11_広がる噂
パン屋の窯を直してから三日後。
最近日課になりつつある畑の水やりをリーナとしている。
「ハツカくん、ちょっといいかな?」
家の前で畑仕事をしていると、雑貨屋のおばさんが声をかけてきた。
「はい...」
僕は少し身構える。
でも、リーナが隣にいる。大丈夫。
「実はね、倉庫の床が陥没しちゃってね。ハツカくんに直してもらえないかしら」
「床を...ですか?」
「ええ。パン屋のおじさんから聞いたのよ。ハツカくんの土魔法はすごいって」
おばさんが優しく笑う。
「もちろん、お礼はするわ。どうかしら?」
僕はリーナを見た。
リーナが頷く。
「...やってみます」
「本当! 助かるわ!」
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雑貨屋のおばさんの倉庫の床を直した。
陥没した部分を埋め、表面を滑らかに整える。
「すごい...こんなに綺麗に。ありがとう、ハツカくん!」
おばさんが感謝してくれる。
その笑顔を見て、また胸が温かくなった。
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翌日、宿屋の主人が訪ねてきた。
「壁を補強してほしい」と頼まれた。
その次の日は、道の石畳の修理。
その次は、井戸の縁の亀裂を塞ぐ。
次々と依頼が来るようになった。
最初はリーナが隣にいてくれた。
でも、徐々に一人でも大丈夫になってきた。
村人たちは、みんな優しかった。
「ありがとう」と言ってくれる。
「助かったよ」と笑顔を見せてくれる。
人の目。
それは感謝する目ばかりだった。
土魔法しか使えない
そんな風に思っていた。
でも、違った。
土魔法が使える
それだけで、人の役に立てる。
それだけで、感謝される。
僕の中で、何かが変わり始めていた。
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そして五日目の朝、村の広場で。
「ハツカくん、こんにちは」
宿屋の主人が声をかけてきた。
「こんにちは」
僕は自然に答えていた。
震えもしない。息も乱れない。
「宿屋の壁を直してくれたおかげで評判が良くなったみたいだよ
ありがとう。」
「いえ、どういたしまして」
普通に会話している。
これが、普通の会話。
宿屋の主人が去った後、僕は自分の手を見た。
震えていない。
「やった...」
小さく呟く。
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その日の夜、家に帰ると、リーナが笑顔で待っていた。
「ハツカ! 村の人と普通に話してたね!」
「...見てたの?」
少し恥ずかしくなる。
顔赤くなってないかな。
「うん! すごいよ、ハツカ!」
リーナが飛び跳ねる。
「もう、私がいなくても大丈夫そうだね」
「リーナのおかげだよ」
「えへへ。じゃあ、そろそろ秘密基地作れるかな?」
秘密基地。
そういえば、リーナはずっと場所を探してくれていた。
「...うん。でも、まだ村の外は...」
「大丈夫! 安全な場所を見つけたから! 村からすぐ近くで、魔物なんて全然いない場所!」
リーナが自信満々に言う。
「本当に...?」
「うん! 絶対安全だよ!」
村の外。森。
まだ、怖い。
でも、村人とは話せるようになった。
人の目も、怖くなくなった。
次は...森?
「...もう少しだけ、待って」
「うん。ハツカのペースでいいよ」
リーナが優しく笑った。
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それから一週間が経った。
雑貨屋のおばさんの倉庫を直してから、ちょうど二週間。
僕は村中を歩けるようになっていた。
村人と普通に会話できるようになっていた。
土魔法で、いろんな物を直した。
みんなが「ありがとう」と言ってくれた。
「土魔法しか使えない」じゃない。
「土魔法で、人を助けられる」
そう思えるようになった。
でも、森はまだ怖い。
村の外は、まだ怖い。
あの日の記憶。
灰色の魔物。
父さんの血。
悲鳴。
「...」
窓から森を見る。
緑の木々。青い空。
でも、あそこには魔物がいる。
「まだ、無理かな...」
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