってください」
自然と言葉が出る。
一ヶ月前の自分には想像もできなかったことだ。
あれから土魔法についてもいろいろ試してみた。
自分が見たことがある土、触ったことがある土は基本的に作ることができるようになった。
時々不調なのか特定の土を作り出せない時もあった。
理由はわからないけど。
家に帰ると、リーナが庭で待っていた。
いつもの笑顔。でも、今日はどこか緊張しているようにも見える。
「ハツカ、今日はお願いがあるの」
「お願い?」
「うん。秘密基地の場所、見に行かない?」
その言葉に、心臓が跳ねた。
秘密基地。
リーナがずっと探してくれていた場所。
でも、それは村の外。森の近く。
「......」
黙り込んでしまう。
リーナは慌てて付け加えた。
「あのね、本当に村のすぐ近くなの。森っていっても、木が何本かあるくらいで、魔物なんて絶対いない場所。パパにも確認してもらったから」
ガルドさんにも確認してもらった。
それなら、安全なのだろう。
頭ではわかっている。
でも、足が震える。
「ごめん、やっぱり今日じゃなくても......」
リーナが言いかけた時、僕は自分の手を見た。
この手で、パン屋の窯を直した。
雑貨屋の床を直した。
宿屋の壁を補強した。
村中の石畳を修理した。
土魔法で、たくさんのものを修理したし作ってきた。
......壁も、もちろん作れる。
前と比べると確かにできることは増えた。
「リーナ」
「うん?」
「もし怖くなったら、僕、土魔法で壁を作る。自分の周りに。そしたら、安全だよね」
リーナが目を丸くした。
そして、ゆっくりと笑顔になる。
「うん。ハツカの壁、すっごく頑丈だもんね。絶対安全だよ」
「......行ってみる」
言葉にしたら、少しだけ気持ちが軽くなった。
村の外れ。
畑が終わり、森が始まる境界線。
僕は足を止めた。
目の前に広がる緑の木々。
木漏れ日が地面に模様を作っている。
鳥の声が聞こえる。風が葉を揺らす音がする。
きれいな場所だ。
頭ではわかっている。
でも、あの日の記憶が蘇る。
灰色の毛皮。
父さんの血。
悲鳴。
「ハツカ、大丈夫?」
リーナの声で我に返る。
手が震えている。呼吸が浅くなっている。
「ちょっと、待って」
僕は足元に手を向けた。
深呼吸をする。久しぶりに大きなものをつくる。
魔力を流し込む。
地面から石の壁が生えてくる。
僕を囲むように、半円形の壁。高さは僕の胸くらい。
壁に背中を預ける。
冷たい石の感触。自分が作った壁。
「......大丈夫」
呟く。
ここは安全だ。この壁の中は、僕が作った安全な場所だ。
呼吸が落ち着いてくる。
震えが収まっていく。
「ハツカ、すごい」
リーナが感心したように壁を触る。
「怖くなったら壁を作ればいいんだね。ハツカらしい」
「......うん。これなら、たぶん大丈夫」
壁を地面に戻す。
土魔法で作ったものは、土魔法で崩せるようになっていた。
練習の成果だ。
「行こう」
今度は自分から言った。
森の中を歩く。
といっても、本当に村のすぐ近くだ。
振り返れば、村の屋根が見える。
それでも、木々に囲まれると不安になる。
そのたびに、足元に小さな石を作った。
握りこぶしくらいの、丸い石。
手の中で転がす。
自分が作ったもの。自分の力の証。
「ここだよ」
リーナが足を止めた。
小さな丘の上。
三本の大きな木に囲まれた、開けた場所。
地面には柔らかそうな草が生えている。
木々の隙間から空が見える。青い空。白い雲。
「どう? いい場所でしょ?」
リーナが誇らしげに言う。
「......うん」
確かに、いい場所だ。
村からも近いし、見晴らしもいい。
何より、ここなら周囲がよく見える。何かが近づいてきてもすぐにわかる。
「ここに秘密基地を作るの?」
「うん! ハツカの土魔法で、壁を作って、屋根を作って......」
リーナが楽しそうに話す。
僕は周囲を見回した。
三本の木を支柱にすれば、構造は安定する。
壁は土魔法で。屋根は......木の枝と葉を使えばいいかもしれない。
「ここなら、作れそうだ」
「本当!?」
「うん。でも、今日は下見だけ。設計を考えてから作りたい」
「さすがハツカ! 計画的!」
リーナが飛び跳ねる。
帰り道。
森を抜け、村が見えてきた時、僕は足を止めた。
「どうしたの?」
振り返って、森を見る。
さっきまでいた場所。木々。緑。
怖かった。
でも、行けた。
「......僕、森に来れた」
「うん。来れたね」
リーナが優しく笑う。
「怖かったけど、壁を作って守れると思えばなんとかなった。」
「ハツカの土魔法、本当にすごいよ」
「土魔法しか使えないって、ずっと思ってた」
言葉が自然と出てくる。
「でも、土魔法があれば、安全な場所を作れる。怖い場所を、怖くない場所に変えられる」
リーナが頷く。
「うん。ハツカにしかできないことだよ」
「......ありがとう、リーナ」
「えっ、何が?」
「ずっと待っててくれて。一緒に来てくれて」
リーナの顔が少し赤くなった。
「べ、別に当然でしょ! 友達なんだから!」
照れているリーナを見て、少し笑ってしまった。
「何笑ってるの!」
「ごめん、ごめん」
家に帰ると、父さんと母さんが待っていた。
「おかえり。どうだった?」
母さんが優しく聞く。
「......森に、行ってきた」
父さんと母さんが目を見合わせた。
「そうか」
父さんが短く言った。
でも、その目は優しかった。
「怖かったけど、土魔法に自信がついたからかな。
壁も作れるし。」
「そうか。お前らしいな」
父さんが僕の頭を撫でる。
「お前は、自分で安全を作れる。それは、すごいことだ」
「......うん」
母さんが微笑んでいる。
「今日のご飯は、ハツカの好きなスープよ」
「ありがとう」
その夜、部屋の窓から森を見た。
暗い森。何が潜んでいるかわからない森。
でも、もう前ほど怖くない。
僕には土魔法がある。
安全な場所を、自分で作れる。
机の引き出しを開ける。
たくさんの石が入っている。
暇つぶしに作った石。でも、これが僕の力の証だ。
引き出しから一つ取り出す。
滑らかな表面。完璧な球体。
「......明日から、秘密基地の設計を考えよう」
小さく呟いて、石を引き出しに戻した。
まだ、一人で森に行くのは怖い。
でも、リーナと一緒なら行ける。
土魔法があれば、安全を作れる。
少しずつ。一歩ずつ。
それでいい。




