第五話 脆くて弱くて臆病
短いですがお願いします。
五枚あったはずの金貨が気付けば、半日足らずで一枚になっている。
シントは絶対に失うまいと、右手で金貨を握り締め、その拳をズボンのポケットに突っ込んでいる。空いた左手は、エルフにはめられた首輪から伸びる鎖を持つ。
こんな鎖だけで大丈夫なのかと、つくづく心配だが、あの男いわく、首輪と鎖は魔力耐性を持つ魔石が練り込まれた鋼鉄製らしい。
また、もし仮に、奴隷が命令に背く行動をしてしまうと、首輪から魔力を身体に無理矢理流され、痛みを伴いながら強制的に命令に従う事になる、……らしい。
『らしい』と言う、曖昧な言葉からも推察できるように、自慢の安全性が証明されることは今のところ無さそうである。
エルフは、シントの後ろを何も言わず従順についてきている。その様は、奴隷と言うより、首輪を付けられたフランス人形だ。
自分から喋ることはなく、唯一聞いた声は、名前を尋ねた時に発した「分かりません」のみ。
「おい奴隷」や「おいエルフ」と呼ぶのは変だし、抵抗感があるから仮の名を『シエ』とした。意味は特にない。単に涼しげな雰囲気と合っていると思った、それだけだ。
エルフだとバレないよう、フードを深く被らせ、足早に日が落ちた街道を抜ける。
宿に着き、一人十日で契約した宿泊を二人五日に変更してもらう。脇目も振らず廊下を抜け、自室のドアを勢いよく閉めると、そのままベッドに倒れ込んだ。
顔をベッドに埋めたまま、息を大きく吸い込むが苦しくなってすぐに吐き出した。
そういえば奴隷を買ったんだった。
首を曲げて、体とベッドの隙間から見える空間を見つめる。手のひらを前で揃えて、直立不動で立っているシエが見えた。
シントはうつ伏せ状態の体を裏返して、両手で体を支えた体制でシエを見た。
出会った時と変わらない。
表情一つ変えずに、澄んだ瞳で部屋の奥を見つめている。
その姿を見ていると、理由は分からないが何故だか胸の奥がムカムカする。
シントはベッドから立ち上がり、シエに歩み寄る。シエは依然、態度を変えない。
その様を見ていると、押さえ込んでいた感情の波が高くなっていくのが分かる。
乱暴に胸元を掴み、自分より十センチほど低い位置にある目線を無理やり同じ高さにして睨みつける。
しかし、それでもシエは表情を崩さない。
どこまでイライラさせてくれるんだ、この奴隷は。
シントは臨界点を迎えた。
粗衣を掴んでいる腕の関節を伸ばして、思いっ切りシエをベッドに投げ飛ばす。そして勢いそのまま、シエの白く細い腕を右手で束ねてベッドに押さえつけ、左手で粗衣を腹のあたりまで引っ張った。
鼻息を荒くして、シエしか映り込まないくらい間近で、目を覗き込む。
「哀れむような、その侮蔑した瞳が俺は、大嫌いなんだよ!」
感情任せに投げ出されたその言葉は虚しく空を切った。
表情は変わらない。
下唇を噛む。赤黒い血が、唇を伝い唾液と混ざり合っていく。
そこに意識を向けると自分の中の波が穏やかになっていくのを感じた。どうやら、さっきまで渦巻いていた感情は、その血と共に流れ出てしまったようだ。
シントは電源が切れたロボットみたいな光を失った瞳を、わずかに落とした。
シントの胸が激しく揺れる。
何故だろう?
……あぁ
その答えは瞳にハッキリと映し出されていた。
唇が震えている。
人形みたいで無感情だと思っていたシエの唇が。
その姿はシントに無い、強さの証明である。
『弱いな僕は、いつまでも』
気付けば涙が溢れ、それがシエの顔を濡らす。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
言葉を繰り返す。意識、途切れるまで、何度でも。




