悪女
「助けてくれありがとう。あと少しで車にひかれるところだったよ。」
「とんでもないです。当たり前のことをしましたから。」
この世には人を助ける人間と人を踏み台にして生きる人間、二通りいる。中にはその中間のような人間もいるだろう。
「今日15時15分、17歳の男子高校生を殺した20歳の男、佐藤実容疑者の身柄を確保しました。」
悪人の中にもちゃんと報復を受ける悪人がいる。しかし必ず全ての悪人が報復を受けるわけではない。世の中には法で裁けないような悪人がたくさんあふれている。
悪女と言えば歴史上の人物を思い浮かべるだろう。これから罰を受ける悪女は加藤瑞希、46歳の既婚女性だ。息子二人と娘が一人いる。一見どこにでもいるような女性に見えるかもしれないが、彼女は人を踏み台にして生きて来た人間だ。
加藤瑞希は経済的に恵まれない家庭で産まれた。飲んだくれの父親と男遊びの激しい母親の元で育った。彼女は物心ついた時から学校で問題を起こすようになった。
「紀子のランドセルにゴミ入れてやろうぜ。」
「良いね。あいつ顔がキモいからゴミがお似合いだよね。」
彼女のするいじめは主犯格が誰か特定できないようないじめだった。
「そのランドセルどうしたの?」
「顔も汚ければランドセルも汚いわけ?」
いじめを主導してるのは加藤瑞希だが、彼女は直接手を加えることはない。直接いじめをするのは彼女の取り巻きの5人の女子だ。
「あんたが取り柄なのって家が少しお金あるくらいじゃん。」
瑞希にとって恵まれた家庭の紀子が憎かった。彼女は恵まれた人間はどん底に落ちたほうが良いと心の奥底で考えていた。
「リコーダーがない。どうしよう。」
「あれ?これって紀子のリコーダーじゃない?」
「ゴミ箱に入ってるとかうけるんだけど。」
「リコーダー返してくれる?」
「ブス紀子が何でうちらに指図してんだよ。ほらよ!」
瑞希の取り巻きは紀子の顔にリコーダーを当てた。
嫌がらせは日に日にエスカレートしていく。瑞希はその様子を見て笑って楽しんでいた。
「ブス紀子、転校したのかよ。」
「ブスのくせに調子に乗るからいけないのよ。」
紀子はいじめに耐えられなくなり不登校になって、ついには転校をした。
「あいつのことだから転校先でもいじめられるんじゃないの?」
「私の許可なく逃げんじゃねーよって感じ。死ぬまで追い詰めてやろうと思ったのに。」
「瑞希あんた結構言うな。」
「当たり前でしょ。ちょっと家がお金あるからって調子乗ってるんだから。」
「でもあいつが転校先でうちらのことチクったらどうする?」
「そもそもうちらがやったと言う証拠なんて無いから。証拠が無ければいじめなんて証明できないのよ。ブス紀子はそれが出来ない馬鹿だってことくらい私は知ってるのよ。」
「何それ?面白いんだけど。」
中学に上がってからも瑞希はいじめをしてストレス発散することは変わらなかった。
「亜美って、何かうざくない?」
「すごい分かるわ。ちょっと男にモテるからって調子に乗るから。」
瑞希は常に認められたかった。両親から認められることなんて彼女にはなかった。彼女は人を蹴落として優位に立つことで自分の地位を確立していった。
「皆メール見て。」
彼女はクラスの皆に亜美を無視するように指示をした。最初はクラスの皆は戸惑っていたがいじめられたくないと言う保身から瑞希達のグループに従うしかなかった。だんだん無視は陰湿な嫌がらせに発展して行った。例えば教科書に落書きしたり、物を隠したり、グループワークの時にはぶいたりなどクラスメイトが何してもいいかのように思わせる方向に向かわせた。
「瑞希、どうして無視とかするの?私達、前は楽しく話してたじゃん。他のクラスメイトに無視されるのも辛いけど、瑞希達から無視されるの私はもっと辛いよ。」
「ねえ、何か聞こえない?」
「何も聞こえないけど。」
「瑞希疲れてるんじゃない?」
「もしかして自殺して死んだ地縛霊がここに来たとか。マジで怖いんだけど。」
「どうする?」
「こうするしかないでしょ。」
瑞希の取り巻きは亜美に塩をまいた。
「何するの!お願いだからやめて。何が気に食わなかったの?私辛いよ。」
亜美が泣いて訴えても瑞希とその取り巻きはやめなかった。
「瑞希、待って。」
「麻理恵、行こう。」
亜美は瑞希達と歩み寄ろとしたが無視や省くなどのいじめは無くなることはなく、亜美の自己肯定感は日に日に下がっていた。
「今日はこれ貼り付けようよ。」
黒板に亜美がセフレ募集というデマの情報が書いてある紙を貼り付けた。
「亜美って、男なら誰でもいいんだね。」
「亜美、俺なら相手してやろうか?」
「男の前であざとさ全開だったのって全てこの為だったんだね。」
「男に飢えてるからってぶりっ子ぶって必死こいちゃって。マジでダサいんだけど。」
「亜美のやつキモすぎる。学校でセフレ募集すんなよ。」
また違う日は黒板に亜美が援助交際をしてるデマの情報が書いてある紙が貼られていた。
「オヤジに体売って金稼いでるとかやることが下品すぎる。」
「クソビッチじゃん。将来は売れ残りの風俗嬢かなんかじゃない。」
「何それ、うけるんだけど。」
「何よこれ。」
亜美は皆に後ろ指を指されてたくさん涙を流す。彼女の涙は床に落ちた。
「何、泣いてんの?泣いた顔ブスじゃない?」
「私はこんなことやってない。瑞希酷いよ!」
「何、瑞希のせいにしてるんだよ!」
ついには亜美は他のクラスの人にもいじめられるようになった。
「亜美の机に花瓶置こうぜ。」
いつの日か彼女の机の上には菊の造花の入った花瓶が置かれるようになった。瑞希によるいじめが亜美をどんどんむしばんでいく。
「お父さん、お母さん、もう限界。」
亜美は遺書すら残さず学校の屋上から飛び降りる自殺をした。
「流石に亜美が自殺するとかヤバくない?」
「うちら問い詰められるんじゃないの?」
瑞希の取り巻き達はいじめ問題を追及されないか不安だった。
「何言ってるの?そんなことでビクビクしてるの?そもそもうちらがやったと言う証拠なんて無ければ向こうは問い詰めること出来ないのよ。最初からいじめなんて無かったのよ。これは亜美が受けなきゃいけなかった試練なのよ。私達はその機会を亜美に提供しただけ。何も悪いことなんてしてない。その試練に亜美が一人で失敗しただけよ。」
「そうだよね。うちらは何もしてないんだよね。」
「それとこの会話録音してないでしょうね?」
「してないよ。」
高校生になっても彼女の素行の悪さは治らなかった。
「有紗どうしたの?」
「私、新しく彼氏出来たの。」
瑞希は有紗と言う女の子と高校になって友達になった。
「瑞希、一緒にカラオケ行こう!」
「良いよ。」
2人とも充実した高校生活を送っていた。
「それで有紗が言ってた新しい彼氏って誰なの?この学校?」
「そうよ。サッカー部のエースの卓也君と付き合ってるの。」
「ちょっとトイレ行って来るわ。」
「どうしたの?体調悪いの?」
「お腹痛くなったの。」
彼女は化粧室に行き自分の鏡を見た。
「あー、ムカつく。」
瑞希も卓也のことが好きだった。自慢をする有紗が気に食わなかった。
「私が一番可愛いのよ。あんな女よりずっと可愛いのにね。」
彼女は鏡を殴った。
「瑞希、大丈夫だった?」
「うん平気だよ。それで卓也君とはどんなふうに付き合うことになったの?」
「たくさんデートを重ねて、彼の方から付き合わないって言ってくれたの。」
「良かったね。」
「瑞希も早く彼氏作りなよ。彼氏できたら私に報告して。」
「好きな人はいるけどね。」
「どんな人なの?」
「教えるわけないでしょ。」
「何恥ずかしがってるの?教えてくれたって良いでしょ。」
「うざ。」
「何か言った?」
「何でもないよ。私用事あるから帰るね。」
「あ、うん。」
次の日になると瑞希の態度はさらに変わった。
「瑞希、この後選択音楽の授業一緒に行こうよ。」
「少しやることあるから一人で行ってくれる?」
しばらくすると有紗は瑞希が他の女の子達と音楽室に行ってるのが見えた。
「ねえ、瑞希何してるの?」
「佳代の推しってアキラなの?」
「そうだよ。」
「ねえ、今話題のグループの話?」
有紗が話すと静まり返った。
「え…?」
有紗は動揺して瑞希達と離れた所に座った。
「瑞希、一緒にご飯食べよう。」
「私、今日隣のクラスの子と食べるから。有紗、彼氏と一緒に食べれば良いでしょ。」
「じゃあ、放課後カラオケ行こうよ。」
「急用が出来たから行けない。」
意図的に有紗のことを省きはじめた。
「卓也君?」
放課後、瑞希は有紗の彼氏卓也を呼び止めた。
「瑞希どうしたんだ?有紗と一緒じゃないのか?」
「ちょっと有紗が私と関わりたくないみたいで。あっ、このことは有紗には内緒だよ。」
「そうか分かった。流石にそう言う面倒なことは話さない。」
「あと、有紗の良くない噂私聞いてるの。」
「噂?」
「他のクラスの友達から聞いたんだけど、有紗って男癖が悪くて中学時代色んな男を取っ替え引っ替えしてたみたいなの。」
「そんなの噂だろ。」
「私もそうだと信じたいけど、有紗と同じ中学の子から聞いたの。その子嘘をつくような子じゃないし、有紗とも何も接点なかったの。でもこの前カラオケ行って、有紗の秘密知ったの。でも卓也君を悲しませたくないからそんなこと言いたくない。」
「教えて。」
「でも有紗との友達としての関係がこれ以上ギスギスになるの私辛いよ。」
「そう言われると気になる。」
「有紗、野球部のキャプテンの真弘君に乗り換えようかなって言ってたの。」
「何であいつのことが?」
「そこまでは有紗話してなかったよ。だけど真弘君と乗り換えたいってのは聞いてたよ。」
「マジかよ。」
「このことは有紗には内緒だからね。そうなったら私、有紗にいじめられるかもしれないから。」
少し肩を揺らしながら話した。
「ただでさえキャプテン大変なのにこんな話してごめんね。でも何か悩んでることあったらいつでも私に言ってね。」
彼はその場を離れた。
日に日に卓也は有紗に対してそっけない態度になった。
「卓也君、何でそんなにそっけない態度取るの?」
「そんな態度取ってないけどもうお前とは付き合えないんだ。」
「どういことなの?」
「もうお前には気持ちが無いってこと。」
「別れたくないよ!」
日に日に有紗と卓也は喧嘩するようになり、卓也はその度に瑞希に相談することになった。そして瑞希とは相談していくうちに親しい関係になっていく。
「有紗、もう限界だ。別れよう。」
有紗と卓也は正式に別れることになった。見えないところで瑞希と卓也は付き合いはじめた。
「卓也君、別れよう。」
卓也のことが飽きるとすぐに二人は別れることになった。
さらに大学生になっても加藤瑞希の陰湿さは変わらない。彼女は大切に扱わない親と離れたかったので奨学金を借りつつ水商売をしながら一人暮らしをした。
「ミスコン、出ませんか?」
「もちろん出ます。」
彼女はたくさんの審査を通して無事にミスコンテストのファイナリストに選ばれた。
「ファイナリストに選ばれたので一人一人アカウントを作ってもらいます。」
それからも撮影や他大学とのファイナリストの交流などが増えて忙しい日々が続いた。瑞希がいる大学のファイナリストで優勢なのが間宮京子だった。彼女も加藤瑞希同様容姿端麗で頭も良かった。瑞希は彼女には敵わなかったた。そんなこともあり、自分が一番じゃないと彼女は気に食わなかった。彼女は京子へのアンチと裏でつながって京子の顔にお湯をかけるように指示をした。その作戦は成功して、顔に火傷を負って、間宮京子はミスコンテストへの出場が出来なくなった。
「グランプリは加藤瑞希さんです!」
「グランプリを獲得出来たのは支えてくださった皆様のおかげです。」
彼女はさらにはグランプリに選ばれ、大学卒業後はアナウンサーになった。人気なアナウンサーとしてテレビで話題になった。そして有名な俳優と結婚して、3人の子供が出来た。子供たちも俳優を目指したり、学校での成績も優秀だった。加藤瑞希は自分が人生において優位に立つ為には相手を蹴落として踏み台にすることもいとわなかった。彼女のような人間には未来があり、そうじゃない虐げられた人間には未来などなかった。
「もう今年で上の息子が18歳よ。」
彼女は気がついたら46歳になった。今までしたことは彼女は旦那には話していないし、忘れていた。何も覚えていなかった。罪悪感すら彼女にはなかった。しかしそんな彼女に制裁を当てようとする者が現れた。