コンクール練習
加藤瑞希はC組に選ばれてしまった。
「C組、おめでとう。」
「モニカ、そんなお祝いなんていらないよ。面倒くさいことになるの確定だし、長尾麻也、山崎美恵は私に敵対心丸出しだし。」
「ちょっとはいじめられる人の気持ちは分かった。」
「知らない。だからといって私がこんな仕打ち受けて良い理由なんてどこにもないでしょ。」
部活動がまたはじまる。
「今日はボールをよける練習よ。」
「それってコンクール関係あるのか?」
「関係ありよ!」
10年前から吹奏楽コンクールの審査基準が変わった。吹奏楽コンクールは演奏だけではなく、ホール内に仕掛けられているトラップにあっても動揺せずに吹く力が試される。ボールが飛んでくるのはA編成やB編成など問わずによくあることだ。何故こんなシステムになったかと言うと、全国大会出場の団体が中学、高校、大学、一般でも常連化してしまったためである。
「吹奏楽コンクールではボールが飛んでくるなんてあることよ。そんなんでパニックにならない演奏を心がけないといけないの。それに去年のC組は最優秀賞じゃないただの金賞なのよ。」
「え?金賞取れればそれで良くない?」
「MWOのメンバーなのに何でそんなこと言うの!そう言う意識の足りなさは演奏につながるの。一人でもそう言う意識じゃ駄目なの。誰か一人でもそう言う人がいると演奏が台無しになるのよ!」
「だからってこんな練習とか基地外じみてるんだけど。」
「C組1年生、次は空気椅子の練習よ。」
「空気椅子?これが吹奏楽コンクールにどう関係あるの?」
初心者の瑞希ですら疑問に思う練習だった。
「良いから、空気椅子の練習をしなさい。」
瑞希は他の1年生と一緒に渋々と空気椅子の練習をした。
「もっと揃えなさい!」
全員きつそうだった。パーカッションとストリングベースはずっと立ってる楽器なので別で練習していた。
「コンクールの演奏時間は7分間なのよ。そんなところでへたれてるのかしら?」
「今年の1年はすぐバテるのね。これじゃあ先が思いやられるわ。」
「次は楽器を持って空気椅子の練習よ。まずは先輩達のお手本を見て。」
C組の2年生、3年生は楽器を持ちながら空気椅子の体勢をした。
「ねえ、何か表情怖くない?」
瑞希に聞いたのはトロンボーンの1年生、針山理恵だ。
「確かに不自然だよな。こんな練習するとか意味ないと思うけどな。」
「加藤、針山、うるさい!」
注意したのはC組トランペットのトップの杉本幸恵だ。幸恵はサックスパートの長尾麻也と仲が良い。
「各パート、音出しで、必ずパート練習行うようにお願いします。」
C組サックスのパート練習が行われた。
「アフリカの儀式、冒頭から合わせます。」
すると瑞希は全然譜読みが出来なかった。
「それじゃあ、小節番号〜番からお願いします。」
「え?小節番号?」
「瑞希ちゃん、まさか小節番号ふってないの?ふらずにパート練習に参加してるわけ?」
麻也が瑞希に言った。
「ありえないんだけど、私瑞希ちゃんに小節番号のこと説明したし、家でちゃんとふって来てって言ったよね。それに私より音出しの時間あって何でそんなに譜読み出来てないの?これじゃあ、パート練習進まないんだけど。」
「麻也ちゃん、テナーとバリトンは今日は別れて練習した方が良いと思うから。」
「分かりました。」
バリトンサックスの3年生の津田桜子はサックスパートでは比較的大人しめの女子だ。
「瑞希ちゃん、一緒に合わせようか。」
桜子は瑞希に丁寧に教える。
「美恵ちゃん、一緒に合わせるよ。」
美恵と麻也は一緒に曲を合わせた。
「加藤瑞希問題すぎるんだけど、小節番号ふらないとかうちら1年の時とかありえないよね。」
「問題は加藤瑞希だけじゃないでしょ。津田先輩が私達と同じ組ってことが問題なんだけど。」
桜子はサックスパートの中ではあまり上手いと言われてない。音楽面で2年生達から見下されることがある。
「吉原君がD組で、津田先輩がC組なの納得いかないんだけど。」
A組、B組、C組、D組があるが、ランク的にはA組が一番上手い、その次にB組とC組、一番下がD組だ。
「本当にそれね。津田先輩、音色汚いし、アタック酷いし、演奏を汚くするのよね。一緒に吹きたくないわ。」
「私も一緒に吹きたくないんだけど。」
聞こえないように悪口を言いながら、麻也と美恵は練習を続けた。
「ここはゆっくりなテンポで練習しようか。」
「はい。」
瑞希は少しばかり敬語を使えるようになった。
「冒頭はもっと音出して良いよ。低音や中低音が支えていかないとね。イメージとしては管を全体鳴らすことよ。」
桜子と一緒に曲を進めていく。
「麻也ちゃん、美恵ちゃん、パート練習は明日にしよう。小節番号のことは私からも言っておくから。」
「はい、分かりました。」
長尾麻也は美恵と教室を出た。
「何で花岡がA組なのかしら?私の方がもっと上手いんだけど。」
「そうだよね。麻也ちゃん、1年の時から上手かったし、ソプラノサックスも吹きこなしてたよね。」
「それに中町先輩もそんな上手くないのにA組とかありえないんだけど。」
長尾麻也はサックスパートで悪口を言いまくる存在だ。3年生の中町麻央は去年はC組で今年からA組になった。そのことで麻也の恨みを買っている。
「明依ちゃん、元気?」
「授業どうだった?」
一方1年生でA組に入った花岡明依は横田香里奈と麻央に優しく教えてもらった。3年生2人も明依のことを気に入っていた。
C組のその日の練習は終わった。
「早速あんた目をつけられてるね。」
モニカが後ろから声をかけた。彼女は合図で答えた。
「帰りのミーティングをはじめます。」
「宜しくお願いします。」
「今日はミーティング終ったらA組、B組、C組、D組に別れてミーティングをしてください。」
「はい。」
「他に何かある方いますか?」
「最近、部内を見ててすごいだらけててそれが音になって現れてるんです。だからもっと部の一員として緊張感を持って行動してください。」
「はい。」
全体のミーティングが終わると全員各組に別れてミーティングを行うことになった。
「C組、ミーティングをはじめます。」
「宜しくお願いします。」
たったの20人でも返事の圧は変わらなかった。
「今日はC組活動を開始するにあたっての合言葉を決めたいと思います。」
教団にはトランペットの3年生笹原友希が立っていた。
「何か意見のある方いますか?」
「「響かせよ アフリカの音楽を!」と言うのはどうですか?」
黒板に候補を書いていった。
「他に何かある方いますか?」
「「おー、盛り上げるぞ。」と言うのはどうですか?」
「ありきたりだし少しふざけ過ぎだね。」
そう言いながら黒板に書いた。
「そうだ、加藤さん何か意見ないの?」
「え?私?」
「そうだよ。せっかくだから瑞希ちゃんのアイデアも候補に入れようよ。」
「特に思いつきやしないけど、「パワフル、コミカル、マジカル!」なんてどう?音源聞いた感じすごい力強い音楽な気がするから。」
「ぷっ、何それ?面白い。」
周りが腹をかかえて笑った。
「加藤さんって面白いこと考えるね。」
「すごい良くない?面白そう。」
「もう、やめてくれ。」
瑞希は自分自身のアイデアを恥ずかしく思った。
「ちょっとふざけてる感じだけど、これも候補にするか。」
瑞希のアイデアを黒板に書いた。
「あんた面白いこと考えるね。」
「モニカまで笑わないで!何でこうなるんだよ!」
「それでは良いと思ったものに各自手をあげてください。まずは「響かせよ アフリカの音楽を。」が良い人、手を挙げてください。」
それぞれのアイデアに票が入る。
「それでは「パワフル、コミカル、マジカル。」が良い人、手を挙げてください。」
瑞希は手を挙げなかった。
「おお、7人も手を挙げてる。分かりました。多数決ということでC組の合言葉は「パワフル、コミカル、マジカル。」にします。皆宜しくお願いします。」
「まじかよ!」
「良かったね、瑞希ちゃん。」
「パワフル、コミカル、マジカル!」
「やめろ!」
周りは瑞希のことをからかった。
「それではC組内で自己紹介をしましょう。俺はトランペットパート3年の笹原友希です。」
「トランペットパート2年の櫻坂真美です。」
「トランペットパート1年の森崎環奈です。」
「2年パーカッションパートの阿野宏太です。」
「3年サックスパートの津田桜子です。」
「2年ホルンパートの佐藤瞳です。」
「1年チューバパートの田村真理乃です。」
「2年サックスパートの長尾麻也です。」
「2年クラリネットパートの常磐晴香です。」
「2年パーカッションパートの原口萌絵です。」
「1年クラリネットパートの大月令人です。」
令人はバスクラリネットを担当してる。
「3年フルートパート、南田愛生です。」
「2年トロンボーンパート、眞田美樹です。」
「1年トロンボーンパート、佐中学斗です。」
「2年クラリネットパート、西森勝也です。」
「2年ホルンパート、丸山花恋です。」
「2年サックスパート、山崎美恵です。」
「2年フルートパート、米川梨沙です。」
「1年クラリネットパート、並木梅です。」
「1年ユーフォニアムパート、望月彩乃です。」
「1年サックスパート、加藤瑞希です。」
自己紹介は終わった。
「瑞希、どうだった。ミーティングは?」
「特に何もなかったよ。」
「違うよ。瑞希ちゃんがC組の合言葉を考えてくれたのよ。」
望月彩乃が言った。
「それは言うな、クソガキ!」
「クソガキじゃないし。」
「どんな言葉なの?」
林崎真希は興味津々だった。
「「パワフル、コミカル、マジカル。」だよ。」
「私でもこうなると思ってなかったわ。」
「でも決まって良かったじゃん。」
「そう言えばC組の人数の規定は20人なのに、何で1人多いんだろう?」
「規定を破るとどうなるんだ?」
「吹奏楽コンクールで失格になる。つまり銅賞ですら貰えないの。」
「そうなんだ。それなら私がD組行きたいけど。」
「それは駄目だよ。合言葉決めた子がC組に行くなんて駄目駄目。」
「ユーフォニアムとホルンとパーカッション、チューバを削ることはなさそうだと思う。」
「それなら私のパート削られる確率高いな。」
D組になって楽が出来る希望が見えてきた。