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脆くて弱くて臆病な僕らの異世界生活  作者: ドリルスマッシャー
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第三話 晴天

「金貨五枚あれば、食事付きの宿に二ヶ月は泊まれる。そうだな、あそこの宿なんかいい、飯も評判で、銅貨一枚払えばオプションで濡れたタオルと石鹸を貸してくれる」


 シントは現在、城から離れた場所で降ろすべく乗せられた馬車の中で何故か、リーブルから生活術を聞かされていた。

 さっきまで自分の事を無能呼ばわりしていたこの男。

 突然、別人のように優しく生きる術を教えてくるものだから、シントは何かあるのではと勘操ってしまう。


「何で無能な俺にそこまでするんですか?」


 シントが嫌味っぽく尋ねる。しかし、リーブルはそれには一切触れず、ただ投げかけられた質問の答えを返す。


「いくら金貨五枚あっても放り出されてしまえば、野垂れ死ぬのが関の山。それが可哀想だから色々、喋ってるだけだ」


「……優しいですね」


「ただのエゴだ」


 リーブルは馬車の窓から、何食わぬ顔で遠くを眺めている。しかし、その表情にはどこか複雑な心象が潜んでるような気がした。


「金がなくなるまでに、稼げるようになれ。オススメは下水道の清掃、人手不足ですぐに雇ってもらえるだろうし、一人分の生活費を稼ぐなら問題ないだろう」


 リーブルの顔が僅かに強張る。


「冒険者はやるな。稼ぎはいいが命がいくつあっても足りない」


 どこか厳かな雰囲気をまとった言葉が車内の空気をどことなく重苦しくする。


 二人の間に沈黙が広がる。


 何か言った方が良いのだろうか。シントはあれこれ思考を巡らせる。が、これといって気の利いた言葉はシントの脳内にはインプットされてはいない。

 諦めたシントは体を背もたれに深く預ける。二人は終始、沈黙を貫き通し続け、果てに、ようやく馬車が停まった。


「色々とありがとうございました」


「エゴって言っただろ、礼なんていらない」


 シントが座席から腰を上げる。


「……こっからお前は、一人で生きていくんだ。強くなれよ」


 強くなる。その言葉がシントの胸に重くのしかかる。

 その重圧に思わず、顔を歪める。



 ———



 さっきまで馬車から眺めていた景色なのに、実際に歩いてみるとここまで違うのか。


 シントは驚き、浮足だった体で街を闊歩している。

 商売に励む人々の活気に満ちた声、牛豚鳥、どれにも該当しないであろう肉の匂い。当たり前に、剣や魔法の杖みたいなのを携帯している人達。

 強烈な体験がシントの五感が刺激する。それらは現実だと実感できていなかった心を、地に着けていくようだ。


 しかしながら、いくら心が地についたところでこれまで傷つけられた傷が癒えることはない。


 ただ、それでも嬉しい事はある。

 それはあの父親の姓からようやく解放されたという事だ。

 直接的ではないにしても間接的に母を死に追いやった、あの忌々しい父親。

 シントにとって、その姓が異世界に来た事によって消えた事実は大変嬉しいものだった。


 そんなこんなで、異世界への希望と卑屈な思いを巡らしていたらさっきリーブルが言っていた宿屋の前まで来ていた。


 宿は木造建築で造られており、少し年季が感じられるものの、外観からは綺麗に保とうとしている努力がうかがえた。


 シントは立て付けの悪い戸に手をかけ、中に入ると木造建築独特の匂いが鼻を抜けた。

 そしてすぐに、正面の受付で十日分の宿泊料を先払いし、鈴の付いた鍵を受け取り、あてがわれた二階の部屋に入った。


 待望の自分の部屋は、ベッドと小さな机が置かれただけの簡素なものだ。ドアは建て付けが悪く、開閉する度、ギィと嫌な音を響かせ、フローリングは所々歪んでいてその隙間から、床下が見えている。とても綺麗とは言えない。なのに、今だけは自室のような安心感がそこにはあった。


 これでしばらくは路頭に迷わない。


 ベッドに飛び込むと不安と緊張で今にも破裂しそうだった心が解けていくような気がして、目元から涙がこぼれてしまう。


 このままベッドで眠りこけてしまいたいところだが、そうは問屋が下さない。

 まだ日があるうちに、街をある程度見て回っておきたい。明日でも良いような気がしなくもないが現状、決して最高とは言えない状況である。ならば、金が尽きる前に今後生きていくための地盤を固めなくてはならない。今は悠長にしている時ではないのだ。


 ベッドから体を引き剥がし、麻袋を掴む。そこから、金貨を三枚取り出し、机に備わっている鍵のついた引き出しに入れる。麻袋を落としてしまう事を考えたリスクヘッジだ。

 そして、麻袋に残った金貨一枚とお釣りで貰った小金と共に、再び城下町に足を運んだ。



 ———


 バゴン!!! と言う擬音が付きそうなくらい大きな衝撃音と共に、シントの体は路地裏へと投げ込まれる。


「お前、異世界人だろ?」


 軽く地面に打ちつけたおかげで焦点が定まらない。口をポカンと開け顔を上げると、ガタイの良い、いかにもガラの悪そうな男が指をパキパキと鳴らしながらこちらを見下ろしていた。

 その姿に無意識に生前の景色が重ねてしまい、胃から何か酸っぱいものが込み上がってきた。


「何で、異世界人って分かったんだ」


「バカか、お前。その黒髪、異世界人ですよって言ってるようなもんじゃねぇか」


 言われてみれば当たり前だ。この世界は元の世界でよく想像されるような中世ヨーロッパをベースとしたような世界である。当然、黒髪のアジア人なんている訳がない。


「異世界人って、そんなに有名なのか?」


「当たり前だ、侵略戦争を仕掛けるために異世界人を召喚しまくってるらしいからな。だけど現実は、無能に金を払ってばっかで困ってるみたいだぞ」


「それなら、俺以外に知っている異世界人とかいないか? ぜひ話を——」


 下腹部に強い不快感と痛みが走る。

 そのあまりの衝撃に口から込み上がっていた酸っぱい何かが吐き出される。


「もうお喋りはいいだろ、お前はただ大人しく金を出せばいいんだからな」


 男が拳を離すと、シントはその場に力なく膝をついた。

 何を勘違いしていたんだろう。異世界に来たところで俺は俺のまま。力がある訳ではない。誰も俺を見ていないし、誰も俺を助けてはくれない。きっと俺の人生はこれまでも、これからも理不尽の三文字で作られていくのだろう。


 胸元を掴まれ、持ち上げられるシントの体。


「なあ、俺もこんな事したくないんだ。だから早いとこ金、だしてくんないか?」


 そうだ、金を出せば助かるんだった。

 シントはおもむろにポケットの中の金貨を掴んだ。

 けれども、どうしても腕がそこから上がらない。

 横目に、自分の腕を見る。そこには小刻みに震えている腕があった。それを見てシントは自分の感情にようやく気付いた。



 悔しいのか、俺。



 シントの瞳に強い光が宿る。



 「あああああああああッ!!!」



 ——路地裏から、鳴り響く激しい打撃音と怒声



 それはすぐにおさまったり、路地裏には一人の男が空を見ていた。



 空と雲の比が8:2の理想的な青空だ。



「何がそんなに違うんだよ」



 青く腫れ上がり濡れた目元を右手で覆う



 シントにその空は眩しすぎた

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