参拾壱
怒涛の小学校・最高学年が終わりを迎えようとしている。
伊久実はいつもと変わらず、早朝から働いてご飯を食べて小学校の制服へと着替えて登校した。道中もいつもの通り、友人の玉穂とこむぎと一緒に学校へ向かう。
二人の真ん中を歩いている伊久実はいつの日かと同じように腕を後ろにし、後頭部を支えるような格好で歩いていた。
「は~~。散々、卒業だとか言って来たような気がするけど、いよいよ、卒業なんだね」
「私達も、伊久実のもう卒業かとか聞いて来たけど、日が進めば終わりがやって来るわ」
玉穂は淡々と述べた。
「しみじみだね~~」
こむぎは呑気にしかし、本人的には寂しさを感じつつ卒業会場へ向かう。
朝からいつもと変わらない一日が始まったため、特に彼女達、飲食店経営者(仮)兼労働者には卒業の実感はしていなかった。
伊久実にとって、飯森食堂は毎日労働者や美味しいごはんを求めてお客さんがやって来る活気があるお店だが、その反面非常に忙しい大衆食堂だ。その為、人の力を多く必要とするため、家族の一人である伊久実にはあまり休みが無い。
しかし、卒業式当日は卒業生であると同時に後々に行う会の主催関係者の為、今日は食堂での労働は早めに切り上げることとなっている。
参加希望者達と地域住民、家族のために行う会。
それは、飲食店経営者(仮)兼スタッフである甘味処・玉月の白月玉穂、むぎまめ麵生家の麦荳こむぎ。そして、飯森食堂の飯森伊久実達が各自パートさん達と協力して作ったオードブルなどの料理を持って自分たちの謝恩会をしようとする直前の準備だった。
卒業式当日から一か月程前。
遮音会の主催はあくまで生徒と保護者達の賛同によって成り立っている。学校で行うのも悪くはないが、そこまで気兼ねなく気持ちを広げるということは少々気まずく感じる参加者もいる。
その為、今回の謝恩会はむぎまめ麵生家で行うこととなった。
しかし、伊久実には少々頭を抱える問題が起こってしまっていた。
それはメニュー作りのことだ。参加者にどんなのが食べたいかというのが把握しにくい。できれば好き嫌いや食わず嫌いが無いようにメニューを組みたいところだ。しかし、聞いて回るのもサプライズ感が薄れてしまう。
同業者の玉穂、こむぎ。そして、実行委員のルーム長にも相談するが、皆このようなことを言う。
「作りたいのでいいよ」
「みんなが食べたいのでいいよ」
なかなか、的確な料理名が出てこないという新たな問題が噴出してしまった。
「一体、どうすれば……」
頭を抱えるという言葉の通り、伊久実はその言葉を体現していた。
「飯森さん」
そこにルーム長が声をかけてきた。
「一回アンケートを取ってみるのはどうかな?」
「いいの?」
「もちろんだよ。実行委員の自分たちもそこら辺のことはもちろん協力するから」
伊久実はすぐさま謝恩会の料理に関するアンケートを実施した。そして、総合的な結果を含め、詳細に好き嫌いなどを含めて考え抜いた。
謝恩会当日。
伊久実と両親は車でこむぎのお店のむぎまめ製麺家へ向かう。
「伊久実~~。全部持ってったか確認して~~」
伊久実の母から厨房の確認をするように言われた。
「無いよ~~」
「分かった~~」
今日は予め、食堂の閉店時間を早めてむぎまめ麵生家へ向かった。
むぎまめ麵生家前に到着。
「ガラガラガラ」
お店の出入り口が開けられた。
「ごめんくださ~~い」
「あっ、伊久実ちゃん、いらっしゃい。は! 重そうだね。持つ?」
「お願い」
こむぎが嬉しそうに挨拶をした。そして、気の利く気遣いで伊久実の両腕は楽になった。
伊久実は次のオードブルを持ってくる。
「あ、伊久実ちゃん」
「あ~~、刑事さん。お疲れ様です。こむぎ、もういますよ」
そこには今回の謝恩会に地域の住民兼稲荷餅の治安を守る警察官の立場として、参加を経営者(仮)の三人娘から要請された。
「ありがとう、伊久実ちゃん」
伊久実は先に荷物を持って、店内へ再び入っていった。
「伊久実、刑事さん来たよ~~」
そして、作って来た料理は全て陳列が完了した。
参加者もほとんど集まり、いよいよ会のスタート。
「では、かんぱーい!」
司会・進行役の挨拶の直後、伊久実は今回の成果を見せつけようと堂々と料理を披露した。
「凄ーい! これ、伊久実ちゃんが作ったの?」
「まあね~~」
「今度教えて~~」
同級生たちから伊久実の料理スキルが高いことは知れ渡った。
皆は満足、会場が温まった。
そして、伊久実はその気になったようで、今後の目標を大々的に発表する。
「はい、みなさん。ちゅーもーく! 私は中学に進学したら、飯森食堂での仕事を続けながら、中学の勉強。そして、部活と三足の草鞋を履き続けたいと思います!」
熱のこもったスピーチに会場は拍手が広がった。
「いいぞー!」
「頑張ってー! 伊久実ちゃーん」
伊久実は神々しい光と熱をまとったまま、最後の最後まで何かをまとっていたように伊久実の家族や玉穂、こむぎ達には見えた。
伊久実は小学校からも近い稲荷餅中学校に玉穂とこむぎの三人と稲荷餅小学校の一部の同級生と新たな生活が始まっていた。
新年度開始から二週間後。
「伊久実ちゃん!」
伊久実のクラスに入って来たのはテニス部の先輩。
「お願い! 来週の試合で出てくれないかな?」
「ええ~~、どうしようかな~~」
「ケーキごちそうするから!」
「いいですよ」
お昼休み。
「伊久実ちゃん!」
次は女子サッカー部の先輩だった。
「今度の試合に出てくれないかな?」
「お願い! 来週の試合で出てくれないかな?」
「ええ~~、どうしようかな~~」
「特大シュウマイごちそうするから!」
「いいですよ」
放課後。
「伊久実ちゃん!」
次は柔道部の先輩だった。
「お願い! 放課後に相手できないかな?」
「ええ~~、どうしようかな~~」
「三十分だけでいいから! もしあれなら、牛乳パンごちそうするから!」
「いいですよ」
三足の草鞋どころか、蛸を超える草鞋の本数となってしまった。伊久実もあの時、ここまで約束するとは言った覚えがなく、世に言う仏典に刻まれているカルマを超えた宿命をだどっている。しかし、これも中学だけと思いながら、家族や食堂の人たちからは温かい目で見られている。
校内の廊下を早歩きする伊久実を玉穂とこむぎは見ていた。
「伊久実。仕事は?」
玉穂は聞いた。
「柔道やってから~~」
足早に伊久実は答える。
「頑張ってね~~」
こむぎは通り過ぎた伊久実を手を振って送る。
「おお~~!!」
伊久実はこれからも自分らしく破天荒に過ごしていく。




