第二話 異世界へ
目が開いているのか、閉じているのか、生きているのか、死んでいるのかも分からない暗闇の中、信都は何かを掴むように懸命にもがいている。
痛みとも違う、熱いようで冷たいような、形容しがたい不快感が全身を巡っている。シントはそれから逃れる為、必死に体をよじらせ(本当によじれてるかは不明)懸命に耐える。
一体、いつまでこれは続くのだろう。
生死を彷徨っているのだろうか、それともすでに死んでいてこの状況は地獄の一環なのだろうか、そんな事を考えるとより不快感が増した。
不快感から解放されるなら何でもいい。
信都は強く願った。
すると、暗闇の先に小さな光ができた。と、思えば光がどんどん大きくなっていく。いや、光にどんどん近づいているようだ。
不思議な事に光に近づくにつれて体を支配していた不快感が消えていく。そうして気づいた頃には、自分の体よりも遥かに大きな光に飛び込んで行った。
——真っ白な視界が徐々に色付き始める
「おお、よくぞ参られた」
ボヤボヤとした色の塊が言葉を発した。
その事実に信都はさほど驚かない。さっきまで、よく分からない空間で漂っていたおかげで変な事には慣れてしまった。信都はゆっくりと色の塊にここはどこで状況なのか尋ねる。
「ここは、帝都ラヴァルトの中心に君臨する我を始めとした皇族が住む宮殿である。そして、其方は異世界からこちらの世界に参られた、言わば、転生者である」
言葉を発している過程で、色の塊に輪郭があって、さらに言えば人間の雄である事が分かったがそれ以上に、この男が口にした転生者という言葉が引っかかった。
シントは自分の体を見下ろし、自分の服装を確かめる。生前の体に、古の地下労働者が身に付けるようなゴワゴワとした長ズボンとシャツ。この場合、転生と言うより転移の方が正しいだろう。
ただ、仮にそうだとしてどういう事だ。異世界? 転生? 突然の出来事すぎて何も分からない。シントが戸惑い、困惑していると目の前の偉そうな男はモクモクと蓄えられた真っ白な髭を撫でながら言葉を続けた。
「結論から言ってしまえばこの国の為に其方の力を貸して欲しいのだ。もちろん、働き次第では其方の願いを何でも聞いてやろう」
そんな話を進められても転生の意味も咀嚼できていないのに言葉を続けられても、意味が分からない。シントの顔がますます曇る。すると、察しの悪い信都に苛立ってきたのか、老人は軽く咳払いをしてからまた言葉を続けた。
「我の名はこの国の皇帝、セメタル=ラヴァルト。其方、名をなんと申す」
「名は………シントと申します」
鷹揚な態度に気圧され、言葉がつっかえつっかえになってしまったが、し皇帝はそこには何も言わず、調子を崩さず言葉を紡いだ。
「シント、早速ですまないのだが、其方の力を調べさせてもらう」
王は持っていた杖をカンカンと地面に二回ほど叩きつける。シントの背後からガッチリとした体に鎧を纏った、無精髭を生やした男が出てきた。
男はシントの肩に手を置き両目で瞳の奥を覗き込んだ。少しすると、男は目を逸らしクルッと王に体を向けて喋り出した。
「陛下、大変申し上げにくいのですが、残念ながらこの男は、優れた能力も変わった個性もありません」
「そうか……」
「いかがなさいますか」
「仕方あるまい、適当に金貨を持たせて城から出してしまおう」
ボソボソ何かを言い終えるとセメタルは、最初から分かっていたように、従僕を呼びつけ小さな麻袋をシントに渡すように命じた。
「もうじき、其方を城外に連れ出す侍女がこの場にまいる。シント、すまないのだがその金貨の入った麻袋と共にここから立ち去ってくれたまえ」
「立ち去るってそれは——」
「——陛下、少しよろしいでしょうか?」
先ほどの男の鋭く通った声がシントの震える問いを掻き消した。
「リーブルよ、どうした」
「この男の付き添いを私に任せていただけないでしょうか? この男にはわざわざ、侍女の手を煩わせるほどの価値もありません」
「なんだ、そんなことか。好きにしろ」
「ありがとうございます」
「それで、、立ち去るっていうのは……」
セメタルにとって、シントはもう興味の対象ではないのだろう。セメタルは派手な椅子に座ったまま、頬杖をつきながら面倒くさそうに口を開けた。
「このまま帝都にいてもらっても構わんが今後、其方がこの城に勝手に入ることは許されないと言うことだ。なに、金はあるからすぐには死なん」
「死ぬって、、、それは流石に——」
「シント、貴様にもう話すことは無い。貴様が今すべき事は速やかにこの場から立ち去る事である。……リーブルよ、連れて行け」
「ハッ!」
もはや、誰も、シントの事など気にも留めていない。
皆、ハズレの異世界人が来てしまい扱いに困っているのだろう。その状況にシントは、
『勝手に呼び出して、用済みだから出て行けだと? ふざけるな!』
……そう、言ってやりたかった。
しかし、その言葉は、辺りを囲む兵士を見てすぐに引っ込んだ。
『弱い奴はいつまでも弱いまま』
その言葉が脳内を駆け巡り、口から出た渇いた笑いが反響して、閑散とした王座に広がる。
竜胆信都改め、シントは異世界転生から五分も経たずに無能扱されたのち、城から追い出された。




