3話 「家にいるのに帰りたい」
「鈴木さん、もうすぐ夏休みでしょ。来月からどうするの?」
店長に聞かれ、エルシーは困惑した。
エルシーは、夏休みを知らない。
「店長、なつやすみって何ですか?」
そう質問すると改めて店長は困惑した。
店長は面接時にエルシーがエルフという事は聞いていたが、世間知らずが度をすぎるとエルシーが本当にエルフではないかと信じそうになった。
いや。
エルシーがエルフなのは事実だ。
「長期休暇か・・・ 」
事を理解したエルシーは悩んだ。
どうりでアルヴィンが夏休み遊ぼうと、女子達に声を掛けられている訳だ。
店長曰く、大学生アルバイトは普段よりもシフトに入ると言っていたが、エルシーは迷っていた。
長期休暇となれば遠方に足を伸ばせるのだ。
もっとも転移魔法が使えるので、エルシーは行きたい時にどこえでも行けるのだが。
そうなるとエルシーの心は久しぶりに踊った・・・ が、また少し落ち込んだ。
エルフの郷に帰れる!と意気込んだもののその場所は荒地になっている。
今更帰っても寂しくなるだけだ。
(だったらどこに行こう)
一人ふさぎ込んでいるとスマホの画面がパッと明るくなった。
通知だ。
エックスを開くとそこには懐かしい者からの投稿があった。
数少ないエルフの女友達ラナだ。
彼女はエルフの郷が滅びた後、バックパッカーをしながら拠点を移し替えている。
今はフィンランドが気に入っていて、自然豊かな場所で自由気ままに生活をしているらしい。
送られて来た写真には、原っぱの側に置かれてる廃バスの前で彼女が万歳をして、その上に「模様替え完了٩( ᐛ )و」とメッセージがある。
彼女は魔法で修理したバスに住み着いている。
(逞しすぎるだろ)
エルシーは一応、女としても、エルフとしても彼女に感心した。
エルシー達はアイルランドの森で静かに暮らしていた。
故郷とは似て少し違うフィンランドをラナは気に入ったらしい
せっかくなので、久しぶりにメッセージを送る事にした。
「おめでとう。そっちは楽しそうだね」
と送ると返事はすぐ返ってきた。
「エルシー、久しぶり。日本はどう?」
「魔導書がないから写真集読んでる。アルヴィンも元気にしてるよ」
一応、幼なじみの近情も教えておく。
「写真集?どんなの見てるの?
アルヴィンは相変わらずね」
「緑とか街並みとか、自然系かな。
そういえば日本はもうすぐ夏休みなんだ。長期休暇だって」
「自然か〜、じゃあここもなかなかよ。湖近くにあるし楽しいよ♪」
ラナは本当に楽しそうだ。
確かに送られた写真の草原の葉は、青々としている。
「長期休暇ならエルシーもこっちに来ない?」
と突然誘われたので、嬉しく貯まらず
「うん(笑顔スタンプ)」と返す。
「なんかさ、郷は無くなっちゃったけどさ。
新しい場所を知る度、ちょっといいかもって思っちゃったのよね」
ラナから来た返信を見て、エルシーは「え?」と疑問を感じた。
「?」
と返してみる。
すると「郷にいた頃はこんな場所見た事なかったんだもの。自分が小さく思えたの。
でも今はなんかそうでもないっていうか、家も出来たし!
なかなか今も悪くないんじゃないかって思うのよね」
送られてきた言葉の意味を、エルシーは共感する事ができない。
でも、彼女が家が出来て喜んでいる事は分かった。
「そっか、よかったね。またね」
と返すとエルシーは、体育座りしていたベッドの横にスマホを投げ寝転んでしまう。
今ひとつ、ラナの言葉が分からないのだ。
確かに郷にいた頃よりもエルシーは、人間社会に馴染んだはずだった。
だけども、ラナみたいな清々しい気持ちになった事はまだ、この東京に来て一度もない。
どうして彼女はこうも今も悪くないと言ってのけれるんだろう?
家なら、アパートの一室がエルシーにもある。
賃貸だが。
ラナには手作りだが自分の家がある。
しかし、違いは本当にそれだけだろうか。
懐かしい郷は今はない。
家だったけどもう家じゃない。
なのに・・・
「家はあるのに帰りたい」
ふと出た言葉に「いや、訳分かんないな?」
エルシーは一人悶々と困惑した。