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しらたま物語  作者: 忽那 和音
-飯森伊久実の章- 秋の章
35/51

拾玖

 メディアや良くも悪くもお店に人が詰め込んできた頃。

 伊久実は日頃のストレスと疲労を癒すために二週間ほどの休暇を過ごしていた。しかし、それは学校への登校を含まないものだった。伊久実にとっては学校終わりには、時に忙しく帰宅の準備をした日も少なくなかった伊久実にとっては物心ついてから数年で働き始めた時以来の休みだった。

 伊久実は急遽できた休みをどのように過ごすのかと考えた。だが、彼女の脳は完全な仕事の人間用というような構造となっている。時間があるたびに帰宅後の仕事開始時間の逆算、新メニューのアイディアなど飯森食堂に関わって既に五年が経過していた看板娘は食堂の存在がなくてはならないものだった。

「こんなにも、食堂から離れるだなんて……。私、居場所が無いと生きていけないんだな……」

 学校帰り、そのまま家に帰って、いつもの勢いで仕事を始めてしまいそうな伊久実は気持ちを抑えるべく家から離れた銀月神宮外宮を流れる川の先の河川敷にシートをひき、横になっていた。

「ニャーーニャーー」

 伊久実の頭付近には以前、夏祭り前の探索で見かけた猫だった。あれから、三ヶ月近く経った今となっては子猫達は成長していた。

 伊久実は猫を一匹抱き上げ、上に下に動かしていた。

「お前たちはいいな。自由に生きられて」


「そんなこともないぞ」

「えっ?」

 今どこかで声がしたような気がしたが、あたりを見回しても人がいない。当然、ここは全くと言っていいほど人が立ち寄ることの無いいわば、秘密基地的な場所。唯一知っているのは一緒に調査をした、稲荷餅美少年調査隊のメンバーとイケメンの刑事さんだけだ。

「今、どこから」

「だーかーらー、今、抱き上げている、ぼーくーだーよ!」

「へぇ!?」

 伊久実はすぐに状況を読み解くことが出来なかった。

 まさか、その辺にいるような猫が喋るはずはない。あったとしても、これは都市伝説的な現象だろうと軽い気持ちで思っていた。

「嘘だ」

「嘘じゃな~~い。僕は君とテレパシー的なので会話をしているんだ」

「いや、そんなことないじゃん」

「信じられないのであれば、今すぐここで猫パンチをお見舞いしてあげようか」

「え~~、それは嫌だよ」

 伊久実は十分ほど、猫の声が聞こえる症状。こういった事例が起きていることに半信半疑がなっている。しかし、彼の方から猫パンチを始めると脅されていれば、回避するほかない。まず、女性の顔に傷つけるのはいくら、逞しい性格の伊久実にしてみても残したはない。

 伊久実は河川敷の猫を地面に優しく下ろした。

「とーにーかーくー、君がおかしいことなんて一つもないんだ。君は僕と会話をしているだけ。ただ、それだけのことなんだ」

「だから、猫と会話なんて……。そもそも、君達とは夏祭り前に見かけたのに、あの時は何も話してなかったじゃん」

「あれは、君の心がまだ霞んでいたのさ。そう、洪水直後の茶色い川のようにね」

(それはひどい言われようだ)

 伊久実は突如発言した特殊能力・猫会話を身につけ、河川敷に暮らす猫と暫し、会話を楽しんだ。

 その後、ほぼ毎日、河川敷に来ては猫たちの相手をしてあげた。


 数日後。

 仕事へ復帰した伊久実は久々に河川敷へ来た。

「あ!」

 伊久実は以前、会話をした猫と遭遇した。

「お久しぶりだね~~。元気にしてた?」

「ニャーー」

 しかし、その日から猫会話の力はなくなっていた。しかし、会話が無くともその猫は伊久実になついていた。


(大丈夫だよ。僕達はまた話合うことが出来る。きっとね……)


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