合奏
B組とC組は騒がしい様子だった。何故なら音楽監督が来て合奏になるからだ。
「今日先生来るよ。」
「マジで緊張する。」
音楽監督が来る日は普段の練習よりも緊張感が走る。
「B組木管分奏です。」
先生が来ると必ず連絡する係りの人が一人いる。
「走って行動してください。」
「倉町君、分奏頑張って来て。」
三好春奈が倉町丈太に言った。1秒たりとも先生を持たせることは許されない。
「瑞希ちゃん、津田先輩、分奏前にパートで合わせます。」
パート練習をC組で行うことになった。
「頭から合わせます。」
桜子の低音が鳴り響く。上にメロディーが乗っていく。
「テナーサックス、音小さいんだけど、もっと楽器全体で鳴らせないの?」
瑞希の音は楽器の一部しか鳴っていなくて全体で響いてる感じではなかった。
「もう一回。」
最初は優しかった長尾麻也はフレッシュコンサートの終わりをきっかけにキツくあたるようになった。
「そこもう一回。全然あってないし、今日分奏なんだけど。」
瑞希は麻也に何度も捕まった。心の奥底ではものすごいボコボコにしたい気分だったが、彼女は耐えた。
「はーい、分かりましたよ。」
「何その返事?マナー集ちゃんと読んだ?」
マナー集とは吹奏楽部のルールが書かれた冊子だ。
「あー、あれなら捨てたよ。」
「捨てただって!」
「麻也ちゃん、分奏まで時間ないんだからちゃんと合わせないと。」
「すみません。」
瑞希は何度も同じところで捕まった。
「C組木管分奏です。」
C組の木管パートは音楽室に集まることになった。吹奏楽でよく使う木管楽器はフルート、ピッコロ、クラリネット、バスクラリネット、アルトサックス、ソプラノサックス、テナーサックス、バリトンサックス、オーボエ、ファゴットなどだ。C組にはオーボエとファゴットがいない。
「それでは分奏をはじめます。」
音楽監督の皆川悟を主導として分奏や合奏などが行われる。
「皆川先生、宜しくお願いします。」
「宜しくお願いします。」
「そしたら頭から合わせるから。」
分奏がはじまった。
「ストップ、フルートだけ合わせろ。」
「はい。」
フルートパートの二人は緊張感が走る中吹く。
「何だそのピッチは。悪すぎる。一人一人だ。」
一人一人吹かされて力んでいた。最初の分奏でも皆川悟は容赦しない。
「次はバリトンサックスとバスクラリネットだけ。さんはい!」
二人だけで冒頭を吹く。
「アタックが強すぎる。そんなんだと木管楽器の音がかき消されるぞ。一人ずつ。まずは津田から。」
「はい。」
桜子が捕まっている間、瑞希は不機嫌な麻也の顔を見た。
「ピッチ高い。」
「はい。」
ハーモニーディレクターでずっと同じ音を出した。
「ちゃんとした音程で合わせて。次、バスクラリネット。」
返事をせずそのまま大月令人は吹いた。
「アタックが強すぎるんだよ。ダーって強い音で高音木管がかき消されるの分からないのか?ダーじゃなくて、ターだよ。やり直し。」
令人は何回も同じ所で捕まった。
「大月、言ってることよく分かってるのか?何で返事とかしないんだ。もう今日はバスクラリネット吹かなくて良い。」
同じクラリネットパートの常磐晴香が令人の方をにらんだ。
「常磐さん、1年生の指導どうなってるの?ちゃんとレスポンスが出来てないんだけど。」
「申しわけありません。次の合奏までに直させます。」
「あのさ、いつまでも1年生はお客さんじゃないの。これからは演奏を届ける側なの。MWOではそこを徹底してもらわないと困るんだよ。」
「大月、返事して。」
「はい…」
令人は弱々しい返事だった。
「ほら、ちゃんと返事が出来てない。」
分奏はすごい不穏な雰囲気だった。
「とにかく常磐さん、大月の指導をちゃんとして。」
「はい。次までにちゃんと指導します。そしたら次はアルトサックスとテナーサックス。」
「はい。」
とうとう瑞希の番が来た。
「テナーサックスだけ。」
瑞希だけが同じ所を吹いた。
「ちゃんと拍にはまってない。ちゃんと合わせて。」
「加藤、返事して。」
「はーい。」
「何だそのたるんだ返事わ。もっとちゃんと返事しないのか?」
また皆川悟は不機嫌モードに入った。
「返事のきれのなさが音に出てるんだよ。分かってるのか?」
「先生、加藤が申しわけありません。」
麻也が代わりに謝った。
「良い?1年生、君達はれっきとしたMWOの一員なの。いつまでもおもてなしは出来ないの。長尾さんもちゃんと後輩達の面倒よく見ないと。マナー集が徹底してないだろ。」
麻也がさらに不機嫌な顔になった。
「マナー集なんてくだらな。」
瑞希がぼそっと言った。すると麻也と美恵が瑞希の方を見てにらんだ。
「次はB組の金管分奏をやるから呼んできて。」
「B組金管分奏です。」
大声のお知らせとともに金管楽器の人達が走った。
「ユーフォニアム、遅い。走って。」
「走ってるって。」
分奏や合奏の時間、1秒も無駄にすることも許されない。だから全員全力で走る。
「クラリネットとサックスパート集合してください。」
クラリネットとサックスの人達は集合することになった。
「1年生態度が悪すぎるんだけど。まず、大月、レスポンスがないのありえないから。」
晴香、麻也、美恵で1年生に説教をした。
「バスクラリネット1人しかいないんだから責任感持ってくれないと困るんだけど。あと梅ちゃんも分奏で寝るとか本当にあり得ない。分奏を何だと思ってるわけ?」
「瑞希ちゃんも先生に対する態度が悪い。マナー集ちゃんと読んだ?先生に挨拶する時はきれのある大きな返事じゃないなと駄目なんだけど。返事の仕方が音になってあらわれてるんだよ。」
バリトンサックスの桜子とクラリネットパートの男子の西森勝也は関わりたくない様子だし。ただ3人の説教を横で聞いてるだけだった。
「他のパートが捕まってる時とか関係ないことだと思って欲しくないし、一つ一つあんた達に関係あることだから。教室に戻ってサックスとクラリネット合同練習するから。」
木管楽器の雰囲気はかなり悪かった。
「冒頭の音が汚いぞ。そんな冒頭誰も聞きたいと思わないから。」
金管分奏では金管楽器と打楽器が参加していた。
「打楽器、そんな乱暴に叩くな。木管楽器の音が潰れるぞ。」
木管楽器の分奏と同じようにかなりはりつめた空気感だった。
「チューバ!テンポが走ってる。お前が走ってたら皆走るんだよ。」
チューバの田村真理乃はテンポキープや表現の仕方を指摘されていた。
「トランペットだけ。」
金管分奏で一番捕まるのはトランペットだ。バンドのはながたと言っても良いパートだ。
「冒頭の音色が悪すぎる。音もちゃんと鳴り響いてない。もっと喉を開けて吹け。」
「はい。」
「一人ずつ。笹原から。」
笹原友希は上手く当てられていなかった。
「トランペットのファーストがこんなもんなのか?これで本当に良いと思ってるのか?次!」
金管分奏は終わった。そしてC組の合奏になった。
「トランペット一人ずつ。」
合奏になってもトランペットパートは一人ずつ吹かされた。特にトランペットパートは一番後ろの席に座っているので他のパートからも見られやすい。緊張感は他のパートより強いものだ。
「ホルンとサックスも一緒に。」
ホルンとアルトサックスとテナーサックスは同じ動きになることが多い。
「音が管全体でなってない。音の発音をもっとはっきりしろ。」
「ホルンもサックスも返事がはっきりしないからそれが音になってでてるんです。しっかり吹いてください。」
ホルンの1年生丸山花恋は高い音を中々当てられなかったり、音程が合わなくてずっと先生に捕まっていた。
「最初から冒頭全員で吹いて。」
音楽室中に色んな楽器の混ざった音が響き渡る。
「これで今日の合奏はここまで。C組の演奏酷すぎる。」
音楽監督の皆川悟は時々怒鳴るような口調になる事もあった。
「あー、練習まだ終わらないかな。」
ファゴットの高木賢人はD組の曲を練習していた。
「あんた練習はどうなの?正直つまらなくない。」
古町貴子が話しかけた。
「そうだな。何で俺がファゴットって楽器になったのか。」
「そう言えば、C組のクラリネットとサックスめちゃくちゃ雰囲気最悪だったよ。」
「C組って瑞希がいる組じゃないか。」
「C組の話か?」
ストリングベースの石橋哲也が話に入った。彼もD組のストリングベースパートだ。
「C組のサックスの長尾麻也には気をつけておけ。噂によると理不尽なことで切れ出したり都合が悪くなるとヒステリックになるから要注意人物だ。加藤のやつもあんなやつと同じ組になるとはな。」
D組のストリングベースとファゴットはかなり平和な雰囲気だった。
「低音で合わせよう。」
バリトンサックスの吉原克彦が低音パートのパート練習を行った。低音はベースラインでメロディーや副旋律を支える役割がある。吹奏楽で低音の役割を担う楽器はチューバ、バスクラリネット、バリトンサックス、ファゴット、ストリングベース、打楽器だとティンパニーやバスドラムなどだ。今年のD組は全てのパートが揃っている。
「まず木管低音のバリトンサックス、バスクラリネット、ファゴットの役割は低音の輪郭を作る役割なんだ。チューバは音量がかなり出る楽器だけど、輪郭がぼやけることがある。そこでバリトンサックス、バスクラリネット、ファゴットが輪郭をはっきりさせる役割を担うんだ。」
「え?ストリングベースは?」
石橋哲也が聞いた。
「ストリングベースは音量は全然出ないが倍音を作る役割があるんだ。いるといないじゃ音楽が変わって来る。」
ストリングベースは弦楽器なのでよくはぶられることが多い。
「今回の自由曲の神曲は4楽章に分かれている。演奏するのは一楽章、2楽章、4楽章だ。」
神曲はロバート・W・スミス作曲の曲だ。
「C組のコンクールメンバーに変更があるんだって。」
C組は20人までの規定のため、誰か1人がD組に移ることになる。
「山崎美恵、お前はD組でテナーサックスをやってもらう。」
「何で私がD組にするなら加藤瑞希がいるじゃないですか。」
「私が決めたことだ。」
山崎美恵は納得いってなかった。だから彼女は瑞希の方をにらんだ。