第六話 お出かけ
翌朝、シントが目を覚ますと、シエが部屋の隅で背筋を伸ばした体育座りの状態で目を見開いていた。
シントは開口一番、「うわぁっ」と情けない声を漏らす。が、すぐに、これはシエなりに奴隷として失礼のないよう行動した結果なのだと気づき、猛省する。
「昨日は申し訳なかった」
——頭を下げて詫びるが特に変化はない。構わず、シントは頭を下げたまま言葉を続ける。
「断ってくれても良い、だけど、今日だけ……今日だけ、俺と一緒に、街に出てくれないか?」
自分は許されてはいけない。
自分は救いようない人間で、救われてはいけない人間である。そのことに昨日、ようやく気付けた。
僕は幸せにはならない。
僕はシエへの贖罪の為に存在している。
その過程で万一にも、好意を向けられようものなら僕は死んでしまうかもしれない。
こんな僕を好きにならないでほしい、拒絶してほしい、大嫌いになってほしい。
シントは目をぎゅっと瞑る。
ここで、どんな返事が返ってきてもシントは、ひとりよがりな罪滅ぼしをする以外ないのだ。
——そよ風でも吹けば、どこかへ飛ばされてしまいそうな、か細い小さな声だった。シエは「はい」と答えた。
「辛い目に合わせてしまうかもしれない。それでも大丈夫か?」
「大丈夫です」
シントはより深く、頭を下げた。
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街に出ると、昨日と違ってときおりシントたちを指差してコソコソ何かを話している人が散見される。
指を差される理由、それは自分を見下ろせばすぐに分かる。
シエのツギハギだらけの粗衣。シントのボロ雑巾のような服。あまりに、みすぼらしい。
百歩譲って、シエだけがこの服装ならばここまで指を差されることはなかっただろう。
しかし、奴隷の主人までもがボロボロの服を着ているというのは、金がないのに奴隷を買う酔狂者や馬鹿者に見えるのだろう。
シントは考えなしに路上で売られていた、安物のズボンに、Tシャツとジャケットを身につける。これなら、さっきほどバカにはされないはずだ。
手元には銀貨九枚が残されていた。
また、辛い目に合わせてしまうかもしれないが、ここは少しばかり耐えてもらう。
外装から明らかに上流階級御用達な派手な洋服屋にシント達は足を踏み入れる。
店に入ると店員が、鼻を摘んでしかめた顔を浮かべ、面前で手を左右に振った。それを見ないように、店員を避けるように、店の奥に入り込んでいく。
「何か着たい服があれば言ってくれ。あんまり高いのは買ってあげられないけど……」
シエはほんのり、眉間にしわを寄せて、手をパタパタさせている。昨日、あんな事をしてもほとんど表情を変えなかったシエが、洋服を選べと言われただけで、どうしたらいいか分からず、動揺してしまっている姿は小動物みたいで可愛いくて、思わずシントも微笑んでしまう。
「俺が着いていくから、好きに移動して大丈夫」
シントがそう告げるとシエは店のさらに奥に歩いて行く。
シエの足が止まった場所には、明らかに人気がなく、値段が抑えられた服が無造作に置かれている。シエはさらにそこから、性別を気にせずに片っ端から安い服を選別しだした。
「もし、お金のことを心配してるなら大丈夫、稼ぐメドは一応あるから」
「しかし、奴隷の私なんかが……」
昨日のことがある、露骨すぎる笑顔はかえって恐怖心を植え付けてしまうだろう。シントは、腰を少し落とし、口を緩めてゆっくりと喋る。
「奴隷だから、不幸な道を歩まないといけないなんて、そんな決まりはないよ」
シントがそう投げかけると、シエは指先をピンと伸ばし、指先を見ながらボソッと喋った。
「その、、、これはダメでしょうか……」
指先をたどると、薄い青を基調としているワンピースが指し示されていた。
腕先やスカートの先にかけてほんのり白い。肌に密着させる為の金具はあるものの、入り口にある服のように派手な装飾などは施されていない。意外に厚みのある生地の為、破ける心配は無さそうである。
価格は、銀貨二枚と銅貨三枚。
シントがさっき買った服達のニ倍以上するが、ここまでしっかりとした作りでこの値段というのは、この店の中では中々のコストパフォーマンスを実現していると言えるだろう。
「試着するか?」
コクリと頷く。
シエはワンピースを腕に抱えて、試着室に入っていく。
仕切りが閉められると、向こうから服が擦れる音が聞こえだす。
その音を聞きながら、シントは腕組みをしてワンピース姿のシエを待った。
「着替え終わりました、大丈夫です」
仕切りが開かれて、中からシエが出てきた。
「ふぇ?」
シントの口からすっとんきょうな声が飛び出した。
瞳に先程と変わらない、粗衣を身に纏ったシエが映っていたのだ。
「試着したんだよね?」
「はい、着替えてサイズも問題なかったので、、、申し訳ございません……」
自分の行為がまずかったと、思ったのだろう。言葉がどんどん小さくなっていく。
「いや、謝らないでよ。ただ、なんと言うか、、、」
フォローの言葉を探すが、こういう状況に慣れていないシントは、いくら頭を捻っても適切な言葉が出てこない。シントを見つめるシエの瞳により一層、不安の色が宿る。
シントは慌てて言葉を引っ張り出した。
「ちゃんとした服を着たらどうなるのか楽しみだったから、変な態度を取っちゃった訳であって、別にそれに対して怒ってるなんて、そんな事はないから……」
言葉を出し切って、すぐにそれは失言だったと気付く。昨日、あんな事をした男に言われる『どうなるか楽しみ』なんて言葉、恐怖でしかないはずだ。自分が気持ち悪くて仕方がない。あぁ、死んでしまえ。
シントは慌てて顔を上げて、謝罪の構えを取る。
しかし、その行動は無意味だったと分からされる。
——シエの表情は、やわらかかった。
屋上から落ちて、死んだ僕を天使が迎えにきたのかと、本気で思うくらいに優しい笑みを浮かべている。
嫌われたいと願った。けれどそれは所詮、僕の中のエゴでしかない。
もしも、僕が対等に振る舞う事で彼女が笑ってくれるなら、僕は一生、道家を演じ続けるだろう。
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